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長編小説:クイック、フラッシュ&ラウド 第3章 ウェイストランドボーイズVS小太りズ_4

「あの奇怪な集団は何だと思う?」
練習の後僕らはいつもの「ほりうち」に入り蕎麦を食べていた。僕がみんなに聞きたかったのはさっきの桜井の事だ。

「トチ狂ったとしか思えんな。小太り三兄弟とバンドを組むなんて生き恥もいいとこだろ」と高田。
「小太りって、お前自分の事棚に上げてるな」
横から茶々を入れた山内の頭髪を一瞥し、高田は
「俺は中途半端が一番嫌いなんだ。太るなら徹底的に肥るし、禿げるなら坊主にする」
と危険な事を言い出したので僕と青山は慌ててて話題を元に戻した。

「でもさぁ確かに桜井って歌上手かったよね。ほらあの引退試合の日。みんなでカラオケ言ったろ」
「そうだっけ」
青山に言われてようやく思い出したが、そう言えば桜井はサザンとかミスチルか何かを歌っていた様な気がする。そんなに上手かっただろうか
「だって原曲のキーでミスチル歌える人ってなかなかいないんじゃない」
「わかった!」ざるそばを啜っていた山内がふいに顔を上げた。
「桜井は佐山とバンドやりたかったけど誘われなかったから拗ねてるんだ」
「そんな訳…あ!」

 僕は思い出した。高二のテスト休みの時期。僕の部屋に遊びに来た桜井は僕の買ったばかりのジャズマスターを珍しそうに眺め、バンドはやらないのかとしきりに聞いて来たことがあった。
「そう言えばその時そのうちやるとかやらないとか言ったり言わなかったり」
僕が曖昧な記憶を辿ると
「それだろ、どう考えても」と高田は呆れたような顔で断言した。
「こいつは昔から適当なとこがあるからな」

「いや、でもそんな正式にやるなんて言ってないぜ、やれたらいいね、むしろ生まれ変わったら一緒にやろうか位のニュアンスだったと思うんだが…」
「つまりはそれを真に受けて桜井は声がかかるのをずっと待ってた訳だ。」
山内も僕を非難するような目線を向けて来た。「部活も終わっていつ声がかかるかと楽しみに待ってたら」と青山が続け
「佐山はいつの間にか別の奴らとバンドを始めてた。しかも自分がやるはずだったボーカルで。」高田が追い討ちをかけた。
「いや…まさか真に受けてるとは思わんだろう…」
桜井は本当にそんな事で怒っているのだろうか。皆の推理はいまいち信憑性にかけたが、否定する根拠も見当たらない。

「橋本、お前なんか知らないのか」
高田に水を向けられた橋本にみんなの視線が集まった。それまで興味無さそうに蕎麦を啜りながら聞き流していた橋本は「なんだよ」と不機嫌そうに僕らを睨み回した。
「桜井が佐山とバンドやりたいって知ってた?」と言う青山の問いに、知らんよ。と面倒臭そう答えた。
「この際桜井も入れてやればいいじゃんか。小太り三兄弟とやるのも可愛そうだろ」と人の良い山内が余計なことを言う。
「そんなに歌が上手いんならコイツにやらせるよりいいんじゃないか」
高田は失礼にも僕を指差した。
「ちょっとまて俺は何をやんだよ」
僕は別に歌を歌いたくてバンドを始めた訳では無かったが、交代と言われると納得はいかない。お前はトライアングルでもやれよ、などとと適当なことをぬかす高田。

「それに関して言えば第一に…」
橋本は細長い人差し指を立てて僕らを見回しながら
「桜井には人間的な面白みも無くバンドに入れても化学変化は期待できない」
「第二にA#迄金切り声を出そうが知った事じゃ無い」

「第三に理由はどうあれピンクのペイズリー柄のギタリストとバンドを組む奴のセンスに同情の余地はない」

と言い放った。

取りつく島も無い物言いに高田でさえ言葉を失っている。

 あまり表情には出さなかったが、橋本は僕以上にピンクペイズリー柄に怒りを覚えている様だった。
「だからメンバーには入れない」
それだけ言うとまた橋本は黙って不機嫌そうに蕎麦を啜った。

 こと音楽に関して、橋本の硬質な潔癖さは良くわかっていた。それは彼独自の感覚によるもので、周囲の価値観と衝突する時が多々ある。そんな時に橋本は小さな子供がいやいやをする様に激しく拒絶する。そこには何の情も無い、子供特有の冷徹さがあった。僕はそれを羨ましく思いながらも、いつか自分に向けられはしないかと寒気を感じる時があった。

「まぁ何にせよ文化祭は奴らと対バンってわけだ」
暫く誰も口を利かない重たい空気を破るように、山内が口を開いた。

 体育会系ばかりで文化的貧困にあるこの学校で、バンドをやる奴などほとんどいない。必然的に僕らと小太りズの一騎討ちとなり、比べられる事は避けられない事に思えた。

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