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他分野からみた法学の強さ:経済学分野

筆者

日本大学教授〔雑誌掲載時〕 安藤至大(あんどう・むねとも)


 私は労働経済学を専門としている。当初はうまく機能する契約や組織のデザインを研究対象としていたものの、次第に働き方に関する法制度設計に興味を持つようになり、労働法の勉強が避けられなくなった。現行法がわかっていなければ政策についての議論に参加できないからだ。

 そこで政府の会議や研究会等に参加すると同時に労働法の定番教科書を読んだ。また同席している労働法学者の先生にいろいろと質問して教えを乞うなどした。これを10年くらい続けていると、次第に労働法の仕組みや考え方が分かってきたような気がする。しかし気がするだけだ。所詮は我流の学習法であり、効率的とは言えないが、仕方がない。

 さて本稿では、経済学の視点からみた法学の強みについて書くことにしたい。とは言っても、それだと対象が広すぎるので、少し限定して、大学において法律を学ぶことのメリットについて考えてみたい。

Ⅰ ゲームのルールを知る

 まず小さな子どもたちがサッカーをして遊んでいる状況を想像していただきたい。おそらくポジションやフォーメーションなどの決まりはなく、ボールに群がって走り回っているだろう。また「手を使うのは反則だ」くらいのことは知っていても、オフサイドルールなどはまだ理解できていないはずだ。

 これが小学生くらいになるとルールを守って本格的な試合をするケースも出てくる。ただしこのルールを把握するのは結構難しい。なぜなら細かい決まりごとも多いし、ルール改正も頻繁にあるからだ。そもそもサッカーの競技規則は、国際サッカー評議会によって制定されている。これを日本サッカー協会が翻訳したもの(最新版は『サッカー競技規則2020/21』)が一般には利用されており、また改正のポイントを解説した資料やホームページも多い。

 サッカーというスポーツを楽しむためにはルールを知ることが不可欠である。もちろん子どものうちはボールを蹴っているだけで楽しいわけだが、競技規則はやはりサッカーというスポーツをうまく成立させるようにデザインされているからだ。仮に規則を知らずに試合に臨んだとすると、なぜ笛を吹かれたのかがわからないうちに勝負に負けるという非常に不幸な事態に陥ることにもなる。

 みなさんが大学で学ぶ法律とは、現代社会において皆が守らなければならないルールである。これを「必要になったら調べれば良い、今はネットでなんでも調べられる」とか「困ったら詳しい人に聞けば良い」というのは間違いだ。そもそも現状が調べたり聞いたりすべき状況なのかを判断することができなければ、手遅れになるからだ。まず大学で法律について学ぶことの意味は、ゲームのルールを知るという点にある。またこれは法律的に確認しなければならない事項だという相場感を身につけることも重要であろう。

 しかしそれだけならば、私のように必要になってから必要な部分だけ学べば良いとも考えられる。

Ⅱ 体系的に学ぶ

 私たちは、自転車にひとりで乗れるようになれば道路交通法を守る必要があるなど、小さい頃から法律に囲まれて生活している。それが学校を出て働き始めると、より多くの法律に直面する。飲食店を始めようとすると食品衛生法について知る必要があるし、建設業に従事するなら建設業法、また不動産業なら宅地建物取引業法というように、いわゆる業法への知識が不可欠になる。

 多くの労働者は自分の仕事に直結する法律について、最低限の範囲では学ぶはずだ。例えば会社の人事部に配属されたら、労働基準法や労働契約法、労働安全衛生法についてなど、社内外の研修を受けて覚えることになるだろう。しかしそれだけでは表面的な知識であり応用がきかない。それでも「とりあえず先例にしたがっておけば問題は起こらない」といった表面的な理解だけで済ませることもあるだろう。何しろ日々こなさなければならない業務は多いからだ。

 これに対して、新しいビジネスを始めるなど、一歩前に踏み出そうとするときには、より深い理解が求められる。具体的には、なぜそのような法律や規制が存在するのか、また他の法律とはどのような関係にあるのか等の理解が必要となる。法律の文言を勝手に解釈するのではなく、裁判所がどのように判断するのかを予想できなければならないし、将来的にどのような規制の対象となるのかも予見しなければならない。

 大学で法律を学ぶことのメリットは、体系的に学ぶことができる点である。自分が興味を持っている部分をつまみ食いするだけでは法学士にはなれない。大学ではカリキュラムが制定されていて、必修や選択必修などがあるため、興味がない分野についても学ぶことを強制されることがあるだろう。

 2011年に亡くなったアップル社のスティーブ・ジョブズは、米国スタンフォード大学の2005年の卒業式において有名な“Connecting the dots”というスピーチを行った。そこでの「あらかじめ将来を見据えて、点と点をつなぎ合わせることはできない。できるのは、後からつなぎ合わせることだけだ」というメッセージは、法律の勉強にも当てはまるはずだ。リーガルマインドという言葉があるが、法的な考え方や感覚は、やはり法律の勉強に一度はどっぷりと浸かってみないと身につかないのではないか。その際には、まずは多面的に学んで、後で繋がりに気付くことも重要だろう。そしてこれは法学部で学ばなければ実現が難しい。

Ⅲ 法律を創造する視座を持つ(ことができれば素晴らしい)

 経済学部で教える大学教員として、経済学部生が「ここは法学部生には敵わない」と思うのは、これまで紹介したように法律を体系的に捉えていること、また裁判例なども通じてその具体的な解釈や当てはめについての知識を持っている点が大きい。

 しかし既存の法律をどのように解釈すべきかではなく、新しく法律を作る、または法改正を考えるという視点からは、適切な評価基準を持って議論に臨むことができる人は極端に少ないようにも感じられる。

 スポーツの例に戻って、今度はサッカーではなく野球について考えてみたい。日本のプロ野球では、パシフィック・リーグでは指名打者制度が導入されているがセントラル・リーグでは導入されていない。ちなみに指名打者とは、投手の代わりに打席に立つ選手のことをいう。

 ここで日本一のプロ野球チームを決めるプロ野球日本選手権シリーズにおいてセ・リーグ側が負けていることから、こちらでも指名打者制度を導入すべきではないかという意見についてどのように考えるべきだろうか。

 このようなルール変更に関して、他国の仕組みを分析して有益なものを取り入れようとする比較法・外国法を用いた立法の検討は重要なアプローチである。野球の例では、他のリーグでうまくいっている仕組みを検討して導入する考え方である。また私の専門の一つである法と経済学(Law and economics)では、全体の利益の最大化(=効率性)や最も困っている人の利益の最大化(=maximin 原理)などの評価指標を設定した上で、望ましい法律・ルールを考察する。このような取り組みも有益だろう。

 他にも法社会学や法と心理学など、他分野のディシプリンに基づいて法制度設計を考えるアプローチは多い。このような意味での柔軟性は、法学にとって価値のあることであり、ぜひ法律を学ぶみなさんに活用していただきたいポイントである。

 ただし色々とつまみ食いをするのではなく、まずは自分の学問分野にどっぷり浸かることが重要である。その上で他分野のアプローチや考え方を学び、再び自分の分野についてしっかり考えることができれば、学問の見え方は大きく変わってくるだろう。

Ⅳ おわりに

 法学部で学ぶ学生に対して、経済学者から一つだけ注文をつけるとしたら、病理現象と生理現象をバランスよく学んでいただきたいと思う。法律を勉強する上で裁判例から学ぶことは多いが、ともすれば深刻なトラブルになった事例ばかりを目にすることになる。

 私が専門とする労働分野においても、酷い事件は本当にひどい。しかしそのようなトラブルとは無縁で、なんとなくうまくいっている労働者と企業の関係の方が多いのが現実である。裁判になり判例として残るような事象(=病理現象)とは異なり、多くの企業では労使が不満を持ちながらも上手く関係を維持している(=生理現象)。そのような日常における人々の行動にどのような影響を与えるのかを考えることは、少なくとも立法を考える際には重要となる。

 私たちは、社会をうまく機能させるための規範として、法律だけではなく慣習や道徳などをうまく組み合わせる必要がある。その目的に資する人材が法学部教育において育成されることは、社会全体にとってとても利益があることである。ぜひみなさんには、関係者のインセンティブも考慮したうまい仕組み作りを考えられる立派な法学士になっていただきたい。


※ 「法学部で学ぼうプロジェクト」編集部より

本記事は月刊法学教室2021年1月号(484号)の特集「法学だって、仕事に活かせる。」に掲載されたものを、著者の許諾を得て転載しています。
この記事のほかにも、法学と仕事のつながりに注目した記事が載っていますので、興味のある方はぜひチェックしてみてください!

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