[翻訳]日本、地球規模で情報監視を拡大する米国NSAと秘密取引

https://theintercept.com/2017/04/24/japans-secret-deals-with-the-nsa-that-expand-global-surveillance/

日本、地球規模で情報監視を拡大する米国NSAと秘密取引
2017年4月24日
ライアン・ギャラガー記者


 始まりはいつもと変わらないごく普通の空の旅だった。ニューヨーク市JFK空港第15番ゲートに、200人超の男女と子どもが列をなしてボーイング747型機への搭乗を待っていた。これから韓国の首都ソウルへ向かうところだった。しかしそのなかに目的地に着いた者は誰もいなかった。出発から約14時間後、この航空機は日本北端付近で高度35,000フィートを飛行中に撃墜されたのだ。
 大韓航空007便撃墜事件が起きたのは1983年9月1日のことだ。冷戦中最も衝撃的な事件のひとつだった。同機は航路から外れ、短時間ソビエト連邦の領空に侵入した。ドリンスク=ソコル空軍基地から、ソ連軍司令官らの「侵入者を撃墜せよ」という命令によって、戦闘機2機が発進した。007便に空対空ミサイル1発が命中し、機体は海へ墜落。乗客と乗組員全員が死亡した。ロナルド・レーガン大統領はこの撃墜を「人道に対する罪」と断じた。これにより米ソ間の緊張は、1962年に世界を核戦争開始寸前にまで追い詰めたキューバ危機以来のレベルにまで高まった。
 2大国が世界中の注目を浴びながら国際的対立を深める一方で、これまで一度も明らかにされたことがなかったもうひとつの問題が人知れずひっそりと進行していた。米国とその最も緊密な同盟国である日本が秘密の情報収集活動に関して対立し、議論が紛糾していたのだ。ソ連当局はジェット機撃墜への関与を一切否定していたが、しかし日本国内の諜報活動拠点ではソ連こそが実行犯であることを証明する通信が傍受されていた。米国はテープのコピーを入手したがっていたが、まずは非公然に存在していた日本の諜報機関「G2 Annex」〔訳注: 陸上自衛隊幕僚監部調査部調査第2課調査別室のことか?〕の長から同意を得る必要があった。
 お役所的な言い争いの後で、日本側は最終的にテープの公開に応じ、重要機密の録音資料がワシントンに送られた。テープはそこからニューヨークへ転送され、ジーン・カークパトリック米国国連大使によってマンハッタンの国連本部へ持ち込まれた。撃墜事件からわずか5日後の9月6日、カークパトリック大使が国連安全保障理事会に出席し、ソ連の虚偽証言を激しく非難した。無線通信傍受の録音のコピーを再生し、その証拠が「日本政府の協力により」提出されたものだと述べた。
 カークパトリックがソ連に突きつけた証拠には反論の余地がなく、決定的なものだった。しかしこれにより日本の諜報機関の存在が暴露されてしまい、日本の当局には思わしくない事態となった。「G2 Annex」には米国への協力を制限する指令が下されることになり、その後十年近く、少なくとも1990年代初頭の冷戦終結時まで、米国NSAと日本の対応部局との関係に影響が及ぶことになった。
 以上の大韓航空撃墜事件の詳細は、本紙『The Intercept』が告発者エドワード・スノーデンから入手した米国の国家安全保障局(NSA)の機密文書で明らかになった。NHKの協力で4月24日に公開されたこれらの文書によれば、米国NSAが60年間以上にわたって日本と複雑な関係を続けてきたことがわかる。日本は、米国NSAに対して、少なくとも日本国内の三カ所に米国の諜報活動拠点を置くことを許可し、NSAの施設と作戦を援助するべく500億ドル超の資金を注ぎ込んだ。その見返りとして、NSAは、日本側の諜報機関に対して、強力な監視装置を提供し、自分たちのつかんだ情報を提供した。ただし、協力しあっているかのように見せかけて二枚舌が使われていたこともあった。NSAは資金援助を受けながら日本の対応部局と友好的な関係を続ける一方で、同時に日本の当局者や省庁に対する諜報活動を行ってもいたのだ。
 米国NSAはこの件についてのコメントを拒んだ。
 1945年8月15日、日本は無条件降伏を受諾した。米国空軍機が2つの原子爆弾を長崎と広島に落とし、10万人以上の人々が死んだ時点から数日後のことだ。戦争が終わり、戦闘停止の条件として日本は米軍による占領を受け入れた。ダグラス・マッカーサー司令官率いる米軍のもとで日本の新しい憲法の草案が作成され、議会制度が改革された。1952年4月、日本の主権が回復されたが、米国は日本の領土内にある主要な駐留拠点を保持し続けた。米国NSAの歴史はここから始まる。
 前述の機密文書によると、日本との関係は1950年代から始まっている。日本国内における米国NSAの活動拠点は、長年にわたり、「ハーディバラック」と呼ばれる東京都港区の米軍基地内部の「偽装オフィス」によって管理されていた。その場所から、NSAは、「Directorate for Signals Intelligence」〔訳注: 該当する日本の機関が不明。内閣調査室?〕と呼ばれる日本の監視機関と密接な関係を保ってきた。
 当初、NSAは日本でこっそりと活動しており、拠点に関する詳細情報を伏せ、作戦を秘密裏に遂行していたようだ。しかしNSAと日本当局の関係が発展するにつれて、姿勢が変わった。2007年までに、NSAは「偽装作戦はもう必要ない」として、主要拠点を東京都内の米国大使館内に移転した。2007年10月の機密文書で、NSAは、「日本とNSAの協力関係の重要性は高まり続けている」と記しており、さらに日本を米国の諜報活動のパートナーとして次の段階に導く予定であることを付言していた。
 今日、日本国内におけるNSAの拠点は東京以外にも複数存在している。そのうち最重要の拠点は、東京からおよそ400マイル離れた米軍三沢基地にある。「三沢暗号作戦センター」という施設のなかでは、コードネーム「LADYLOVE」と呼ばれる作戦が実行されている。巨大なゴルフボール型の白いドームの内部に格納されている十数個の強力なアンテナを使用して、アジア太平洋全域の衛星によって送信されている電話、ファックス、インターネットデータなどの通信内容を吸い上げているのだ。
 2009年3月時点で、米軍三沢基地により「16のターゲット衛星上で8,000件超の信号」が監視されていたことが、NSA機密文書のひとつには記されている。同時に、NSAは、スパイ拠点のシステム強化にも努めており、キース・アレクサンダー長官(当時)により設定された目標「一切合財の収集」を達成しようとしていた。三沢基地に勤務するNSA要員は、アレクサンダー長官の求めに応じて、より多くの衛星信号を自動的にスキャンして処理するテクノロジーを開発していた。「やり方は無数にある」と三沢基地勤務のエンジニアのひとりは報告しており、基地はまもなく「『一切合財の収集』に向けて一歩前進する」と予測していた。
 日本は、戦略上、NSAにとって最も有益なパートナーである。米国の主要なライバル国家(中国やロシアなど)に近いため、日本はそうした国々へ向けたスパイの発射台として利用されてきた。しかし日本におけるNSAの活動は近隣の敵対者の通信を監視することには限られていない。三沢基地では、NSAは「APPARITION」および「GHOSTHUNTER」というプログラムを展開し、それらによって中東および北アフリカ全体でインターネットにアクセスする人々の位置を特定している。NSAの機密文書にはNSAの英国内メンウィズ・ヒル基地における「GHOSTHUNTER」の展開状況が詳細に記されており、それによればこのプログラムは殲滅攻撃の支援に使用されてており、テロ容疑者に対する「多数の捕縛・殺害作戦」に役立っているという。2008年11月の文書では、三沢基地はとくにアフガニスタンとパキスタンにおけるテロ容疑者の発見に役立つことが確認されており、インドネシアにおけるターゲット特定の取り組みにも使用されているという。
 過去数十年間、NSAの戦術は劇的に展開してきており、いまやそのやり方は物議を醸している。2010年まで、インターネットの普及に伴い、NSAは、電話の盗聴など長きにわたって使われてきたスパイ戦術にも力を注ぎながら、ターゲットのコンピューターに侵入するなどより攻撃的な方法もどんどん選ぶようになってきていた。
 三沢基地では、NSAは自らの遂行可能な項目にハッキング・オペレーションを組み合わせ始めた。同基地で展開されている戦術のひとつとして、「クオンタムインサート」アタックと呼ばれるものがある。これは、監視対象の人物のインターネット閲覧習慣を監視したうえで、有害ウェブサイトまたはサーバーにこっそりリダイレクトし、その人物のコンピューターに「インプラント」を感染させるものだ。「インプラント」は感染したコンピューターからデータを収集し、それを解析するためにNSAに送信する。「ターゲットが何らかのウェブブラウザでNSAのサイトやサーバにアクセスするように仕向けることができれば、おそらくターゲットを補足することができる」とNSA要員はハッキング技術に関する文書で述べている。「制約は、やりかただけだ」
 もうひとつの米軍基地である横田飛行場は、福生市の市街地から近い奥多摩山中に位置している。東京中心部から車でおよそ90分、3,400人超を擁する。アメリカ空軍によると、横田基地の役割は、「米国の戦争抑止態勢を強化し、必要に応じて攻勢航空作戦に使用する戦闘機や軍事空輸支援を提供する」ことにあるという。だが横田基地にもやはり別の秘密の目的があったのだ。
 NSA機密文書で明らかになったところによれば、横田基地は「エンジニアリング・サポート機関」と呼ばれるものの本拠地である。この機関からは、世界中の監視作戦に使用される機材が供給されている。2004年、NSAは新たに32,000立方フィートの主要建築物をこの場所につくった。これはアフガニスタン、朝鮮半島、タイ、バルカン諸国、イラク、中南米、キプロスなどの地域で使用予定とされる監視アンテナの修理および製造のための施設だ。建造費660万ドルのほぼ全額が日本政府によって支払われたことが、2004年7月のNSA報告書に記されている。同報告書によると、施設内部の職員の給与も同様に日本政府から支払われている。職員のなかには7人の設計者、製作者、その他の専門技術者がおり、給与として合計で375,000ドルを受け取っていたという。
 横田基地の南西およそ1,200マイルの地点には、日本の中心部から最も遠く離れたNSAの諜報拠点がある。沖縄本島に位置するアメリカ海兵隊基地「キャンプ・ハンセン」だ。ここでもまた、日本から多額の資金を投入されることで大きな利益を得ている。NSAの機密文書によると、2000年代初頭、NSAは最先端の監視施設を沖縄本島に建設しており、このときもおよそ500万ドルの費用をすべて日本に負担させている。現地は、米国海兵隊がかつてジャングル・トレーニングに使用していた「オストリッチ着陸地帯」という「山深く険しい」地域だ。諜報作戦に使用される「アンテナ・フィールド」を擁するこの施設は、目立たず景観に溶けこむように設計されている。この施設は、現地の日本人住民から目障りだという苦情を寄せられてきたNSAの旧諜報拠点に代わるものだ。この遠隔盗聴施設の役割は、「STAKECLAIM」という作戦の一環として高周波数帯の通信信号を傍受することにある。NSAはあまり多くの職員を沖縄本島に駐留させてはいないようだ。その代わりに、ハワイにある「24時間データ収集作戦センター」から沖縄の施設を遠隔操作で稼働させている。
 元・内閣府個人情報保護推進室部外協力員の宮下紘さんが本紙『The Intercept』に回答したところによれば、米国の諜報活動に対する日本政府の資金提供についての情報は特定秘密保護法のもとで公に開示されないという。「私たち日本人納税者のお金なのです。日本における諜報活動にいくら支払われてきたか、日本人が知らないのはおかしい」 現在、中央大学准教授として教壇に立つ宮下さんの見解によると、日本国内におけるNSAの作戦行動には、日本国内の米軍基地に治外法権を認めている日米地位協定のせいで、日本の法の支配が及ばないという。「監視機構が存在しないのです。基地内で行われる活動についてはわずかなことしか知られていません」
 最近2013年、NSAは仕事の上で日本の対応部局と「堅固」な関係を続けていると主張している。日本におけるNSAの監視パートナーは、Directorate for Signals Intelligence と日本警察庁のふたつだ。日本は、これまでNSAと密接に協力しながら近隣諸国の通信を監視してきた。また、北朝鮮のミサイル発射に関して米国から提供される情報をかなり頼っているようだ。2013年2月以後、NSAはサイバーセキュリティ関連について日本の対応部局との協力をますます深めていた。そして2012年9月には、日本は、ハッカーが使用している特殊な悪意あるソフトウェアを突き止めるための情報を、NSAと共有しはじめた。日本がこの種のデータを共有するのはこのときが初めてだ。NSAはこの動きを高く評価し、「米国の企業情報システム」に対するハッキング攻撃の防止または検出に役立つ可能性があると考えている。
 この見返りとして、NSAは日本の諜報員にトレーニングを実施してきており、さらには諜報用の最も強力なツールをいくつか提供してきた。2013年4月の機密文書によると、NSAは日本の Directorate for SIGINT に大規模監視システム「XKEYSCORE」を提供して導入させた。このシステムは、NSAの記述によれば、「最も広い範囲」にわたってコンピューターネットワークからデータをかき集め、「一般的ユーザーがインターネット上で行うほとんどすべてのこと」を監視することができるという。
 とくに人権問題に取り組む日本人弁護士・井桁大介さんは、本紙の取材に対し、「XKEYSCORE」の日本導入が暴露されたことは日本にとって「非常に重要」と話す。日本政府がこのシステムを使用することは、通信の秘密や検閲の禁止を定めた日本国憲法に違反するおそれがあるというのだ。さらに井桁さんが付言したところによれば、日本政府の諜報範囲はこれまで一度も公開されたことも議論されたこともなく、裁判官による判決を出されたこともないため、監視問題に関する法的枠組みは日本においては十分に整備されていない。「日本国民は日本政府による監視についてほとんど何も知りません。最高機密なのです」と井桁さんは述べた。
 日本の監視機関を監督している日本防衛省はこの件についてのコメントを拒否した。
 NSAは、英国やスウェーデンからサウジアラビアやエチオピアまで、世界中の国々で、さまざまな範囲の対応部局と協力しながら活動している。しかし日本との協力関係は、最も複雑な関係のひとつであり、1983年の大韓航空機撃墜事件の劇的な余波によって際立ってきたいくらかの不信感にも彩られている。
 2008年11月の機密文書のなかで、日本駐在のNSA職員のなかでも当時最高位にいた人物のひとりが、日本との協力関係について考察を記している。それによると、日本当局は無線諜報活動の指揮については「非常に熟達している」が、しかしきわめて秘密主義的だという。日本の諜報員は「いまだに冷戦時代の慣習に囚われている」と彼は書いている。「彼らは無線諜報を最高機密として取り扱っているせいで、10年以上前のNSAのような時代遅れの存在になってしまっている」
 NSAは太平洋無線諜報担当高官会議( SIGINT Seniors Pacific )というグループに参加している。このグループには他に、オーストラリア、カナダ、英国、フランス、インド、ニュージーランド、タイ、韓国、シンガポールの監視部局が加わっており、アジア太平洋地域の安全保障問題を注視している。このテーマはちょうど日本にとっても地理的位置上大きく関わりがあるにも拘らず、日本は会議への参加を拒否した。「日本は、参加する権利を与えられたにも拘らず辞退した唯一の国だ」と、NSA職員は2007年3月の機密文書に記している。「辞退時に、日本は、参加した場合にそのことが意図せず露見してしまうとあまりにも高いリスクを負うおそれがあることや、その他にも理由があることを表明した」
 問題の一部はNSAの作戦行動に直接影響を及ぼしてきた。NSAの機密文書によると、日本は、長年にわたって高周波信号から収集された情報を共有する監視プログラム「CROSSHAIR」に参加していたが、2009年に突然プログラムへの参加をやめてしまった。
 4年経ってもなおNSAはこの問題を懸念していた。そのため2013年2月に入る前にNSAが日本の Directorate for SIGINT の長官代理と開いた会合で、NSA側の出席者が書類を用意して「CROSSHAIR」問題の概要を説明し、この問題に関連する「潜在的地雷」について注意を促した。「かつて、パートナーは、NSAが彼らに対して日本の監視機関の所在地で米国の開発したテクノロジーを強制的に使用させようとしていると誤解してしまっていた」とメモに書かれている。「この誤解が生じたために、パートナーは強い、否定的な姿勢で反対したのだった」
 だがNSA職員らは、日本側とたびたび対面しながら慎重に協力関係を築いてきたその一方で、水面下では異なるアプローチを行ってもいた。2006年5月のNSA機密文書によると、西欧および戦略的提携部という部局が、日本の外交政策と貿易活動に関する情報収集を目的として、日本に対して諜報活動を行っていたことが示されている。さらには、2010年7月、NSAは、米国領内の日本政府職員に対する、またニューヨークおよびワシントンに事務所を置いている日本銀行に対する、監視行為を行ってよいという米国裁判所命令を取得した。
 NSAは、秘密の通信傍受作戦を通じて、日本政府による非公開の交渉や取引の実情を見抜く機会を得ている。たとえば、2007年5月末、アラスカ州中心都市アンカレッジの豪奢なホテル・キャプテン・クックで行われた秘密会議でのことだ。
 当時、第59回国際捕鯨委員会年次会合がこのホテルで開催されており、日本は商業目的での捕鯨の一時停止を定めた規制の撤廃を目指してロビー活動を行っていた。米国政府職員は規制の存続を支持しており、重要な投票を控えて日本側代表に対する諜報活動を支援するようにNSAに要請した。NSA当局はニュージーランドの対応部局と協力して監視活動を行った。作戦の概要を説明した2007年7月のNSA機密文書には記されている。「ニュージーランドはターゲットにアクセスでき、日本のロビー活動の実態と、日本に有利な投票を持ちかけられた国々の返答を明らかにする情報を収集して提供してくれた」 
 4日間の会合のうちのある朝7時、ひとりのNSA職員が、前述のホテルから車で20分離れたNSAのアラスカ作戦運用センターにタクシーで到着した。そこで日本側の通信から収集された情報のプリントを受け取ると、それを入れた鍵付バッグを携えてホテルに戻り、ホテル内のプライベート会議室に持ち込んだ。そこでその情報が、米国商務省の代表者2名、ニュージーランドの代表者2名、オーストラリアの代表者1名と共有された。彼らはブリーフィング中に情報を黙読し、指を差したりうなづいたりしていた。
 77人のメンバーから成る委員会の投票で、米国、ロシア、グリーンランドの先住民による伝統的捕鯨の許可が採択された。日本は、同様に自国もまた数千年にわたる文化の一環として捕鯨を行ってきたと主張し、それを理由に自国もミンククジラの捕獲を許可されるべきだと申し出たが、しかしそれは退けられた。アンカレッジでの会合の結果として、規制は続行され、日本はいかなる特例も認められなかった。
 日本代表団は憤慨し、委員会を完全に脱退すると脅した。 日本代表団のコミッショナーを務める森下丈二さんは、 「今回の偽善行為のおかげで、日本がこのフォーラムに参加し続ける必然性はあるのかどうか真剣に疑わざるをえない」と不満を訴えた。しかしNSAの側にしてみれば、作戦は成功した。NSAが会合中に収集した情報の詳細については文書の中で明らかにされていないが、それが何であったとしても、NSAは投票に影響を与えて日本の計画を挫くのに一役買ったようだ。「努力に見合った成果だったか、ですって? オーストラリア、ニュージーランド、米国の代表団はみな『そうだ』と答えるでしょう」秘密作戦に関わったあるNSA職員は記している。「クジラも賛成してくれると信じていますよ」


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