見出し画像

播磨灘物語「高松城水攻め」から考える

播磨灘物語、これから秀吉による「高松城水攻め」が始まるところだ。この水攻めという戦い方を初めて知ったのは、じつは10年くらい前にみた映画「のぼうの城」だった。

映画の冒頭シーン。市村正親さん演じる秀吉が、高松城を攻略するにあたって水攻めを敢行するのだ。堤防を決壊させ、水しぶきをあげながら高松城へと流れる足守川を眺めながら高笑いする秀吉。忘れられない。

当時のボクはまだ坂本龍馬などの幕末を読みはじめたばかりで、戦国時代はちんぷんかんぷんだった。そのため、映画館の大スクリーンでみた水攻めに、ものすごい衝撃を受けたのを覚えている。こんなにも大胆な攻め方があるのかと。

話はそれるが、「知恵」という言葉と「工夫」という言葉がある。前者は「物事を正しく処理できるように考える頭のはたらきのこと」、そして後者は「より良くなる方法はないかと考えながら行動すること」とある。この二つの言葉を合わせた「知恵を絞り、工夫を重ねる」とは、かんたんに言えば、

「物事がうまく解決できるよう、もっと良い方法はないかと考えながら行動すること」

おおっ!これはまさに、秀吉が高松城を攻めあぐね、考えに考えたすえの「高松城水攻め」ではないか。この水攻めが秀吉の発案なのか、それとも官兵衛の発案なのかはわからない。調べるとどうも秀吉説が有力のようだが、官兵衛があるじである秀吉に功をゆずったとも考えられる。秀吉が信長に功をゆずったように。

どちらにしろ、農民あがりの秀吉は岐阜の墨俣一夜城や、またのちの小田原攻めでの石垣山一夜城の築城のように、土木をもって敵城を攻略することが得意だ。いっぽうの官兵衛は、のちに三大築城名人とうたわれるほどの築城の名手だ。ゆえに、このふたりは地学的知識や地理的推理力に相当に長けていたことが考えられる。

そんなふたりがともに得意とするものを活かしながら、もっと良い方法はないかと考え、そして行動したすえが「高松城水攻め」なのだ。もはや誰もマネできない奇想天外ともいうべきものだが、このふたりの脳裏には成功するイメージが浮かんでいたにちがいない。

これは経営にも通ずるものがある。客足が遠のき、経営が行き詰まったとする。そのようなときに、従来のままの発想、他社と同じような特徴、少ない手打ち、つまり堅い頭と重い腰では現状を打破することなど到底できない。

そんな時は、秀吉の高松城水攻めを習うのだ。秀吉のように「発想の転換」「独自の特徴」「矢継ぎ早な手打ち」、この3点を意識しながら行動することだ。自分の得意とするものを活かしつつ、柔軟な頭であらゆることを想像しながら行動にうつすことが大事だ。

そこで、この秀吉の高松城水攻めから習い、前述の「物事がうまく解決できるよう、もっと良い方法はないかと考えながら行動すること」に、もう一文加えたい。

「物事がうまく解決できるよう、自分の得意とするものを活かしながら、もっと良い方法はないかと考え行動すること」

どうだろう。とりわけ経営資源のとぼしい中小企業は、このような「知恵」と「工夫」を日常の習慣としたいものだ。

この記事が参加している募集

歴史小説が好き

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?