法学って将来何の役に立つの?
筆者
明治大学教授 小西康之(こにし・やすゆき)
出身校:東京大学法学部・同大学院法学政治学研究科/洛星高校
オープニング
本日は,「法学部で学ぼうプロジェクト」のnoteにアクセスしていただき,ありがとうございます。大学受験を考えている皆さんは,法学や法学部のイメージとして,「かたい」「難しい」「つぶしがきかない」……って感じているのではないでしょうか。法学部で学ぶ授業といえば,憲法,刑法,民法,商法,刑事訴訟法,民事訴訟法……。「見た目が9 割」って言われたりしますが,見た目はたしかにかためかもしれません。でも,それだけでスルーしてしまうのはもったいないよ。そして,「法学部はつぶしがきく」と言われた世代の親御さん,ご自身は法学部出身でも,なんとなく「法学部推し」にはなれない方もいらっしゃるのではないでしょうか。今日は,そんな皆さんの法学に関するさまざまなギモンにお答えしていきます。
今日のキーワードは,「リーガル・アイ(legal eye)」です!
1 .法律の社会における役割
世の中には,目に見えませんが,実は,いろんなところに法律の網がはりめぐらされています。社会でくらしていると,それに気づくことはあまりありません。でも,私たちの生活は,法のネットワークに囲まれています。見えないかたちで(モノの売買の場面とか),そして時には見えるかたち(容疑者〔ようぎしゃ〕の逮捕とか)で,私たちの日常を支えているのです。
こうした話を聞くと,法の大切さはわかるけれど,ダイナミックさは感じにくいかもしれません。ところが実際には,私たちの活動や生活のスタイルが絶えず変化するのに伴って,法も大小さまざまな改正を繰り返しながら,現実に対応したネットワークをアップデートしています。エンターテインメントやスポーツの分野での法規制の議論も続けられていますし,最近では,AI や宇宙といった,一般の人からすると,ただ利用するだけ,眺めたりするだけの最先端の分野にまで法に関する議論が広がっています。そういう意味で,法は,パイオニア(先駆者〔せんくしゃ〕)的役割も果たしているのです。
2 .法学を学ぶ意味
法学の勉強は,抽象度〔ちゅうしょうど〕の高い概念(たとえば,正義について)やルール(たとえば,憲法の規定)を考察することから,具体的なケースにおいて法を適用し,結論を導くことまで,幅広く取り扱います。一般的・抽象的なレベルと個別的・具体的なレベルをいったりきたりして理解を深めていくプロセスといえるでしょう。そうした取り組みのなかで,ある出来事に―実際に,またはニュースなどで―接した場合に,まるで特別なレンズを装着しているかのように,その事象が法的に整理されたかたちで見えてきます。これが今日のキーワードの「リーガル・アイ」です。法学の学習のなかでよく使われる「リーガル・マインド」(法学的な考え方)と同じような意味をイメージしていますが,皆さんにより直接的でわかりやすいかな,と思って「リーガル・アイ」としました(「アイ」は器官としての「眼」のみを意味していません)。
法学を学んで,リーガル・アイを身に着けることの大切さ,身に着けた人に期待される役割はいろいろありますが,ここでは3 つだけあげておきたいと思います。
(1)これからを「みとおす」
1 つ目は,人々に道筋〔みちすじ〕を示すということです。
皆さんは,人や社会とのかかわりのなかで,もやっとすることはありませんか? たとえば,「(どうして)校則に拘束されるの?」とか。リーガル・アイを身に着けると,法的観点から状況を整理し,解決に向けての道筋を示すことができます。それにより,多くの人は,自分の思いが実現しなかったとしても,腑〔ふ〕に落ちる場合も多いと思います。お医者さんも患者さんから症状を聞いて,患者さんの状況を把握し,患者さんにとっていい道筋を指し示す。それと似ている面があると思います。
また,リーガル・アイによって対応する場面は,法の網にひっかかった場合(違法なことが生じた場合など)に限られません。そういうことが発生しないように,法的なリスクをふまえて対応することも重要な役割です(こちらの方が重要であるとも言えるでしょう)。たとえば,いったん社内で行われている違法行為がSNS によって拡散すると,それは消去されないままインターネット上に残ってしまいます。会社のレピュテーション(評価)に計り知れない悪影響を及ぼす可能性もあります。こうした状況に陥らないよう,法的リスクを管理し,事前に対応しておく際にも,リーガル・アイが必要になるのです。
(2)今を「みわたす」
2 つ目は,多様性を認識することです。
人々は,それぞれバックグラウンド,経験,思いなどを有しています。法は,こうしたさまざまな人々を包みこむものです。さまざまな人々のそれぞれの主張が異なっている場合に,法は一定の基準を示します。そこでは客観的に判断することが要求されます。このように,多様な人々の関係性のなかで法の役割をみたとき,社会の多様性を認識せざるをえません。そして,多様性を認識することが,よりよい社会を構築するうえでのベースになります。
世界に目を向けてみましょう。同じ問題でも,対応の仕方が異なることがあります。銃の所持に対して,日本とアメリカの法規制が異なるのは皆さんもよく知っているでしょう。このほか,日本やヨーロッパ諸国では解雇〔かいこ〕に対して規制が相当程度かかってくるのに対し,アメリカは,「解雇自由の国」として知られているところです(実際は,そう単純ではありませんが)。このように,同じ事象への対処の仕方も,それぞれの国が有する歴史や社会状況に応じて,異なってくることが多くみられます。これも多様性が見えてくる一つの場面です。面白くありませんか? こうした知見〔ちけん〕を積み重ねていくことで,自分とは違う人のこと,自国とは異なる国のことに対してのアプローチにより深みがでてきますし,1つのことを複眼的に見つめることも可能になってきます。
(3)これまでを「みつめる」
3 つ目は,「私たちは歴史の上に立っている」という認識を持つことです。
みなさん,世界遺産を見に行ったことがありますか? ピラミッド,万里の長城,京都,奈良……。それぞれの場所で,すごいな,こうした時代があって今があるんだな,と思いますよね。中学とか高校,そしてマンガ日本の歴史とかで歴史を学んだときも,太古から現在に至るまで様々な出来事がおこり,そういう歴史の上にわたしたちは立っているんだなあ,とふんわり感じることもあると思います。今日のテーマである法や人権も同じです。憲法に書かれているさまざまな自由・権利は幾多〔いくた〕の苦難をへて現在に至っていますし,統治〔とうち〕権力による人への侵害を制約する憲法という「法」それ自体もそうした歴史の所産〔しょさん〕です。未来を見ながら現在を生きるわたしたちは,こうした歴史の上に立っていると認識することが大切です。デジタル社会の急速な発展やたえず変化する国際関係のなか,人と人との関係,人と社会との関係,国と国との関係などもさらに変わっていくかもしれません。こうした変化は,歴史の教科書に過去の出来事が記述されているのとは異なり,私たちが気付かないうちに変わっていくことが普通です。便利さ,爽快さ,短期的なリターンを求めがちですが,そのなかで,歴史的所産でもある法や人権・権利にもとづいた議論をできる人が,企業や日本国内だけでなく,世界においても求められています。たとえば,新型コロナウイルスなどの感染症リスクに対して,国家は厳しい罰則〔ばっそく〕により国民の活動を規制すべきか,といった問題を考える際にも,先に述べた歴史をふまえた上で議論することが,現在の私たちだけでなく,将来世代への財産となるのです。
3 .キャリア・人生にとっての法学
大学の学部選択のとき,卒業後の就職とか自分の将来像も一緒に考えることが多いと思います。「法学部を出たらメリットはあるの?」これは皆さんが一番気になるところでしょう。
まず,法学部の卒業生の多くが弁護士や裁判官などの法曹関係者だ……ということはありません。私の勤務している大学の法学部卒業生の70% 以上が民間企業に就職していて,ほかの学部とそれほど変わりません。ただ1 つ特徴として挙げられるのは,公務員になる割合が明らかに高い点です。ほかの学部は高くても7% 程度であるのに対し,法学部は卒業生のおよそ18% が公務員になっています。また,国家公務員試験採用総合職試験(大卒程度試験)をみても,法律系の試験の受験者の採用内定者数が一番高い割合を占めています。こうしたデータを見ても,法学部卒業生は「つぶしがきかない(≒就職しにくい)」ということはありません。
また,ビジネスの場面では,さまざまなルールの策定や異なる利害関係者〔りがいかんけいしゃ〕間の調整が必要となります。そうした場面では,まさに,リーガル・アイが活かされることになるでしょう。 ただ,ゼミ学生から話を聞くと,就職活動の間に,学生がどこの学部を出たか,学部で何を勉強したかを直接聞かれる場面はそれほど多くない(ただ,ゼミ活動の話を聞かれることは多いようです)ようで,学部で勉強した内容よりもコミュニケーション能力の方が重視されているのではないか,と感じることもあるようです。でも,リーガル・アイがビジネスにとって必要だということはビジネス社会を生きる人からよく聞きます。
これから社会にはばたく皆さんには,ぜひ次のことも念頭〔ねんとう〕においてほしいです。今後,ビジネスの場面において,これまでとは違う働き方が拡がっていくかもしれません。「ジョブ型人材」という言葉をニュースなどで見かけた人もいると思いますが,より具体的な仕事に着目し,専門的なスキルを必要とする社会に変容するかもしれません。私たちは,そうした未来の可能性に備えてスキルを準備しておくことが必要です。リーガル・アイを身に着けておくことは,「人生100 年時代」を生きる皆さんのキャリア展開をバックアップしてくれるでしょう。
ここまでは,企業で働く,公務員として働くことを中心に話をしてきましたが,「人生100 年時代」を生きていくにあたっては,雇われない働き方,起業(新しくビジネスを立ち上げること)の可能性も念頭におく必要があります。起業には大きな決断が必要だから,最初の一歩がなかなか踏み出せない……と思っている人が多いというのが現状でしょう。しかし,法学を勉強し,リーガル・アイを身に着けておくと,起業する際に問題となりうる法的リスクを事前に評価し,対応していく道筋が見えてくることで,より積極的に起業への一歩を踏み出すことも可能になるように思います。
また,異なるキャリア(たとえば,企業で働きつつ,それとは別に仲間と地域に貢献する事業を行うなど)を同時に走らせるパラレル・キャリア的な生き方も今後拡がっていくかもしれません。そうした場合も,抽象と具体の間をズームアップ・ズームアウトすることを可能にするリーガル・アイが役に立つことがありそうです。
クロージング
長い人生,いろんなことを勉強し,経験することが大切です。そのときの選択肢の一つとして,法学を勉強すること,リーガル・アイを身に着けることもアリだよ,ということが今日みなさんに伝えたかったことです。高校を卒業してすぐでもいいですし,人生経験を経たうえで法律を学ぶというのも意義あることです。また,法律好きの人にも,法学以外のいろんなことを経験してほしいと思っています。
今日はこれで時間になりましたが,またどこかでお話できるのを(今度はキャンパスで会いたいですね)楽しみにしています!
※ 「法学部で学ぼうプロジェクト」編集部より
本記事は『「法学部」が面白いほどよくわかる』に掲載されたものです。
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