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長編小説:クイック、フラッシュ&ラウド 第2章 ブラー、板わさ、レディオヘッド_2

 片山有紗と吉川弘美が、肩を並べてこちらに向かって歩いてくる。片山は少し茶色がかった肩までの短い髪、吉川は肩甲骨位までの長い黒髪を揺らして。傾いた放課後の日差し浴びて、片山は一際輝いている様に見えた。僕の中で警告音が鳴り響き、混乱が度合いを増す。取り乱してはいけない。勤めて冷静な対応をするように自らに言い聞かせ、深く息を吸い込んだ。
「遂にバンドやるんだね」
そんな僕の心の内を知ってか知らずか、片山は屈託の無い笑顔を浮かべながら僕の背中のギターを指差した。
「いや…まぁ…」
「そうなんだよ、コイツ。早く部活引退してバンドやりたいって言ってだろ。だからワザとミスして一回戦で負けたんだな」
 僕の肩を叩き橋本が代わりに答えてくれた。コイツなりに気を遣っているのかも知れないが、部活の話しは余計だった。先日の引退試合で僕が見せた醜態は、もう校内では伝説となっていた。
「じゃあ今度の文化祭でライブするの?」
 吉川が気をきかせたのか、沈黙が訪れる前に話題を戻した。吉川は空気が読める。いつも周りに気を配り、誰に対しても公平で話しやすい。綺麗だが、背が高く一見近寄りがたい印象もある片山と比べて、小柄で可愛らしい吉川の方が男子からの人気は高いかも知れない。
「うん間に合えばやるけどメンバーもまだ集まってないからね」
 吉川には普通に言葉を返せる僕は、片山にどう映っているだろうか。気にはなるが目を向ける事ができない。
「ハシゲンも一緒にやるの?」
「いや、だから俺はやらないって」
「なんでーだって二人は付き合ってるんでしょ?いつも一緒だし」
「バンドに恋愛を持ち込むと碌な事がないから」
「やだー否定しないんだね」

女子特有の何というつまらん話題か。と思いつつ片山と自然な会話ができる橋本を羨ましく思う。

「あ、その雑誌俺も買ったよ」
雑誌の切り抜きが透けて見える、吉川のクリアケースを僕は指差した。
 ブラーのデーモンアルバーンがフレッドペリーのポロシャツを着て気取っている写真だった。中産階級らしい鼻持ちならない笑みを浮かべている。
 片山も吉川もブリットポップが好きだった。この学校でも数少ない音楽の話が通じる友達であった。そう。友達。四人で輪になっていた状態から、徐々に片山と橋本 、吉川と僕というペアが形作られて行く。

「ブラーって最近アルバム出さないね」
 ブラーとオアシスが同時期にアルバムを出し、どちらが売れるか、などとイギリスのメディアが狂騒を繰り広げていたのは今から一年前。僕もその頃はザフーと出会う前で、ブリットポップに夢中だった。中産階級のブラーはクソだ、オアシス頑張れ!などと本気で応援したりしていた。
「なんかグレアムが最近元気無くて、辞めちゃわないかな」
吉川は最近露出の少ないブラーのギタリストを、まるで友達の様に心配している。
「いつかまた初期の頃みたいなシンプルなギターバンドに戻る時が来ると思うよ、グレアムは辞めないでしょ、デーモンとは幼馴染で特別なつながりがあるし。」
「特別なつながり?佐山君とハシゲンみたいな?」
 吉川は意味ありげに橋本と僕を交互に見ながら笑った。なぜ女子は男の友情を拡大解釈して愛情に発展させる妄想が好きなのだろうか。少なくとも僕は女の子同士がそんな関係になる事を考えても全く楽しくない。

 ほとんど片山に背を向けるようにして吉川と向きあい会話をしながら、意識は尚背中に集中していた。結局片山とまともに話す事は出来ないまま、これから図書館に行って勉強をすると言う二人を見送った。僕は少し残念に思いながらも内心胸を撫で下ろした。

しかし驚くべきことはその去り際に起こった。片山はふと立ち止まり振り返ると僕を見て笑った。そして小走りで戻ると
「ライブ決まったら教えてね。絶対行くから」
と囁くようにして僕に伝え、また小走りに駆けて行った。

可愛い。
と思わない男がいるだろうか。多くの男たちと同じく片山有紗のことを僕は好きだった。それにしても最後の最後で繰り出されたあの一撃。彼女も僕の事が好きなのではないか。ひとつダメ元で告白してみれば良いではないか。とぼくが第三者なら思う。だがそれはできない。何故なら既にそれは終わっているのだ。もうとっくに告白した。二年の夏に。あまつさえ交際までした。二週間。そして一方的に振られたのだ。
 手もつながずに僕らは別れた。毎日毎日、休日の日でさえわざわざ待ち合わせ、ひたすらに歩いた。色んな話をしながら。町の中を川沿いを住宅街を歩いた。疲れると公園のベンチに腰掛け少し休憩してからまた歩き出した。
 僕はとにかく音楽のことを一方的に話し続け、彼女は「へぇ」と感心したり「ふふ」と笑ったり「?」と小首を傾げたりした。そして彼女は自分の事を殆ど話さなかった。そんな二週間を過ごしたのち、いつものように川沿いを歩いていた時、彼女は橋の上でふと立ち止まって

「ごめん佐山君とはやっぱりそういう関係にはなれないかも」

と言うティーンエイジャー特有の、「意味不明皆目検討もつかぬ」理由で、別れを宣言した。ひどく動揺し、どうして良いかわからなくなった僕は、「うんわかった。それじゃ。」と手を振りすんなりと別れた。
「どうして?」「なんで?」などとすがりつく事は以ての外であった。
 瀕死の僕にできる事は「あぁなるほどね。そう来るわけねオッケー了解」と理解したふりをして出来る限り傷口を隠して後ずさり、安全な距離を保った瞬間に一目散に逃げる事だけだった。

 その日、僕は混乱し、悩み抜いた末、ほぼ一睡もせず夜を明かした。
 その混乱に拍車をかけたのが翌日の片山が僕に見せた態度であった。廊下ですれ違った際に身を固くする僕をよそに、にっこり笑い手を振って来たのだ。それこそまるで恋人同士の様な親密さで。
 それ以来僕は女性というものを「理解不能」の箱の中に入れて固く封をした。それでも尚、今の様な態度を取られると心がかき乱されるのだった。

「佐山、行くぞ」
頭を叩かれて我に帰ると橋本はもう歩き出していた。
「ちょっと待て、どこ行くんだよ。まさか本当に高田の所じゃないだろうな」
すっかり忘れていたが僕たちは今バンドのメンバーを探している所だった。しかし何故高田なのか。
「俺を信用しろ。俺が参謀なんだろ」
僕の問いには答えず橋本はどんどん歩いて行ってしまった。


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