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ディズニーランドはリスクテイカー ~ある講演映像の記憶~

28年前、保険会社の新入社員研修で見た講演は、いまでもよく覚えている。そこでは「本当の顧客本位」とは何かが語られていた。東京ディズニーランドの創業メンバーは「リスクをとること」の大切さを教えてくれた。


▶「本当の顧客本位」とは何か?

どんな仕事にもお客様がいます。ほとんどすべての会社の企業理念に「顧客本位」という言葉が含まれています。「顧客本位」、いい言葉です。誰も異論をはさむことはできません。金融機関でも、数年前から「顧客本位の業務運営」が求められています。「顧客本位の業務運営」とは、保険などの金融の世界では、売り手と買い手の情報格差が大きいので、売り手に有利になることばかりを考えず、まずお客様を大事にしましょう、ということです。
 
では、実態はどうなのかというと、本当の意味での「顧客本位」には、なかなかお目にかかることができません。そこで、「本当の顧客本位」とは何か、について考えてみたいと思います。

▶ある講演映像の記憶

菩薩は1996年に保険業界に入りました。早いもので、今年で28年になります。1996年にソニー生命保険会社に入社し、3日間の集合研修に参加しました。人生の中で研修はたくさん受けましたが、たいていの内容はすぐに忘れます。学校の勉強と同じですね。このときの研修内容もほとんど覚えていませんが、今でもはっきりと覚えている内容が一つあります。それはある講演のビデオです。
 
講演者は北村和人さんという方で、東京ディズニーランドの創業時メンバーです。北村さんは社員教育を担当していました。この講演の中で、彼が話してくれたエピソードが「顧客本位」について考えさせられる、たいへん印象的な内容でした。

▶アメリカ人の責任者がどなった理由

いまから41年前、1983年4月に東京ディズニーランドが開業しました。翌年の1984年1月、日本は成人式の季節です。その日は多くの若者が来ることが予想され、その中には和服を着た若い女性もたくさんいます。ディズニーランドはアメリカで始まった遊園地であり、和服を着たゲストに対する規定はありません。そこで、アメリカ人のメンバーが日本人のメンバーと協力してこの規定を決めることを提案しました。
 
日本人のメンバーはゲストの不便に注目します。東京ディズニーランドには30以上のアトラクションがあり、その中には水しぶきがあがるアトラクションもあります。和服を着た女性が濡れると不満が出る可能性もあります。これらのアトラクション以外にも、和服を着た客にとって危険なアトラクションもあります。例えば、ジェットコースターは和服の袖を巻き込む恐れがあります。最終的に、日本人メンバーは、ゲストの不便を避けるために小さなパンフレットを作成することにしました。このパンフレットの中で、和服を着たゲストに対して、不便なアトラクションを避けるよう勧めるのです。
 
その時、アメリカ人の責任者が口を開きます。
 
「もう十分だ、黙れ!」
 
議論に夢中になっていた、日本人メンバーはビックリして、彼の顔を見ます。アメリカ人の責任者はこう言います。「なんて馬鹿げたことを議論しているんだ!成人式の日には多くの若者がきれいな服を着てディズニーランドに来る。彼らはなぜわざわざここに来るのか?ディズニーランドでの体験を楽しむためだ。それなのに、君たちはゲストがアトラクションを利用しないようにする方法を話し合っている。君たちがすべきことは、ゲストがディズニーランドでの時間を楽しめるように良い方法を考えることだ。和服を着た女性が濡れないようにするためには、ビニールのエプロンを渡せばいい。それが本当のもてなしというものだろう。あなたたちが考えるもてなしはもてなしではなく、責任を回避するためのもてなしだ
 
このアメリカ人の発言は、北村さんに大きなショックを与えます。北村さんが改めて考えると、日本人が考えるもてなしのほとんどが「責任を回避するためのもてなし」だと感じたからです。提供者はまず自分を守ることを優先し、次に残りのものでお客様をもてなすといった具合です。彼は今までの考えが全て否定されたと感じ、どうすればいいのか分からなくなりました。

▶ディズニーランドはリスクテイカー

会議が終了しました。そのアメリカ人が北村さんの後ろを通り過ぎるとき、立ち止まりました。彼は北村さんが完全に落ち込んでいることに気付き、慰めるようにこう言いました。「今日は良いことを教えてあげる。もし本当のもてなしをゲストに提供したいなら、リスクをとらなければならない」と。
 
アメリカ人の責任者は続けて言います。「あなたたち日本人はよく客の立場に立って考えるべきだと言う。しかし実際には、まず自分を守ることを考える。このような態度は客の立場に立つのではなく、自分の立場に立っているのだ。ディズニーランドに来るゲストはここで特別なエンターテイメントを体験することを期待している。だから、我々はもてなしのレベルを常に向上させるべきだ。もしこれまでの方法でゲストを満足させることができないなら、新しい方法をすぐに採用するべきだ。新しい方法を使うことは過去の方法を変えることを意味する。しかし、ほとんどの人は現状を変えることを望まない。なぜなら、自分の方法を変えることは精神的な困難を伴うからだ。客に本当のもてなしを提供するためには、リスクをとらなければならない
 
本質をついた言葉です。ディズニーランドはリスクテイカーという訳です。この会議をきっかけに、北村さんはサービスの本当の意味に気づいたと言います(この話はまだ続きます)。
 
講演内容は、こちらのサイトで読むことができます。違う場所で行われた講演なので、少し内容が違う部分はありますが、本当に大事なところは、私の記憶と一致しています。
http://nankyu-net.jp/posts/news2.html

▶28年の振り返りとこれから

研修でこの講演の映像を見た28年前、保険の仕事はこれから始まるところでした。「北村さんがお話しされたような、理想的なサービスができたらいいな」、当時の私はそんなことをぼんやり考えていました。では、28年が経過して、自分はお客様に何ができたのでしょうか?
 
ある程度できたところもあります。自分の利益よりもお客様の利益を優先したことも多かったです。しかし、その一方で、できていないところもあります。セールスマンは、商品を売らなければ、収入がありません。不要な保険をすすめたことは、いっさいないと自信を持って言えますが、それでも本当にお客様のためになっていたのかというと、疑問は残ります。
 
アメリカ人の責任者が使った「リスク」という言葉について、改めて考えてみましょう。私は、このリスクとは「お客様の利益のために、自分の利益を捨てる覚悟があるか」ということだと考えます。成人式の例でいえば、水しぶきのあたるアトラクションに和服を着たゲストが乗ることで、濡れてしまう可能性はあるでしょう。それがクレームにつながる可能性もあります。そうだとしても、多くのお客さんに喜んでもらうために、その可能性を引き受けるということです。
 
保険の場合にあてはめてみましょう。お客様が不要な保険に入っているなら、「無駄な保険はやめたほうがよい」と言ってあげるのが、リスクをとることかなと思います。セールスマンには1円の利益にもなりませんから。ただ、その反対に、入ったほうがよい保険があれば、お客様に嫌われたとしても、「これだけは絶対入ったほうがよい」と言ってあげるべきでしょう。これもリスクをとるということです。
 
菩薩は、セールスマンのときには、そこまでリスクがとれませんでした(反省)。だから、これからは、中立な立場を活かして、「本当の顧客本位」を実現するために、リスクを取っていきたいです。お客様の喜びが、自分にとっていちばん嬉しいことですから。

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