あかい硝子
※[前回]に引き続き、金赤硝子についてのエッセイ。赤い硝子は人を魅了するんです。
小学生の時分、「たからもの」を集めるというのは私の大切な業務のひとつであった。我が家に設置された『宝箱』には、各所より拾い集めてきた数多のお宝が仕舞い込まれており、これを撤去せんと目論む母とは日々熱い戦いを繰り広げていたものである。
形の良い木の棒につるつるの小石、ネジにボルトに錆びたバネ…。そんなに集めてどうするのかと問われても当時の私には答えることは出来なかっただろう。集めたいから集めるのだ。収集は目的であって手段ではない。
そんな有象無象…というかまぁぶっちゃけ小汚いガラクタの数々がぎっしりと詰めこまれた宝箱の中で、とりわけその存在感を示していたのが「ガラス」であった。
一度仕舞い込んだきり二度と取り出さないガラク…もとい宝物がほとんどであった中で、唯一私が繰り返し巻き返し取り出し、陽の下にかざし、眺め、撫でまわしていた「お気に入り」たち。
どう言い繕っても結局は道に落ちていたガラス片である。この上なく汚い品々であるのは承知の上ではあったものの・・・しかし、その汚さを推して尚、私は蒐集を辞めることはなかった。
冷たく透き通った透明なガラス片、血のように赤いガラス片、水色のすりガラスに、すわ黒曜石かと思わせるような真っ黒のそれ。どれもこれも、大事な私の友達であった。
数日に一度はハァ~~っと息を吹きかけては磨き上げていたし、好みの形に作り替えてやろうとカッティングを試みたこともある。どちらも何の意味も成さなかったが。
ともかく、性的興奮を覚えるほどの彼らの透明感に、私は完っ全に惚れ込んでしまっていたのだ。
そんな私であったから、家族旅行で訪れた小樽にて、私は「小樽硝子」にこれ以上ないほど夢中になってしまった。風俗に狂った中年かの如く、私は彼らに対し、持ちうる全ての金銭をつぎ込みまくった。
まずは今までため込んできたお小遣い。小学生当時の私に与えられる額はまさしくスズメの涙と言う他なく、財布の中身は小さな置物ひとつで綺麗に霧散してしまった。
次に「前借り」。借金である。どこの家庭でも「母の財布」というのは闇金として有名であり、私は以降数か月の全収入と引き換えに幾ばくかの金銭を手に入れることとなった。
手のひら大にカッティングされたクリスタルガラスを購入した私はまたしても無一文。しかして眼前にはまだまだ無数のガラス細工。欲しい。財布は空。向こう半年は収入もない。しかし欲しい。どうしても欲しい。欲しいのだ。あまりの飢餓感に私は狂い、嬌声を上げながら涙し悶え苦しんだ。死。それは精神の死であった。
幸いにも、家族旅行の行き先は毎年決まって北海道であったため、私はその後も幾度か小樽を訪れる機会を得た。そしてその度に私は破産した。当時買いあさった硝子細工は、今でも実家の押し入れに大切に仕舞い込んである。
去年の冬、久しぶりに家族揃っての旅行に出た。向かう先はもちろん北海道である。
数年ぶりに踏みしめた小樽の雪は変わらずキュッキュと小気味よい音を上げ、辺りには街灯から漏れるガスの臭いが微かに漂っていた。
両親を引き連れ、足ばやに向かうは勿論――小樽硝子専門店街。大正硝子館や北一硝子を始めとした店々が軒を連ねる「堺町通り」は、キラキラしたものが好き(カラスか?)な私などにはもう…堪らない。ヤバイ。好き。
ともかく。観光を楽しむ私の身体に、不意に電流が走った。視界の端っこに何か、とてつもなく心惹かれる一品が引っかかったような気がしたのである。
ギギギ…と軋む音を立ててそちらを見やれば、そこに鎮座ましましていたのは…何の変哲もないシンプルな紅いランプ。どうやら灯油専用らしい。細身の丸底フラスコのような形に整えられた紅い硝子が、金属製の燃料タンクの上にちょこんと乗っかっている。
絢爛な装飾が付いている訳でもないその姿に、私は息を呑んだ。
美しいのだ。これ以上なく。
己が吐息が万が一にも彼女に触れ、その凛としたかんばせを曇らせてしまってはいけない…と。私は呑んだ息をそのまま腹の奥底にまで押し込み、恋煩いのような鈍い苦しみの中でもってその紅いランプを眺め続けた。
幼き日の私であれば買っていた。「今後10年のお小遣い」と引き換えにしてでも手に入れていたはずだ。間違いない。
だが悲しいことに、私はいつの間にやら大人になってしまっていたようだった。魅了されきったはずの私の頭の中に、来月の食費、交通費、その他雑費諸々が浮かんでは消える。
軽く二十分は悩んだ。それはそれは、ものすごく悩んだ。別の店々を見て回った後でもう一度このランプを眺めにも来た。しかしどう計算し直しても、この子を買ってしまうと来月の夕飯が全てモヤシ炒めになってしまうのだ。流石に死ぬ。
死ぬのは嫌なので生きることにした。私は今日も生きている。
・・・とはいえ、やはりあの紅いランプの輝きが、今でも目蓋の裏に焼き付いて離れない。あかい硝子が、いまも小樽のショーケースの中から煌々と私を誘ってくるのだ。やはり買うべきだったか?いやしかし・・・。