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『パワハラをなくす教科書』ためし読み

9/5発売の『パワハラをなくす教科書』から一部を特別公開。
いまや知らない人はいない社会問題である「パワハラ」。
本書では、官公庁や民間企業を中心に講演を行い、受講者10万人を超えるカウンセラー、コンサルタントである著者が、パワハラを個人の問題のみならず組織の問題としてとらえ、パワハラが起こる構造をひもとき、解決策を提示していきます。


パワハラをなくす教科書(和田隆)

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ストレス社会に生まれたパワハラ

パワハラという言葉は平成不況時――2002年頃に世間に広がり始めました。
時代は平成不況の真っただ中。業績不振に喘ぐ企業は、人員削減に乗り出しました。しかし、解雇に対する規制が強い日本では簡単にはクビにはできません。そこで、重要性のない単純作業を延々と命じたり、あるいは、到底達成できない目標を与えて能力不足を責めるといったいじめや嫌がらせをして自ら辞表を提出させようと追いこみました。
「パワハラ」という言葉が生まれた時点では、主に企業が従業員を自己都合退職に追い込む場面で使われてきた言葉でした。それが今や、ある目的を達成するためだけでなく、上司からのミスの注意や叱責、仕事への過剰な要求、対人関係問題など、職場の日常的なさまざまな問題を表す言葉になりました。

しかし、実は2002年以前に大きな転換点があったと考えています。
それは、「1998年」です。
この年、日本国内の年間自殺者が初めて3万人を超えたことが発表されました。以降、2011年までの14年間、年間自殺者は3万人を超え続けました。16分に1人が自ら命を断つという時代が続いたのです。
1997年に消費税が5%に引き上げられ、デフレの様相を呈します。不良債権の処理に追われ、破綻する金融機関も続出。日本経済は大失速し、企業は生き残りのためリストラを断行し、労働市場も大きく変容しました。失業者が増え、非正規社員が急増していきます。会社にも働く労働者にも大きな負荷がかかるようになり、「ストレス」が社会に蔓延するようになったのが1998年なのです。
「ストレス」と「パワハラ」は、密接に関わりあっています。これまでの経験から、ストレスの少ない組織ではパワハラは起きにくく、ストレスコントロールができている人がパワハラをすることはほとんどないと言えます。
ストレスとは何かといえば、「変化」です。ストレスには良いストレスもあれば悪いストレスもあります。適度な変化や小さなストレスは、私たちのやる気を喚起し、働きがいを促進します。一方、ものすごく大きな変化は不安や恐れをもたらし、大きなストレスになります。
もともと、人間には現状をなるべく維持しようとする性質があります。変化した後の自分は未知なものですから、どうなるのかわからない。例えば、営業で働いていた人が経理に異動になるとき、経理で働いている自分を知りませんので、不安を抱く。人は無意識にその不安を回避しようとするのです。1998年頃から始まった企業や働く労働者を取り巻く環境の変化は、かつてないものでした。これまでの日本的なやり方はもはや通用しないとされ、効率が最優先され、組織の評価方法も成果主義へ移行しました。これまでやってきたこと、これまで成果を出してきたこと、正しいとされてきたことが、すべて否定されたのです。
否定されたのであれば、適応していくためには変わらなくてはいけません。しかし、環境は激変したけれど、組織の風土や文化、働き方、マネジメントやコミュニケーションには、旧態依然とした部分が残りました。変化し続ける環境と、変わりたくない働く人たち、このギャップがストレスを生み、「パワハラ」という言葉が生まれたのだと思います。

「自分も変わります。あなたも変わってください」と、互いに変化を受け入れられればいいのですが、人間はどこかで自分は正しいと思いたいですし、できることなら変わりたくない。人や環境のほうに変わってもらいたい。
本来、働く人を守ってくれるはずの組織には、まったくゆとりがありません。そんな中、労働者がラクになりたい、つらい気持ちをわかってもらいたいという気持ちを、端的に表現したのが「パワハラ」という言葉だったのだと思います。
そして、この便利な言葉に、職場内で生まれた上司と部下の間の問題すべてが吸収されていきます。激しい変化の時代に組織や労働者が適応できず、ストレス社会が生まれ、そこで登場したのが「パワハラ」なのです。

メンタルヘルス領域の3大テーマ

労働問題と言えばパワハラという時代になり、同時に、パワハラは職場におけるメンタルヘルスの大きなテーマにもなりました。メンタルヘルスの業界誌には、「過重労働」「職場復帰支援」、そして「パワハラ」が、メンタルヘルス領域の3大テーマと記されることがあります。これらは、精神疾患の発症の原因となったり、それが自殺につながったり、労災や訴訟へと結びつきやすい問題だからです。
労働契約法第5条には、労働者への安全配慮義務が謳われています。

使用者は,労働契約に伴い,労働者がその生命,身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう,必要な配慮をするものとする

ここに記された「生命,身体等の安全」は、身体の安全だけでなく心の安全も含まれます。つまり、労働者がメンタル不調を起こさないよう企業は配慮する義務を負っているということです。

心の安全も対象となったのは2000年。D社の新入社員が過労によりうつ病を発症し、自ら命を断ったことがきっかけでした。なくなった社員の遺族が会社に損害賠償請求を求め、会社側に過労に対する安全配慮義務違反があったことが認定されたのです。

安全配慮義務は、危険予知義務と結果回避義務という2つで構成されています。事前に危険に気付くのが危険予知義務、危険に気付いたら結果を回避するための行動をとるのが結果回避義務です。
例えば、長時間働くと健康障害を発症するリスクがあるので勤怠管理をしっかりするのが危険予知義務。過重労働が常態化すると病気になる可能性がありますので、過重労働をさせないというのが、結果回避義務です。厚生労働省は、月の残業時間が45時間を超えると健康障害を発症するリスクが高まると考えています。80時間以上を超えると労災が認められやすくなるため、80時間以上の残業をさせないように配慮することも対策の一つです。
パワハラについても、パワーハラスメントのような問題が職場にないか職場巡視やアンケート、ストレスチェックの集団分析の結果などから気付いてくださいね。気付いたら、結果回避のための行動を組織や上司がとってくださいね、ということです。
パワハラの訴えがないから存在しない、というのではなく、職場でアンケートを実施して危険を予知する。あるいは、職場の中に起こった問題を従業員が相談しやすいように、信頼できる相談窓口を設置する。現在、どのくらいの企業で実施されているかは別の問題として、こうした取り組みが企業に求められているわけです。

余談になりますが、過重労働対策については、「働き方改革」のもと、企業が「ノー残業デイ」を徹底させるなどして残業時間に上限を設けたり、何日以上の有休消化を義務付けたり、経営トップから現場へと具体的な目標が示され進められています。
しかし、「残業するな」というかけ声ばかりは大きくなるけれど、業務量は以前とまったく変わらず、求められる質も同じ。働ける時間は減ったため、決められた時間内で多くの仕事を処理しなくてはならなくなりました。ミスをすると余計に時間がかかってしまうので、小さな失敗も許されなくなる。さらなるプレッシャーが現場にかかってしまっているのが実情です。
仕事時間が減ったぶん、仕事の質的負担感が上がってしまったのです。業務負荷は、仕事の質と量の掛け合わせで決まります。
「働き方改革」と言いながら、仕事の量の負担が仕事の質の負担に置き換わっただけとも言える。このように表面的な対応では意味がないことは、現場のみなさんが実感するところではないでしょうか。
働き方を本質的に変えるのならば、選択と集中で業務量を減らすべきで、そのためには、どのようにチームワークをとっていくのか、効率化できる仕事は何かなどを一緒に考えるべきなのです。しかし、単純に「早く帰れ!」「残業禁止!」になってしまっている。
業務負荷が下がるような取り組みをしているようでいても、実はストレスが置き換わっているだけ。これが、新たなパワハラを生む土壌となる可能性もあります。


パワハラが企業に与えるダメージ

パワハラ行為は、加害者と被害者間だけの問題に留まりません。暴言を吐かれ、恫喝され、被害者である部下の自尊心は傷つき、自信や意欲は低下します。脳が萎縮しますので、仕事のパフォーマンスも低下します。過度なストレスによって、メンタル不調をおこし、強い不安や悩みや葛藤の末、退職ということになりかねません。
こうした被害者がいる職場の環境は、当然、悪化します。パワハラ被害者を守らない会社を信頼できるはずがありません。社員のモチベーションは下がり、生産性も落ちる。「こんな会社は嫌だ」と優秀な人材が流出する可能性もあります。
労災・訴訟のリスクもあります。問題解決にともなう直接費・間接費は膨れ上がり、また、裁判となって企業名が出ることによって、会社のイメージも失墜します。こうした職場では、さらなるパワハラ行為が生まれやすくなり、負の連鎖が続いてしまうのです。

今、「健康経営」がブームになっています。企業が戦略的に従業員の健康管理を行うことが経営の大きなテーマとなっているのです。しかし、「働きやすい環境を」と言っている横でハラスメントが起こっていたら、大きな矛盾があります。ハラスメント問題を積極的に取り組むということが、すなわち健康経営――身体の健康、心の健康、多様性への対応、すべてにつながるのです。
パワハラによって健康を害する可能性が高いことは、さまざまなデータが示しています。パワハラの問題に取り組まず、「過重労働対策をやっています」「女性活躍推進をやっています」と言っても、何もしていないのと同じではないでしょうか。
私はいくつかの企業で相談室のカウンセラーをやっていて、1日8人くらいの方と面談するのですが、パワハラの相談が1件もないという日はほとんどありません。多いときは、半分以上がパワハラ相談ということもあるほどです。カウンセラーに相談しに来てくれること自体は悪いことではないのですが、見方を変えると、会社の中に相談できる人がいないということでもあります。
行為者に対する許せない気持ちがあり、同時に会社は自分を守ってくれないという不信感もある。そこで秘密を守ってくれて安心して話せる社外のカウンセラーに相談をするわけです。

実際、2016年の厚労省のパワハラ調査でも、パワハラを受けたと感じた人に、その後の行動を聞いて見ると、「何もしなかった」と応えた人が40・9%にも上ります。2位が「会社関係以外に相談した」の24・4%。会社とは関係のない人に相談しても、話を聞いてもらって気持ちが楽になることはあっても、根本的な問題解決にはなりません。それでも、会社とは関係のない人に愚痴るしかない状況なわけです。
会社関係者に相談したというのが20・6%。職場の中で互いが相談し合うという機能が低下している証左であり、パワハラが起きる要因のひとつでもあります。なぜ、「何もしなかったのかの理由は、「何をしても解決にならないと思った」が、68・5%。そう思ってしまう背景に、不安とか諦めとか、恐れといった感情があるように思います。つまり、今の職場環境は安全ではないのです。安全であれば、不安になることはないし、諦めることはないですし、恐れることもありません。働く人々の中にこうした感情があるので、職場の中にある問題が解決しにくくなっている。
パワハラやセクハラといった問題を早期に発見し、自分たちで解決できるような環境にないのです。この68・5%という数字は、会社がちゃんと見ておくべき数字です。


人間が何かにチャレンジするには、安心感や安全感が不可欠です。安心ではない、安全ではないというところで無理はできません。無理ができないということは、パワハラをするような人に「やめてください」とは言えないということです。周囲に相談することもためらってしまうでしょう。従業員が抱えるこうした気持ちを理解し対応していくことが、組織には求められます。
パワハラの解決は個人任せにできないことです。パワハラというのは自分よりパワーのある人にいじめられているのですから、その人に自力での解決を求めるのは無理な話。守る仕組みや制度が必要なのです。個人も組織もこの問題に向き合っていかなくてはならないのです。


不満を減らすよりも、満足度を上げる

収入がどんなに高くても、自分のことを攻撃する人がいると、それだけで退職理由になります。逆に、収入が低くても、会社の中に信頼できる、仲のいい人がいると続けられる。それくらい、人間関係は会社という組織の中で大事なものです。しかし、会社は従業員のために何かをしようとするとき、給料を上げるとか、残業を減らすとか、福利厚生を充実させるとか、不満を減らすためのアプローチばかりをしています。
もちろん、労働に応じた賃金を支払い、過重労働をさせず、福利厚生という金銭とは異なる報酬を与えることも必要です。しかし、不満を減らしても、人間の満足度は上がらないというのは、臨床心理学者のフレデリック・ハーズバーグが「二要因理論」で指摘しています。不満と満足度というのは、そもそもの軸がまったく違うので、満足度を高めるためには、満足度を高めるためのアプローチが必要なのです。
もっと会社の中ですべきことは、最低限の不満を減らすアプローチをしたら、次は働く人の満足度をあげるアプローチをしていくことです。人と人が互いに尊重し合い、共感し合い、認め合うような職場環境にしていくにはどうしたらいいのか? 制度ばかりに頼るのではなく、働く人が本質的に求めていることは何かを会社は考えるべきだと思います。


もう終わりにしよう

2017年、ハリウッドで始まったセクハラ告発キャンペーン「#Me Too」が大きなうねりとなって世界中に広がりました。映画界や政界でのセクハラや暴力を告発し、そして、「Time's Up」――もう終わりにしようという、一般労働者のセクハラ被害の支援活動も始まりました。
このムーブメントは、いったん日本にも上陸しました。しかし、日本のお国柄の故なのか、「#Me Too」と声をあげた人に対し、「あなたに落度があった」「お前が言うな」といったバッシングが相次ぎ、このキャンペーンは政局に使われただけで、広がることはありませんでした(このように被害者を傷つける言動をセカンドハラスメントと言います)。
しかし、人権侵害を許さない意識が世界的に広がっている今、日本がいつまでも、「セクハラ後進国」と言われていてはいけません。
セクハラもパワハラも人権侵害です。「もう終わりにしよう」――終わりにするための行動をとっていくべきで、沈黙や見て見ぬふりをするのも、ハラスメントという人権侵害を助長する行為であると認識すべきときがきているのです。

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著者 和田隆(わだ・たかし)
メンタルプラス株式会社代表取締役
大学卒業後、旅行会社、スポーツクラブ運営会社で主に商品企画業務に従事。職場のストレスが社会問題化する中、心の健康を大切にする支援をライフワークとするためメンタルヘルスケア業界にキャリアチェンジする。 現在、カウンセラー、コンサルタントをする傍ら、ハラスメント、メンタルヘルス、睡眠改善、コミュニケーション等をテーマに、民間企業、官公庁、教育機関等で講演と指導を行い受講者は10万人を超える。ウェルリンク株式会社シニアコンサルタント、ハラスメント防止コンサルタント、1級キャリアコンサルティング技能士、シニア産業カウンセラー。

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パワハラをなくす教科書:健康経営を実現する基本と原則
(和田隆)