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長編小説:クイック、フラッシュ&ラウド 第3章 ウェイストランドボーイズVS小太りズ_2

「バンド名どうすんだよ」

「お前それしか言わないな…」

スタジオを終え、僕らは横浜駅前のマクドナルドに入った。四人掛けの席に五人の男と三本の楽器がひしめき合って肩を寄せるように座る。あれから時間の許す限り何度も曲をみんなで合わせた。出し尽くした疲労感が心地よく身体に残り、僕の喉はガラガラに枯れていた。


高田を無視してポテトを食べながらふと山内の頭髪に目が向いた。

「山内、お前髪伸びたな…」

部活を引退してから伸ばし出した髪は、前髪が下りる位になっていた。サラサラの直毛が空調の風に吹かれて揺れている。山内は丸坊主の頃から切長の目をした爽やかな顔立ちだったので、髪を伸ばしても似合う。似合うのだが…

「今迄ずっと坊主だったからな」

照れ臭そうに前髪をいじる山内を見ていると何か違和感を感じる。

「お前、何か…」

「何だよ、芸能人の誰かに似てる?」

いや、そう言う事じゃなくて…お前なんか…ハゲてないか?と言う言葉を済んでの所で飲み込んだ。

「それより高田の言う通りバンド名そろそろ決めようよ」

不穏な空気を察して青山が話を切り替えた。

「高田言ってみろよ。あるんだろ。そんだけ言うんだから」

自分の話題がすぐに終わった事が不服そうな山内は、少し不貞腐れ気味に高田に促した。

「俺か?ないよ」

「ないのかよ」

僕は呆れた。

「いや、あるよ」

「どっちだよ」

僕はまた呆れた。

「三つしかない」

「多いな!」

小学生から続く僕と高田との不毛な掛け合いは、既に円熟の域に達している。

「勿体ぶるなよ、言ってみろよ」

皆に口々に促されてもなお、高田はたっぷりと焦らして間を置いてから、やっと重い口を開いた。

「まずひとつ目。」

沈黙。

隣で他校の女子生徒が、尋常でない量のストラップが付いたPHSでゲラゲラ笑いながら話す声が店内に響いていた。

「ユリゲラーズ」


ゆりげらーず?ゆりげらー?…ユリゲラー?あのスプーン曲げの?超能力者の?


音楽とは明らかに関係が無い。いいのか。格好いいのかこのセンスは。一周どころか三周位している様な気がする。余りに斜め後方からの提案に誰もが困惑しているようだった。しかし高田の揺るぎない自信に満ち溢れた姿を見ていると深読みしてしまう。何か深い意味があるのでは無いだろうか。形容し難い空気がテーブルを包んだ。謎の緊張が走り、山内がズズっと音を立ててコーラを啜ったその音に青山がビクっと反応した。当の高田は満足そうにみんなを見渡し、賞賛を今か今かと待っている様子だった。

「三つって言ったな。」

橋本の固い表情からも高田の意図を図りかねている様子が窺えた。

「残りのニつは?」

恐る恐る橋本が聞いた。

「二つ目は…ノストラダムス」

ノストラダムス…預言者?いやノストラダムの複数系?笑かそうとしているのか本気で推しているのか、またしても反応に困る。

「最後は?」

「キャトルミューティレーションズ」

「お前なんか超常現象とかばっかだな!」

結局誰も高田の案には賛成はしなかった。


「他には無い?」

僕が改めて意見を聞いてみると再び沈黙が訪れた。高田だけは不満そうに腕を組み椅子に踏ん反り返っている。

「無ぇんだろ。じゃあユリゲラーズで決まりだな。あとはバミューダトライアングルズってのもあるぞ」

「まて高田。あるよ、ある」

僕は内心震えながらも平静を装って口を開く。みんなの目線が一斉に僕を射抜いた。高田のように引っ張っても仕方ない。ここは思い切って言うしか無い

「ゲーム&ウォッチズ」

「他には?」

早い。橋本の切り捨て方は異常に早かった。

まだだ。まだある。今のは本命の前の捨て駒だ。

「あと…ウェイストランドボーイズ..」

皆の反応を見るのが怖くどうしても俯きがちになってしまう。

「…その心は?」橋本が尋問する様に無表情で問う。

意味はある。意味はあるが説明を加えても虚しいだけの様な気がする。しかし最初のインパクトで納得させられなかった以上、不本意ながらくどくどと理由を述べるしか無い。

「ウェイストランドってのは荒野、荒地とかだな。これはザフーの曲の歌詞から来てる。で、ボーイズって言うのはさ、まぁそのまま少年達なんだけど、ただの男の子って意味じゃなくて、例えば初期の頃のビートルズとかさ、六十年代のアイドル的なバンドを呼ぶ時に業界用語として使われてたらしいのね。だからちょっと自虐的でいいかなってさ思ってさ。アイドルでも何でもない俺たちがボーイズって名乗るのも。それにさ何かイングランドのフットボールチームのサポーター集団っぽくない?それも英国感があっていいかなって思って…確か五木寛之の小説にあったよな、少年は荒野を行くってやつ。まぁ読んだことないけど。多分みんなウェストランド、って思うかもしれないけど発音はウェイストランドな。ウェストランドだと意味変わっちゃうから。まぁでもそもそもウェストランドって西部って意味かと思ってたんだけど西部はウェスタンで、ウェストランドって実際はただの地名で固有名詞の意味しかないらしく…」

「説明長いな!」高田に遮られた。

僕だってこんなに説明するつもりは無かったのだ。しかし自信の無さが逆に僕を饒舌にさせた。

「いいんじゃないの」

青山の声に救われたように顔を上げると

「ユリゲラーズ以外なら俺はなんでもいいよ」と山内も賛同してくれた。

「まぁいまいちだとは思うけど…」

最難関と思われた橋本は乗り気で無かったが「ま、お前がリーダーなんだから好きにすればいいか」と賛成に回った。

「まぁ糞ダサくて死にたくなる程ではないが、特別格好良くもないな。」

と旗色が悪くなっても、高田は頑強に抵抗を続け、尚も超常現象シリーズのバンド名を推したが、多勢に無勢。遂には「俺の中ではユリゲラーズと呼ぶが対外的にはそれでいい」

と言う訳のわからない往生際の悪い条件をつけて渋々了承をした。こうして僕らのバンド「ウェイストランドボーイズ」は遂に始動したのだ。


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