見出し画像

【四刷重版出来記念企画第二弾】櫻井義秀・中西尋子『統一教会 日本宣教の戦略と韓日祝福』第四刷まえがき「安倍元首相銃撃事件と統一教会への対応をめぐる一考察」全文公開:第1回(全3回)

 櫻井義秀・中西尋子『統一教会 日本宣教の戦略と韓日祝福』
(北海道大学出版会、2010年)の2022年8月重版時に加筆された
「まえがき(第四刷)安倍元首相銃撃事件と統一教会への対応をめぐる
一考察」を全文公開いたします。

 「まえがき(第四刷)安倍元首相銃撃事件と統一教会への対応をめぐる一考察」は、2022年7月8日の安倍晋三元首相銃撃・殺害事件および容疑者供述の報道後になされた統一教会と政治の関係をめぐる議論を受けて、事件の経緯、容疑者の家族と統一教会の関係、二世信者の問題、統一教会と自民党の関係、宗教法人法などについて整理し、7月19日に緊急脱稿したものです。
 今回もまた、先に公開した「第三刷にあたって」と同様、現時点では電子版に収録されておらず、読者の便と社会的意義を考慮し、ウェブ上で広くご覧いただけるようにしました。書籍版で16頁の分量を3回に分けて公開いたします。今回はその第1回目です。
第2回はこちら
第3回はこちら

まえがき(第四刷) 安倍元首相銃撃事件と統一教会への対応をめぐる一考察

1 安倍元首相銃撃事件

 安倍晋三元首相が街頭演説中に銃で撃たれ殺害された。事件は2022年7月8日の午前11時半過ぎ、安倍元首相が奈良県の近鉄大和西大寺駅北側で佐藤啓参議院議員候補者(再選された)の応援演説をしていた時に起きた。聴衆として銃撃の機会をうかがっていた山上徹也容疑者が元首相の背後に近づき、手製の銃を発射した。SPや警護員が虚を突かれた2.7秒後に2発目の銃弾が元首相を襲い、左上腕部にあたった銃弾が鎖骨下の動脈を傷つけ、搬送された奈良県立医科大学病院において夕刻に元首相を失血死せしめたのである。

 事件の衝撃は国内外を駆け巡ったが、多くの日本人にとって現実感を伴うものではなかった。本当に日本で起きたことなのかと私も思った。また、9日の翌朝から参議院選挙が実施された10日まで選挙戦に影響を与えかねないとして詳細な報道が差し控えられた。その結果、9日の新聞報道は「民主主義への暴挙を許さない(朝日新聞社説)」「卑劣な凶行に怒りを禁じ得ない(読売新聞社説)」「民主主義への破壊を許さない(毎日新聞社説)」「テロに屈しないためにも投票へ行こう(日経新聞社説)」など各社横並びで安倍元首相個人と選挙制度に向けられた暴挙としてこの事件を最大限批判したのである。

 ところが、奈良県警に事件現場で逮捕された山上容疑者が「(安倍元首相の)政治信条に対する恨みではない」「特定宗教団体に対する恨みがあった」と捜査関係者に話していることと、容疑者の親族に対する取材から「母親が宗教団体の活動に熱心になり、2002年に破産し、同年に容疑者が海上自衛隊に入ったこと」も同日に報道された(朝日新聞7月9日付)。しかしながら、この教団がどこであるかは、ネットニュースの現代ビジネスを除き9日には報道されなかった。そして、選挙後の11日午後に統一教会が記者会見を開いた。統一教会の田中富広会長は容疑者の母親が会員であることを認めたものの、献金金額と母親の破産との関連については詳細が不明であるとした。報道各社はこの記者会見以降、特定宗教団体を世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と報道し、ほぼ1週間にわたって新聞やテレビ、ネットニュースにおいて統一教会について報じられたのである。

 本稿では、次の3点について短くまとめておこうと考えている。
 ①山上容疑者についての報道。青年期に母親が入信し、多額の献金をしたために容疑者の実家が経済的に破綻し、家族と自分の人生が変えられたと思い込まざるを得なかった経緯。
 ②安倍元首相の殺害がテロではなく、容疑者による怨恨によるものとメディア報道の視角が急激に転換された経緯。ここでは二世信者という問題にも光が当てられた。
 ③安倍元首相と統一教会との関係、および社会問題化した宗教団体に対して日本政府が何ら行政的対応をしてこなかった理由である。日本における宗教と政治、社会問題化する宗教団体への対応については、それぞれに1冊の諸作で述べるべき大きな問題なので、本稿では宗教法人法に関してのみ簡単に見ておきたい。

2 容疑者家族と統一教会の接点

 山上容疑者は1980年に建設業を営む父と母の次男として生まれた。兄と妹がいる。彼は1996年に奈良県内では知られる進学校に入学した。父親は容疑者の幼い頃に急死し、98年に母親が亡くなった祖父から奈良市内の二か所の土地を相続した。この頃母親は統一教会に入信し、99年に2回に分けて土地を売却し、教会に多額の献金をしたとされる(朝日新聞7月15日付)。しかし、伯父の談として母親の入信は1991年という報道が続いた。「入会とほぼ同時に2000万円、さらにすぐ、3000万円。そのあと3年後くらいに、現金で1000万円。合計6000万円。この原資は、保険金です。命の代償です」と述べた。しかも、統一教会に入信した母親は、韓国の統一教会本部を訪れるため、子どもたちを残して長期間留守にすることも多く、この伯父のところへ、山上容疑者の兄から「『食べるものがない』ってSOSが来た」とのこと。98年に「会社の事務所の土地を相続して、それの処分が2000万円。自宅の処分が2000万円。これが、総計1億円なんですよね。保険金と不動産でね。」この伯父は子どものために統一教会に対して返金を要求し、5千万円を取り戻したと言うが、母親の手で再び献金されたのではないかとも語った(『情報ライブミヤネ屋』7月15日付)。

 経済的に困窮するなかで容疑者は伯父による学資の支援を受けて専門学校に進学する。2002年に母親は自己破産した。同年に容疑者は任期制の海上自衛官に任官する。2005年1月に容疑者は1度自殺未遂を起こし、伯父が海上自衛隊から連絡を受けたという(『情報ライブミヤネ屋』前掲)。自衛官を任期満了した後は、測量会社など複数の会社でアルバイトし、2013年からは派遣会社として働いてきたが、2022年5月中旬に体調不良を理由に退職した。「金がなくなり、7月中には死ぬことになると思った」と供述し、「その前に安倍氏を襲うと決めた」と話しており、奈良県警は経済的な困窮が事件の引き金とみていると報道された(朝日新聞7月16日付)。

 山上容疑者が人生を変えられたという統一教会に対する恨みは持続的なものであった。2019年10月6日に愛知県常滑市の愛知県国際展示場で統一教会関連団体の「孝情文化祝福フェスティバル名古屋四万名大会」が開催された。そこに、統一教会の韓鶴子総裁が来日し、容疑者は火炎瓶を持って会場に行ったが、会場に入れずに襲撃を断念したという( 朝日新聞7月15日付)。前日に名古屋市内でUPF(天宙平和連合)が開催した「ジャパンサミット&リーダーシップカンファレンス」では、細田博之現衆議院議長(安倍元首相の前の清和会会長)が基調講演をなしたとされる(『現代ビジネス』7月14日付)。

 翌年から新型コロナウイルスの世界的な感染のために海外渡航が制限され、「トップが日本に来ず、狙うのは難しいと考えるようになった」と容疑者は供述した。そのうえで2021年9月12日にUPF(天宙平和連合)主催の「THINK TANK2022希望の前進大会」に寄せられた安倍元首相のビデオメッセージについて、ネット上で「この春にメッセージを見た」という(朝日新聞7月15日付)。

 YouTubeに複数アップされていた安倍元首相のビデオメッセージには、「150カ国の国家首脳、国会議員、宗教指導者が集う大会で、盟友トランプ大統領と共に演説できる機会を光栄に思う―THINK TANK2022に大きな役割があると期待している―朝鮮半島の平和的統一に向けて努力してきた韓鶴子総裁をはじめみなさまに敬意を表します」という主催者への挨拶がある。その後は東京五輪が成功裏に終了したことを誇り、インド太平洋の地政学的な情勢を分析した後、世界平和統一家庭連合にも通じる家庭の価値を述べ、「偏った価値観を社会革命的な運動として展開する動きに警戒しよう」と保守的な考え方を披瀝したうえで「この大会が大きな力を与えてくれると確信している」とまとめている。

 このビデオメッセージに対しては、2021年9月17日付で「衆議院議員安倍晋三先生へ」と題した公開抗議文が全国霊感商法対策弁護士連絡会から送付された。要点は次の通りである。

 ①「昨今、国会議員や地方議員の方々が統一教会やそのフロント組織の集会・式典などに出席し祝辞を述べ、祝電を打つという行為が目立っています。これらの議員の方々の行為は、統一教会により、自分達の活動が社会的に承認されており、問題のない団体であるという「お墨付き」として利用されます。」
 ②「本年9月12日、韓国の統一教会施設から全世界に配信された統一教会のフロント組織である天宙平和連合(UPF)主催の「神統一韓国のためのTHINK TANK2022希望前進大会」と称するWEB集会において、安倍晋三前内閣総理大臣の基調演説が発信される事態が生じました。これを統一教会が広く宣伝に使うことは必至です。」
 ③「安倍先生が今後も政治家として活動される上で、統一教会やそのフロント組織と連携し、このようなイベントに協力、賛助することは決して得策ではありません。是非とも今回のような行動を繰り返されることのないよう、安倍先生の名誉のためにも慎重にお考えいただきますよう強く申し入れます。また、事の重大性に鑑み、公開抗議文として送付するとともに抗議文を公開させていただく次第です。」

 安倍元首相の事務所から返答はなく、10ヶ月を経て今回の事件が起きたのである。

(第2回へ続く)