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長編小説:クイック、フラッシュ&ラウド 第2章 ブラー、板わさ、レディオヘッド_7

 すっかり日が暮れた横浜の街を駅までプラプラと歩く。居酒屋、個室ビデオ、キャバクラ、風俗、いつのまにか看板に明々と火が灯っている。昼間の薄汚いだけの街並みと違い、猥雑な雰囲気が徐々に満ち始めて来ている。良くこんな所に高校を建てたものだと生徒ながらに呆れるが、もうすっかり慣れてしまった下校風景である。
「本当にこんなんでいいのかなー」
橋本の主導によりあっと言う間に決まってしまったメンバーについてである。
「こんなもんだろ、メンバーなんて。そうそう才能のある奴なんていないんだから。適当に決めればいいんだよ」
「もっとこう運命的な出会いがあるんじゃないのかなー」
はじめてのバンドに理想を持っている僕。

「お前な」
橋本は急に立ち止まり振り返った。釣られて立ち止まった僕にぶつかりそうになった中年サラリーマンが苛立たしげに舌打ちして通り過ぎていった。橋本は構わず続けた。
「自分の心配した方がいいんじゃ無いか。さっきから人の才能ばっか気にしてるけど」
「いや、まぁそうなんだけどさ。でもお前は俺の中に光るものを見つけてるんだろ?」
「知らないよ、そもそもお前の歌声なんか聴いたこと無いしな」
確かに、カラオケが嫌いな橋本はどれだけ誘ってもカラオケボックスに入る事は無かったので僕の歌声を一度も聴いた事がない。
「でも何かお前の中で確信があるんだろ?俺が特別な何かを秘めてるって。そう言えばさっき言ってた話しの続きをまだ聞いてないぞ」
「なんだよ、さっきの話しって」
「だから、青山はルックスで高田はデブ、山内は身体能力とリズム感。それぞれお前の中でバンドの役割がある訳だろ」
「あぁそうだよ。だけど高田のデブはさすがに失礼だろ」
「お前が言ったんだろ」
「そうだっけ?それでなんだよ」
「だから俺はなんだよ。俺の役割は」
これを聞いておかないと今日は眠れそうにない。
「お前か…」

 橋本は予想外に沈黙してしまった。人通りの激しい駅前の通りを避けて細い路地に橋本を引っ張る。
 個室ビデオのネオンの点滅が僕らを赤く照らし、下水の悪臭とピザ屋の匂いが入り混じる路地裏で、僕は辛抱強く橋本の言葉を待った。

「そうだな、例えば山内はゴレンジャーで言う赤だな。熱血感でリーダーで主人公。」
「赤は俺じゃ無いのかよ…」
「いやお前は赤じゃ無い。青山は青か緑だな。二番手で二枚目。そんで高田はデブだからカレーが好きな黄色」
「お前高田の評価だけ飛び抜けて雑だな」
「そうか?結構高田には期待してるんだけどな、俺は」
「まぁ高田はどうでもいいや、だけどそれじゃピンクしか残ってないじゃないか」
「ピンク、確かに紅一点がいればお前居なくても良かったんだけどな」

 これは俺を中心に結成されたバンドじゃないのか。僕は悲しくなって来た。
「そうだな…お前は無色だ」
「戦隊もので無色なんてないだろう。シースルーレンジャーかよ」
「いやボーカルは無色でいいんだ。空洞で。ザフーだってそうだろ」
「それは嫌だ、ロジャーダルトリーだけは」
ザフーのボーカルであるロジャーダルトリーと言う人は、歌が上手い。だか上手い事は上手いが、一番個性が無いし、音楽的な貢献度も低い。見た目もダサい。
「いや個性的なメンバーがいればボーカルなんて敢えて目立つ必要は無いから。そうだよお前は器だ。空洞でいいんだ。空っぽだよ!これはいいバンドになりそうだな!」
橋本は一人納得した様に何度もうなずいた。
「橋本…俺にもなんか役割くれ。スケスケのゴレンジャーなんか存在意義がないだろ」

 僕は少しでも橋本からの評価を引き出そうと必死になって懇願した。

「一つだけあるよ、お前の存在意義が」
「何だよ」

「音楽が好きなとこ」
僕は呆気に取られて返す言葉を失った。当たり前だろう。音楽が好きだからバンドをやろうとしてるんだ。
「それをお前は思い切り表現すれば良いんだ。バンドができて楽しいって事をな」
そう言うと橋本はさっさと僕を残して歩き出し
「お前は象徴だ。そこに居ればいい。それで十分だよ」と振り返りながら笑った。
「そんなもんかよ…」
僕はいまいち納得できないまま、渋々橋本の背中を追った。

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