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長編小説:クイック、フラッシュ&ラウド 第4章 佐山稲荷_3

「よし、じゃあ気合い入れて行くか」

 高田のカウントで練習が始まった。まずは腕慣らしにアンダートーンズのティーンエイジキックス。
 初めてコピーした曲なので僕らは何となく愛着を感じていた。練習を始める時はチューニング代わりにこの曲を演奏するのが習慣となっていた。

 静まり返った夜の学校でいざ音を出すのは少し気が引けた。しかし高田は一切の遠慮なく豪快に叩きまくる。そのおかげで僕らも途中から伸び伸びプレイし出した。吸音材もない狭い部室内で音響が乱雑に反射して夜の空気を震わせた。
 僕らはのめり込む様にひたすら音を奏でた。誰もいない夜の学校で。みんなが眠っている間に。僕らはティーンエイジキックスを轟音で鳴らしている。
 それは本当に爽快で、笑いたくなる程痛快だった。橋本は難しい顔をしてミキサーのツマミをいじり、貧弱なPAシステムを何とかまともな音にしようと四苦八苦していた。
 でも僕らには音質など全然関係なかった。いつも通り自分の歌声も聴こえてこないノイズの渦の中で僕らは顔を見合わせ笑っていた。

「なんか叩きにくいな…」
高田は図々しくも勝手にドラムについているタムを1つ外していつもの自分仕様に変えている。
「早く次やろうぜ」
このテンションのまま朝まででもやれる気がして僕は高田を急がせた。
「なんか今日は調子いいぞ」と山内が手首を回しながら言った。
「確かになんかいつもと違う気がする」青山も手応えを感じている様だ。
「低音が出ないんだよなぁ..」
橋本はしきりに首を捻りながらミキサーをいじり、青山や山内に音出しを求めた。

「よし、次あれやってみよう。サムクック」

 僕らは少し前からサムクックのシェイクを練習しだしていた。ソウルミュージックは相当に難しくなかなか手応えを掴めないでいたのだ。今日のこの雰囲気ならうまく行ける確信があった。今日がこのバンドの分水嶺になる気がしてならなかった。

「早くしろよ高田!」

この感覚を逃したくない僕はもたついている高田を急かす。
「まぁまてよ…よし」タムを外し終わった高田は椅子に座り直し
「行くぞ」とスティックを構えた。全員が意識を集中してカウントを待つ

「ちょっと待て」と高田。
「何だよ!」
高田の謎の焦らしに僕のイライラは頂点に達していた。

「トイレ行っていいか」
「何なんだよお前は。行けよ早く」
「いいってよ、青山行くぞ」
「いや、俺はいいよさっきいったもん」
「じゃあ山内、行くか」
「何でお前と連れションしなきゃならないんだよ。俺もさっき行ったよ」
「じゃあ橋本行こうぜ。」
「…」
橋本に至っては目の前の機材にかかりきりで完全に高田を無視している。

「何なんだよお前は早く…」

「あ。」僕は思い出した。

「そうだこいつ…」
「やめろ佐山」と高田は僕を制する様に手のひらを前に突き出した。

「小六の修学旅行で…」
「わかった佐山もういい」

「みんなで怖い話しした後トイレに行けなくなって失禁して泣いたんだ!」「違う佐山!失禁はしていない!少しちびっただけだ!」高田は叫んだ。

「あー怖いのか」ようやく青山も察して苦笑いを浮かべた。
「小六でそれはダメージでかいな…」山内は高田を笑い者にするどころか壮絶なエピソードに完全に引いてしまっていた。

「わかったよ、高田一緒に行こう」
青山が優しい笑みを浮かべて声をかけた。馬鹿にする様子は一切無い。何と言う人間のできたやつだろうか。

「…いいのか」高田は目に涙を溜めながら青山を見つめた。

「手をつないでいいか?」
「いや、それはちょっと…」
と会話しながら寄り添うようにして二人は暗闇へ消えて行った。残された僕らはアホらしいと肩をすくめるしか無かった。

「あいつ妙にテンション高かったのはビビってるのを悟られないためだったのか…」
二人の背中を見ながら山内が呆れたようにつぶやいた。

五分後元気を取り戻した高田は。すっきりした面持ちでスティックを構えた。今度こそ演奏が再開するはずだった。

「行くぞ。ワン、ツー、うぎゃぁぁぁ!」

 カウントの途中で高田は叫び声を上げながらドラムのスツールから転げ落ちた。反射的に高田の目線の先に目を向ける。そこには避難誘導灯の緑の光に照らされた、中年男性の生首が浮かび上がっていた。

 恐怖を通り越し、高田以外は皆一様に凍り付いた。暫く時が止まったような沈黙の後、生首はゆっくりと口を開いた。
「お前ら何してんだ…」
山岸先生の声は怒りで震えていた。



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