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長編小説:クイック、フラッシュ&ラウド 第4章 佐山稲荷_1

 高校最後の夏休み。桜井と小太り三兄弟を仮想敵とした事により、練習にも一層熱が入った僕らだった。しかし、金が底をつきかけていた。金をかけずに心ゆく迄音を鳴らす事のできる場所を僕らは欲していた。

 その悩みは程なく青山が解決してくれた。地元の保土ヶ谷に格安の練習場所を見つけてくれたのだ。
 そこは町内会館みたいな所ではあったが、パールのドラムセットと簡易アンプがあり、ヤマハの十六チャンネルのミキサーまで付いていた。おまけにアップライトピアノとカラオケセットまであった。何故公民館にこんな物があるのかは謎だが、誰も使っていないからと、青山の近所の自治会長が一時間五百円で快く貸してくれた。
 保土ヶ谷駅から歩いて二十五分程と殺人的な遠さだったが、そんな事は問題では無かった。真夏の陽光にジリジリと照らされながら、僕らは汗だくで楽器を担ぎ通い詰めた。
 おばさんのコーラスグループと交代で使用するうちに、青山などはすっかり気に入られて、えび満月や味しらべなどの渋いお菓子を頻繁にもらうようになっていた。
 ほぼ貸切状態のその公民館を橋本が「ワールドリズム研究所」と名付け、僕らはそのうち「ワー研」と呼んだ。そこで六十年代のビートバンドや七十年代パンク、恐る恐るソウルミュージックなどに手を出し、手当たり次第にコピーしてレパートリーを広げていった。
 高校三年の夏休みは大学受験の天王山と言われていたが、その辺りはうちの学校はのんびりとしたもので、僕と橋本に至っては予備校にも通わず全く勉強をしなかった。

「そう言えば、うちのOBの川口さんって知ってる?」

今日もワー研で三時間練習した後、ギターの弦を張り替えながら山内が思い出した様に口を開いた。
「あぁあの二個上の野球部でキャプテンだった人だろ」
同じグランドで部活をしていた高田には通じたようだ。何となく名前は聞いた事はあるが、僕は顔が思い出せない。
「あの人、めっちゃ怖かったよね…」
青山はあまり良い印象を持っていない様子だった。挨拶をしなかったとかしょうもない理由で、後輩を廊下でぶん殴っていた姿を昔見た事があるらしい。
 当たり前だが二個上と言う事は僕らが一年の時に三年だ。部活動で最上級生は神に近い存在だったから、横暴の限りを尽くしていたのだろう。
 青山はついでにその川口先輩がかつて青山の姉ちゃんに告白してフラれた事も教えてくれた。
「いやそれがこの前横浜駅で会ったらめちゃくちゃ丸くなってたんだよ」
「ふうん…」山内の話しは長い上に大抵オチが無い。僕は話の冒頭から既に聞き流そうとしていた。。
「街中で会った時に俺反射的に野球部式の挨拶しちゃったんだよ」

野球部の伝統で、先輩に会った時は時と場所を問わず「ザッ」っと叫んで直立して礼をする謎の慣習がある「そうしたら凄い嫌そうな顔して、山内、もうそう言うのやめろって」と山内は何が可笑しいのか一人で笑った。

「そりゃそうだろ」
山内の律儀さに高田は呆れた顔をしている。僕も同感だ。
「それでその時俺がギター持ってたからバンドの話しになって。川口さんはグリーンデイとかU2が好きらしいよ」
「ふうん…」
「その川口先輩って今うちの学校の宿直バイトしてるんだって」
「ふうん…」

 予想通り大してオチの無い話に、僕だけで無くみんな興味を無くしている様子だった。橋本に至っては会話に参加すらしない。しかし山内の話しはこれで終わらなかった。

「だから夜中に学校で練習してもいいって」
皆が一斉に山内の顔を見た。
「マジか!それなら一晩中練習できるって事か?」
興奮した高田に山内はニヤリと笑い頷く。
「そりゃいいな!」
練習もそうだが夜中の学校に忍び込み音を鳴らすと言うアウトロー感に僕も思わず声が上擦った。
「でも機材とかどうすんの?俺たちドラムもアンプも持ってないよ」

 青山の言う事はもっともだ。僕らは楽器しか持っていない。アンプも家で練習する小さいものしか無いのだ。高田に至ってはスネアもペダルも持っておらず。家での練習はひたすらスティックで漫画雑誌を叩くだけだ。

「その事なんだが」
それまでパイプイスに腰掛け漫画を読んでいた橋本がいつもの調子で唐突に喋り出した。
「体育祭とかで使うスピーカーが運動場の倉庫にあるだろ。ローランドのやつがLRで二発」
「そうだっけ」
毎回行事で使っているのだから確かにあるはあるのだろうが、僕はメーカーまでは覚えていなかった。
「あのスピーカーはアクティブだからアンプ無くても鳴るよ。そんでミキサーは体育館にある音響卓から抜いて来る」
「そんな事できんのか」と驚いた山内に橋本は
「できるさ。卓の裏開けて配線引っこ抜けばいいんだから」と事も無さげに言った。

「それでギターとかベースが鳴らせるの?」と青山も食いついて来た。今や橋本の言動にみんなが注目している。
「鳴らせるだろ。あのミキサーYAMAHAのMGだからシールドそのまま挿せるよ。ミキサーからアンプはキャノンでつなげるからワー研から何本か持って行けばいいよ。SHUREのゴッパーのマイクと一緒に。そんで全部十六チャンのミキサーにぶち込めば音はとりあえず鳴るだろ。」

はぁーとみんな橋本の知識に感心した。
 こいつは楽器もバンドもやらない代わりにそんな事を一人で調べていたのかと思うとつくづく不思議な男だと思った。
 橋本はみんなの尊敬の眼差しを大して気にもせず「ただし音は保証しない」と付け加えてまた漫画に目を落とした。

「ちょっと待て」
高田が割って入る
「ドラムはどうすんだドラムは。まさかドラム無しじゃ無いだろうな」
「高田は来なくていいよ。」と僕は即答した。
「ふざけんな俺いなくて練習できるわけねぇだろ」
「じゃあおまえはドラム買えよ。お前だけ楽器持って無いだろ」
「そんな金ねぇよ。なんで俺がバンドの為に金払わなきゃならないんだよ。むしろお前らから貰う側だろ」
「なんで俺らが払うんだよ阿保か」
「ギャラだよ。こんな場末の糞バンドで叩いてやってんだぞ」
「逆にこっちが金貰いたいわ。お前の糞ドラムで我慢してんだから」
僕の言うことはもっともだろう。
「わかった。じゃあみんな三万ずつ出そう。ドラムはバンドみんなのものだから」
「何でお前の為に三万も出さなきゃならないんだよ」
さすがに山内も腹が立ったらしい。
「こっちはギター自腹で買ってんだぞ」
「お前のギターなんか三千円くらいだろ」
「ふざけんな!フェンダーUSAのストラトだぞ!」

「いやまぁ待ってよ」
山内と高田の口汚い罵り合いの応酬を見かねて青山が割って入る。
「ドラムはなんとかならないかな」
青山が橋本を見る

「その事なんだが」

 橋本の「その事なんだが」が出た。みんなが橋本にすがるように見つめた。

「この前小太り三兄弟が電研の部室にドラムを運び込んでるとこを見た。」「何⁈」
いつそんなとこ見たんだよ。と橋本の謎の情報網に僕らは呆気に取られるしかない。確か電研の部室は校舎の六階にある視聴覚室の隣にあった

「あいつらいつの間に…金あるなぁ」
確か名前は忘れたが小太り②か③は親父が官僚か何かで豪邸に住んでいるらしい、と聞いた事がある。
「じゃあそいつを盗めばいいのか。」
「いや盗まなくても借りればいいじゃん」高田の犯罪行為を青山が苦笑して嗜めた。
「でも流石に鍵かかってるだろ」
名前はわすれたが小太り②か③の神経質そうな眼鏡を僕は思い出していた。
「いや校舎の鍵は全部川口先輩持ってるぞ。深夜に一部屋ずつ見回るって言ってたし」

 山内の言葉で全ては解決した。電研の部室に機材を運び込みドラムを拝借して練習すればいいのだ。決行は明後日の夜九時に横浜駅相鉄口集合となった。


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