【男性が幸せになるために】異性とのつきあい方

【男性が幸せになるために】異性とのつきあい方

保育士おとーちゃん

異性との関係の持ち方がわからなかったり、うまくいかない経験をしてしまうことで、人生を難しくしてしまう男性は少なくないようです。

僕は他者の家庭に関わる仕事柄、そうした悲しいケースをたくさんみてきました。

(この記事は2021年12月4日にツイートしたものを加筆修正の上まとめたものです)



普段は、女性の立場に立って女性の自己実現や子育て、家庭の安定化について考えたり語ることが多いのですが、男性の側にもなんらかのアプローチが必要なのだと最近強く思うようになりました。


対人関係や異性との関わりについての情報は、意外なことにあるようでないのが現実です。ネタ化しているものは無数にありますが、それらは必ずしも実際の対人関係では生かせないものです。

僕はこうしたことの専門家ではありませんが、多くの人の育児、家庭の相談を受ける過程で女性が男性に求めている実際のところ、どうしたことを不快に思っていたり、どうしたことで信頼関係を築けたり、逆に不信におちいったりするのかを生の声で聴いてきました。


ざっくりとではありますが、自分なりに感じたそうしたところを書いてみます。

これが少しでも安定した対人関係やパートナーシップにつながり、よりよい人生を歩める人が増えてくれれば幸いです。

ここまで読んで下さった男性であればこの先も読めるかと思いますが、あらかじめ念頭に置いておいてもらいたいことがあります。

男性の持ちやすい特徴のひとつに、自分への否定に対して過敏に反応してしまうというものがあります。


以下に書いてあることを読むと、「自分が責められている」と感じて怒りの感情に持っていかれてしまう人がいるかもしれません。

僕は責めているわけではないのです。


考えても見て下さい。

僕はあなたの個人的な知り合いではないはずです。
知りもしないのにあなた個人を責めることなどできません。
個人の存在を責めているわけでも、男性という属性を責めているわけでもありません。

行為や行動を検討の俎上(そじょう、まな板の上)に載せているのです。

どうぞそこをご理解下さい。


また、女性のみなさんにおかれましても「男性のくせに勝手に女性の代弁をするな」とお怒りの向きもあるかも知れません。まったくもってその通りでございますが、不器用ながらもなにかしているのだとどうぞご寛恕下さい。



1,ルッキズム、エイジズム

僕は思春期の頃、「将来は若くてきれいな人と結婚するんだ」と自然といつのまにか思っていました。

そうした価値観が誰に教え込まれたわけではないのに。自分の周囲に漂う情報や人々の言葉から自然と学習していたのでしょう。
僕は今ではこれがおかしな価値観であることを理解しています。

しかし、今でも周囲にはこうした価値観をそのままもっている大人の男性はたくさんいます。

なぜこれがおかしな価値観であるかというと、それが若さ、年齢により女性をジャッジする一種の差別、蔑視であること。容姿により女性をジャッジする差別、蔑視であるからです。

逆もありますね。例えば「イケメン」という言葉はマスメディアにたくさんあふれています。これは男性の容姿をジャッジする言葉であり、本来は社会がフューチャーして使う言葉ではありません。

しかし、私たちの暮らす日本という社会は、いまだにそうした古い価値観が根強く残り、それを無意識に「普通のこと」と思い込んでしまっています。


もし、あなたがルッキズム(他者を容姿でジャッジすること)、エイジズム(年齢で他者をジャッジすること)の感覚を持ったまま、恋人関係や結婚生活を送れば、互いの関係性がうまくいかなくなるリスクは高まります。

ルッキズム、エイジズムを当たり前のこととして持っている男性が、パートナーとの関係を深められず、パートナーや家庭に不満を持ち、浮気をし、それにより配偶者のみならず子供にも愛想を尽かされ、家庭的に自己実現ができない男性が多数いることを知っています。


そこからなんとか自身の自己承認、自己防衛をするために、配偶者や子供を経済的に束縛しようとしたり、空虚な父親の威厳のようなものを振りかざして、かえって溝が深まるケースもあります。

もし、自身がルッキズム、エイジズムの感覚を持っているようでしたら、すぐには無理でも少しずつ客観的にそれをとらえながら、距離をおくようにしてみてください。

実際は、ルッキズム、エイジズムの感覚は気づかないうちに男性自身にも適用されていて、そうしたところで過剰に頑張っている自分がいたり、逆にコンプレックスになったり、そうしたところからの生きづらさを生んでいる場合があります。

どの年齢でも、どんな容姿でも「あなたはあなた」です。
そういうスタンスを女性に対しても持てると、張り合ったり、ジャッジしあったりするのでなく、互いにムリのない自己表現の形に落ち着いてくるかも知れません。


実は女性は、ルッキズム、エイジズムで見られることに疲れ切っています。

もし、あなたがルッキズム、エイジズムを持たずに女性と関わることができたら、相手の女性はそのことだけでも、以前よりはるかにあなたへの信頼を高めることでしょう。

このことは恋人や配偶者といったパートナー間だけでなく、会社や学校での対人関係でも同様です。


2,人格として他者をみる

さらに他者からの信頼を得るため、ルッキズム、エイジズムの理解のもうひとつ先も目指してみましょう。

私たちの周りには女性を性記号化して描くものがあふれています。

子供向けのアニメですら・・・です。


例えば『クレヨンしんちゃん』では「お姉さんのパンツ何色~?」というセリフを幼児に言わせるという表現をしています。

(もしかするとこの表現、以前はそうだったけれど現在は性的でない別の言葉に差し替えられるようになったといった情報もいただきました。その場合はかつてそうだったという記録になります。
類似の例は枚挙にいとまがありませんので、他にも例えば『ドラゴンボール』における「パフパフ」、『ドラえもん』においてのびたくんがしずかちゃんのお風呂に乱入して喜ぶシーン、『名探偵コナン』における風呂のぞきシーン、『僕のヒーローアカデミア』における女子更衣室のぞきのシーン、などなど。皆さんのご存じのものを念頭に置いて考えてみて下さい)


こうしたものは、視る者に「女性を性的にとらえていいのだ」という感覚を自然とすり込んでいきます。


男性はこうした女性を「性的にみる」スタンスを無意識のうちに持ってしまってはいないでしょうか。

男性の仲間内でクラスメイトや同僚の胸の大きさをネタに盛り上がったり。

(またここには、ホモソーシャルの価値観のグループから疎外されないために自身のあり方や意図とは関係なしに参加を余儀なくされているというホモソーシャルの弊害があるかもしれません。例えば、そうしたエロ話に参加していない人を「あいつはむっつりスケベだ」などとやゆされたり)


社会の中でこの感覚で女性と関われば、その女性はあなたへの信頼を深められません。その相手の女性が深めたくてもです。


恋人や結婚相手といった、プライベートも分かち合うような親密な関係はお互いの信頼と尊重の上に積み重なっていくものです。


その中では性的な関係に発展することもあるでしょう。

しかし、最初から自分のことを性的対象と見なしてくる人は信頼も尊重もしたくてもできないのです。


では、どうすればいいかというと、相手を性的な要素ではなく人格としてみることをスタートラインにおきます。

互いの話を受け止め合ったり、共感をしあったり、意見の合わないことがあってもその上ですり合わせる努力をしたり。

「性としての私」の前に「人としての私」をみてくれる人を、女性は信頼するのです。



3,不機嫌さ


しばしば女性に男性の好みをたずねる中で「明るい人がいいです」といった話しが聴かれます。

実はあの言葉の後ろには、女性が言いたくても言えない言葉が隠れています。

「不機嫌さをかもしだして、自分のご機嫌取りをさせる男性はもうお腹いっぱいなので、どうかそれだけは勘弁してくれ」と。


今の社会には、「女性は男性の機嫌を損ねないように振るまい、さらには男性の機嫌をとるべきだ」というメッセージがまだまだたくさんあふれています。

このビジネス誌における記事などその典型例です。



男性は、無意識に女性や自分の下位者に機嫌をとらせる。女性は無意識に、男性や周囲の人に対して、または自分の上位者の機嫌をとるということをすり込まれてしまいます。さらには女性の場合下位者のケアすら求められることもしばしばです。

もし、男性であるあなたが女性と安定した関係を築きたいと思うのであれば、自分の機嫌は自分でとることを忘れないようにしましょう。

これは、

感情のセルフコントロール → 感情の自律 → 自立した人格

へとつながっていきます。


実のところ、誰かに機嫌を取ってもらわないとならない人は、その誰かに依存しているということです。

依存する方はラクでいいですが、依存される方からするとたまったものではありません。

たとえかわいい我が子であったとしても依存されるのはしんどいものです。それがましてや本来自分と対等の配偶者がというのでは耐えられるものではありません。



4,生活者としての自立

あなたは洗濯をしないで一生着られる魔法の服をもっていたり、水だけ飲めば健康にすごせる身体をもっていますか?

そんなことはないですよね。

食事をしたり、洗濯をしたり、掃除をしたりそうした生活の要素があってはじめて人は生きていられます。

もし、大人であるあなたが、「そんなことしたことないのでできな~い。だれかぼくのためにやって~」という人であったら、その人は自立していない人なのだと周りはみなします。

しかし、いまの祖父母世代くらいの価値観は、それが「当たり前」とされていました。

男性は、仕事をして家庭のことは女性がやる・・・と。


もし、あなたが家庭のロールモデルをそうした祖父母世代を基準に考えていたら、パートナーとの信頼関係は構築されません。


かつてはそうであったかもしれませんが、今はもはやとっくに違うのです。

かつてはこうだったと強弁しても余計に女性からは距離をおかれるだけです。

現在はこうなっているというところを基準に考えましょう。

「女性はおいしい肉じゃがが作れるべきだ」のようなファンタジーはしまっておきます。

もし、おいしい肉じゃがが食べたいのであれば、ぜひご自身で作ってみるか、パートナーと一緒に楽しみながら作ることを強くお勧めします。


では、少し視野を広げて考えてみます。

「花嫁修業」「家事手伝い」といった言葉が死語になってずいぶん長くたっているでしょう。

現代の女性は、男性であるあなたと同じように教育を受け社会に出てきています。

「女性だから、家事や育児が上手にできる」

などということはないのです。


男性であるあなたとまったく同じように、料理や家事や子育てや近所づきあいや子供の学校のこと将来のことはわからないのです。それで普通なのです。

・男性だから家事ができない

・下手だからやらない

とった言葉は、いいわけにならないどころか、百年の恋もさめる言葉になってしまいます。


下手でもいいからやります。

できないならできないなりに。買ってきたお総菜を並べたりするのだっていいです。

あんぐり鳥の雛のようにご飯ができるのを口を開けて待つ大人になるのは避けましょう。


僕のかつての同僚にこんな人がいました。

職員全員が残業をして職員会議をします。終わるのは20時~21時です。

女性のその同僚は、急いで帰らなければと言っています。聴けば、家で夫と大学生の息子がご飯を待っていると・・・。

この状態は男性が自分の必要なことを自分でできないというものです。

これは「当たり前」ではなく、現代の価値観では妻、母に依存する自立できない異様な大人の問題です。


ただし、家事などもし失敗したとしてもその尻ぬぐいを女性や誰かに押しつけてはいけません。助けを求めるのは悪いことではありませんが、押しつけはやめたほうがいいです。

また、失敗を指摘されたとき不機嫌さに陥ってしまわないよう気をつけましょう。
失敗を指摘されてふてくされる態度をとってしまうと、関係性には大きなひびが入ってしまいます。

そうしたときは自分自身の思いや気持ちを言葉で出すことで対話の積み重ねに変えていきます。
例えばですが、
「失敗してしまったけれど僕としても努力したことを責められるとつらいです。どうしたらうまくできるか一緒に考えてくれるとうれしいです」






5,NOの尊重=人格の尊重

「すみません」が口癖になっている人が周囲にいるのに気がついたことはありますか?

男性にもおりますが、女性にはさらに多いです。


これは「不機嫌さ」のところでも述べましたが、女性は周囲の機嫌を損ねないように振る舞うことが社会の中ですり込まれてしまうためです。


こうした中で、女性は自分の感情や意見を抑圧されていたり、そもそも長い間そういう習慣を持てなかったためにできなくなっています。

特に他者の意見にそぐわない自分の意見が出せません。


女性はNOを言うことが怖いのです。

逆に、男性はNOを言われることを恐れています。



こうした中で仮に女性が勇気を振り絞って、パートナーに何らかのNOを表明したとします。

(例:子供の熱でお休みしなければならないけど私は私の仕事でどうしても明日は休むことができないの。あなたがお休みを取って下さい。など)


それに対して男性が、不機嫌さを醸し出したり、その言葉を押しつぶそうとしたり、ましてや「お前には子供への愛情がないのか」などのモラルハラスメントをすれば、関係性の発展は望めません。


NOは恐れなくていいのです。

NOの上に対話を積み重ねていきましょう。

例えば、
「うーん、そうか~それは困ったなぁ。僕の方もわりときつめの仕事が入っていて・・・。じゃあ同僚にかけあって、明日の仕事分を明後日に回せるよう調整してみるから、明後日もまだ具合が悪かったときはあなたがお休みできるようにしてもらえる?」


このNOを押しつぶすのではなく、互いの対話を重ねる方法を上手でなくとも互いに取り組んでいくことで、パートナーとの信頼は深まっていきます。

また、仕事における対人関係などでも、このスタンスを理解しておくことで、人間関係が円滑にいったり同僚間での信頼関係が構築されやすくなります。

子育てでもとても重要なファクターになります。(こっちが僕の専門なのでいずれどこかでまとめましょうね)


もしパートナーであるあなたがNOを表明されてもそこに対話ができる人であると相手の女性が理解したしたら、その女性はきっと大きな安心感と信頼感を感じることでしょう。


◆性的な関係においても大切なNOの尊重

このNOを表明しても不機嫌にならない、相手の意見を押しつぶさないというスタンスは、さらに性的な関係でも重要です。


性的な行為を求めたとき、それを女性に拒否されることもあるかもしれません。

そのときは、それを最大限尊重するべきです。

不機嫌さを醸し出しながらしぶしぶなどではなく、素直にひっこめられることで、女性はこの人は信頼に足る人だと理解します。


現在の日本では性教育がまったくの不備ですので、多くの人が自身の性的な問題について表すことが難しい状態におかれています。

表したり、対話ができないので、性的関係における相手の支配を目指してしまいがちです。

またアダルトビデオ等は、それが普通のことであると錯覚させすり込んでしまいます。


本当は相手の支配をする必要はありません。

性的関係においても対話と同意を大切にすることで、パートナーとの関係はプラスになっていきます。




6,男性の持ちやすい世間に流布する誤解

女性との関係を危惧する男性にとって、もしかすると世の中には間違った情報がたくさん流れているかも知れません。

●高収入

様々な人がいますから一概にはいえないかもしれませんが、時代の流れとしては確実に女性は自立、自活を求める方に向かっていますので、男性の高収入に依存したいという人は減っています。

互いに働いて生活に不自由なければそれでよいという考え方がむしろ一般的なものではないでしょうか。

ネットなどで一部に流れる、「女性は高収入の男性でなければ見向きもしない」という言葉は、女性蔑視を強化しようとする人達のデマと思っていいでしょう。もちろん、中には高収入でなければというそういう人もいるでしょうけれども、それはあくまで個別にであり、総体ではありません。


●よい見た目

これも収入におけるデマと似たり寄ったりです。

あなたがもし相手の女性を人格として尊重できる人であれば、見た目に寄らず信頼してくれる人はいるはずです。

こうした感覚は先に述べました、ルッキズムの反動からのコンプレックスである場合もあります。もし持っていた場合は自身の持つルッキズムと適度な距離感を作るようにしていくことで、ここがラクになるかもしれません。


ただ、見た目を気にしないというのは、不潔さや不衛生さを押しつけていいということではありませんので、そこは誤解なきよう。

↑この部分について気になっている人がいるようなので補足しましょう。
中には自身の不潔さ、不衛生さをパートナーに許容させることで、自己承認欲求や支配欲求を満たす関わりをしてしまう人います。

アダルトビデオや風俗店のサービスなどがそうした歪んだ欲求を加速させる誤情報になっているケースもあります。
そうしたことをパートナー間でもしていいのだという認知を持っていれば、断られたとき、その男性は「自分は承認されない」という被害意識を持ってしまい、パートナー関係は大きく崩れてしまいます。

そうしたケースを防ぎたかったのでこの一文を入れました。

●性交渉経験の多さ

「自身の性的な経験が少ないと女性に笑われるのではないか」、「相手を上手に気持ちよくできなければ男として恥ずかしいのではないか」といった気持ちを持っている人もいるかもしれません。

こうした意識は、ホモソーシャルの価値観やアダルトビデオの情報などが作り出した虚構と思ってしまっていいでしょう。

互いに尊重し合う中で、いろいろと確かめ合って二人の関係性を築いていくのが性交渉です。むしろそこが大切なのであって、最初から「感じさせる」とか「いかせる」とかを考える必要はまったくありません。

むしろ、そうしたアダルトビデオにあるような「相手を絶頂させる」のようなものを目指して強引なことをする方が、よほど女性からは嫌がられることです。


さて、いろいろ荒削りなところ、至らないところあると思いますがこれがお一人でも役に立ってくれたという方がいればうれしいです。

できたらまた今後も加筆していきたいです。
僕の頑張れ力しだいなので応援よろしくお願いします。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
保育士おとーちゃん

保育士おとーちゃんこと須賀義一です。 子育てについての情報を発信しています。

ありがとうございます。ムリのない子育てが広まりますように
保育士おとーちゃん