蝦夷の時代2 初めて上陸した和人
蝦夷地に、いつから日本人が住むようになったのでしよう。
北海道の最南端は、松前町の「白神岬」になります。
この岬に立つと津軽半島の竜飛岬まで19.2キロ。
青函トンネルもこの最短距離に掘られました。
和人(日本人)が、この海峡を渡って住むようになったのは鎌倉時代のことでした。1216年、京都の強盗・海賊ら50余人を蝦夷に島流しにしたのが始まりでした。
津軽の十三湊
鎌倉幕府を打ち立てた源頼朝は、1189年奥州藤原氏を征服すると、津軽に蝦夷管領を設置します。
蝦夷には藤原氏の残党が多く渡っており、津軽守護人として蝦夷までの支配権限を与えられたのは、津軽の十三湊(とさみなと)を拠点とする豪族の安藤氏でした。
十三湊はサロマ湖と同じで海と湖が繋がっており、中世時には蝦夷地を含めた日本海沿岸交易により西の博多に匹敵する大きな都市を形成していたのです。
ところが、15世紀半ば(1443年)に、太平洋側の南部氏との争いに敗れ安藤氏は一旦十三湊を放棄して蝦夷島に渡ることになります。
1216年の島流しとは違い、この上陸から蝦夷の和人といわれる日本人が本格的に入り込んでいくことになります。