ミニカーに自我が芽生えたときの話
幼い頃の私がミニカーを人間だと思い込んでいた話は以前にもした通りですが(「僕とミニカーと”人間”と」参照)、今回はその続き。
ミニカーに自我が芽生えた時の話です。
※「僕とミニカーと”人間”と」を読んでないと、少し分かりづらいかもしれません。↖にリンク貼ってますのでお時間よろしければ先にどうぞ※
ミニカーが人間であるという偉大な発見をしてしまった私は、それ以降、学校から帰るやいなやミニカーさんたちをおもちゃ箱から引っ張り出し、戦争ごっこやらおままごとやらに興じる日々を過ごしていました。
読んだばかりの小説や、当時ドップリはまっていたツクール製RPGなどから気に入ったワンシーンを抜き出してきて、それをミニカーの人たちと一緒に再現するのです。
さっきまで一緒に遊んでいた友人や親せき、芸能人たちが一堂に会し胸熱なストーリーを演じてくれる・・・僕の為だけのオールスター感謝祭です。
それはもう、僕の心は満たされまくりでした。
しかし。
しかし、人間というのは慣れるイキモノ。ぶっちゃけ言うと、2カ月くらいでなんだか飽きてきました。
ですがそんなことをバカ正直に口に出してしまっては、最近ちょっと気になっている覆面パトカーの女の子に嫌われてしまうかもしれません。
そんなのは嫌です。
嫌なので、足りないオツムをくるくる回して必死に考えました。このマンネリ感を払しょくするにはどうすればいいのか。
恐らく、ままごとに割ける時間が少なすぎるのが問題なのだろう。
私はそう分析していました。
放課後、小学校の校庭で(ミニカーではない方の)友達と共に気が済むまで遊び尽くして帰ってくればもう17時半。手を洗って、着替えて、ミニカーさんたちをおもちゃ箱から出してくる頃には18時をとうに過ぎてしまっています。
我が家の夕飯の時間はいつも決まって19時。
再現したいストーリーを思い出したり演者を誰にするのか選抜する時間なども考えると、ままごと本番に使える時間は精々で20分程度。朝ドラくらいの時間しか残されていないのです。
・・・長編を、やりたい。
ファンタジーであれば勇者の旅立ちから魔王との決戦まで、家族ごっこであれば父の帰宅から家族の就寝まで。
ワンシーンだけの切り抜きではなく、ちゃんと「全部」を描き切りたい。そうすればこのマンネリからも解放されるだろうと、私は結論づけたのでした。
しかして直近の課題は「時間の不足」。いかにこれを解決するのか?
鍵は身近なところにありました。当時ハマりまくっていたツクール製RPGです。考えてみれば単純な話だったのです。
「”セーブ”すればいいじゃん!」
遊んでいる途中のミニカーさんたちをそっくり丸ごと、部屋の中に散らかした状態のままで放置、次の日学校から帰ってきたらまた続きからストーリーを開始する・・・。
遊んだら片づける、という一連の流れを叩き込まれた私にとって、この試みは非常に新しいものでした。
”あえて”片づけない・・・。なんだか自分が急に大人になったように感じ、背中のあたりが少しムズムズしたのを覚えています。その日の学校では、周りのクラスメイトたち(ミニカーじゃない方)が無性に幼く見えて仕方ありませんでした。
何せ彼らは”あえて”片づけない、なんて行動を取ったことが無いはずです。子供だからしょうがないことではあるけれども。まぁせいぜい早く俺のように大人になって欲しいものだな・・・フッ。みたいな。
ちょっとした中二病です。いや小二病?
ともかく。
非常に長く感じた一日を終え、帰宅。ついに私の新しいプロジェクトが始動します。
世界観はファンタジー。
主人公は、小学校でもよく遊んでいるH君にお願いすることにしました。H君は頭のパトランプが上下に可動するタイプのパトカーです。
この特徴を生かすべく、今回の主人公の必殺技は「頭突き」になりました。優秀な監督というのは、アクターに合わせた柔軟な設定変更を行えてしまうものなのです。
ともかく。そんな訳で準備はバッチリ。
記念すべき初日ではありますが、もうすぐご飯の時間なので手っ取り早く主人公の故郷を焼きます。
「ぎゃあ~~」「ぐわあ」「どうして・・・」「いたい~~」
悲痛な叫び声を上げながら死んでゆくモブのミニカーたち。なんかいい感じに傷を負いながらも生き残った主人公はその光景に涙し、復讐を決意します。主人公の旅立ちです。
道中、出会うなり「わたしもいっしょに行くわ!」と叫んでくっついてきた弓使いの女の子(覆面パトカー)と共に歩みを進める主人公。しかし始まりの森で野蛮な盗賊(消防車)に襲われてしまいます。
ピンチに陥った主人公、しかしここで起死回生の一手となる必殺技が「ご飯よー!」
ご飯です。
私はドキドキしながらその場を離れ、ダイニングへ。
おもちゃを片づけないなどという「悪い事」を意識的に行うなんて、もしかすると初めてかもしれません。緊張で味も分からないとはこのことでしょう。
ドキドキしながら食べ終え、ドキドキしながらお風呂に入ります。ドキドキしながらトイレを済ませ、ベッドへ。
就寝。
心拍数が上がっていてもやはり子供。10時になれば眠くなるもので、気が付けば朝。ごはんの前に、親の目を盗んでこっそりと、おままごと会場となっている和室を覗きに行きます。
ミニカーさんたちは待っていてくれただろうか、おもちゃ箱にしまってなかったから寒かったかな、怒ってなければいいんだけど・・・。
「・・・え?」
そーーー・・・っとふすまを開いた私は、目を疑いました。
畳の上に散らばっていたはずのミニカーさんたちが、一人残らず居なくなっていたのです。
私は信じられない思いで、部屋の片隅に据えられたおもちゃ箱へ駆け寄りました。
するとどうしたことでしょう。その中には、昨晩タタミの大地に旅立ったはずの勇者(パトカー)がちんまりと収まっているのです。弓使いさんも、盗賊も、死んだ村人たちまで・・・。
何故?どうして?そのままにしておいておいたのに・・・。
・・・もしかして、あまりに寒かったせいで怒っておもちゃ箱に帰ってしまったのだろうか・・・?
なんだか申し訳ない気持ちになり、ミニカーさんたちの顔が直視できません。私自身のエゴの為に、酷い迷惑をかけてしまいました。
しかし、ミニカーさんたちも自分で動くことができるなら言ってくれれば良いのに・・・。あまり信用されていないのでしょうか?もしかすると彼らも自我が芽生えたばかりで思うようには動けないのかもしれません。
ということは、もしや彼らは一晩かけやっとの思いでおもちゃ箱に辿りついたのでしょうか。本当に悪いことをしてしまいました。
どう謝れば、許してもらえるのでしょう。
暗い気持ちのままダイニングへ向かいます。
「あんた昨日トミカを散らかしっぱなしで片づけてなかったやろ!お母さんが片づけたきね!」
ミニカーたちの自我は、朝食の席での母の一言で霧散しました。
そりゃそうだ。いくらミニカーが人間だからといって、自分の意志で動き始めるなんてことが起きるわけがないのです。
こうしてミニカーたちによる長編物語プロジェクトはあっさりと頓挫し、私は再び20分弱の短編を描き続ける日々に戻ったのでした。
・・・何だかミニカーさんたちに会いたくなってきました。彼らは実家の押し入れで、今も静かに眠っているはずです。
年末の帰省時に彼らの写真を何枚か撮らせてもらって、その写真を基にまた記事を一本書いてみるのも良いかもしれません。