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長編小説:クイック、フラッシュ&ラウド 第2章 ブラー、板わさ、レディオヘッド_4

 シナリオ通りに目的を達成して鼻歌混じりに歩く橋本を横目で見ながらも、なんだか腑に落ちない。吉川と仲良くなる事を餌に高田をバンドに引き入れようとする橋本の作戦は充分理解できた。だが、何故よりによって高田でなければならないのかは依然謎のままだった。

「なぁ何で高田なんだよ」
僕は率直に疑問を投げかけた。
「え?だってドラムとキャッチャーは太ってる方がいいだろ?基本だぞ」
「あとは?」
「あとは?ない。そんだけ。」
「そんだけって…」
「強いて言うなら高田は個性がある」
「あり過ぎだろ」
「あと、身体能力が高い」
「まぁそうかな…」

高田は動けるデブを自称している通り、足も案外早く小学生の頃はリレーの選手などもやっていた。ラグビー部でも一年から主力で不動のフッカーだ。

「楽器、ドラムは特に身体能力が大事だろ。キースムーンなんて一流のアスリートだぞ」
「そうなのか?」
「いや知らんけど」
どっちなんだよ。橋本の適当さに呆れると共に益々バンドに対して不安が募っていく。
「知らないけど、ドラムは結局は神経の伝達が重要だろ。脳が司令を出してそれを末端に伝える精度とスピード」
「ドラムはリズム感だろ」
「それは二の次だ。と言うかリズム感なんてものはそれこそ天性のものなんでやってみなけりゃわからん」
「本当に大丈夫かよ…」
「そんなに心配なら、俺のメンバー選考基準を教えてやろうか」
「是非」

橋本は立ち止まり中庭にある池の石垣に腰掛けたので、僕もそれに習った。
「まずはルックス。これはイケメンであるとかそんな事じゃない。個性と全体のバランスが重要だ。その点高田はデブなので問題無し」
「問題無し…なのか?」
「イケメンは一人でいいんだよ」
「俺か」
「お前じゃない、青山だ」
だろうとは思った。聞いてみただけだ。

「俺はなんなんだよ」
「お前は…面倒くさいな話を混ぜ返すな、後で話す」
「…わかった」
僕は傷付きながらも黙って橋本の続きを待つ事にした。

「まずはルックスだろ、次は身体能力。これは俺の持論だ。良いプレーヤーは跳躍力が高い」
「何だそりゃ。ピートタウンゼントか」
「そうだ、だから青山だ。青山はバレー部のエース。跳躍力は問題無し。加えて身長が高くルックスがいい。あいつがベースを持った立ち姿をみたら誰でも惚れ惚れするだろう。」
「それは納得できる」

 青山は学年屈指の美男子だ。高校一年の時には既に完成された端正で中性的な顔立ち。加えて性格と音楽的な趣味がいい。姉の影響でプライマルスクリームを聴いてからマンチェスターとかグラスゴーの音楽に詳しい。そんな青山を以前からバンドに誘い、快諾を得ていた。既にベースも手に入れて半年前から練習をしている。

「お前もさっき言っただろ、バンドは個性の集合体だ、化学変化だ、交錯した一瞬の火花がどうとかって」
「改めて言うな。恥ずかしくなる」
「確かに。だけど間違いじゃない。イケメンのフロントマンとその他大勢みたいなバンドを作ってどうする。それぞれのキャラが立ってこそだろ」
「そんじゃギターはどうすんだよ、俺歌いながらそんなに弾けないぞ」
「それなんだけどな、山内はどうだ」
「山内か…」
またしても思ってもない人選だった。

「身体能力は高い、野球部のキャプテンでエースだからな。ちょっと面白みには欠けるが人望もあって集客も期待できる」
「あいつ音楽好きなのか?」
「多分。ティアーズインヘブン弾いてるのを見た」
「それ野球部全員弾けるだろ」

 何故かこの学校では半年前から、エリッククラプトンのティアーズインヘブンを弾き語る事が爆発的なブームとなり、全校男子の約二割が十六小節迄弾ける、という異常事態となっていた。因みに僕は弾けない。

「まぁギターは素人同然だと思うが、あの性格だからな、やると決めたら上達は早いと思うぞ。あとな、あいつこそリズム感いいぞ」
「なんでわかるんだよ、さっきリズム感はやってみないとわからないって言ってたろ」
「山内に関しては投球のリズムでわかる」
「わかる訳ねぇだろ」
「いや、わかる。球速は無いがリズムだけでエースになった男だよ。楽器やらせたら化ける可能性は十分あるぞ」

 さっきから信憑性に乏しい理由ばかりを並べているが、橋本の言葉は自信に溢れ、少しの迷いも見られない。

「あいつがギターを引き受ける保証なんてあんのかよ」
「それはわからん。だから今から行ってみよう」

 橋本は立ち上がるとヒョコヒョコと独特の歩き方で僕を待たずに歩いて行ってしまった。


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