「ウグイス」 第1話

 あらすじ
 あるウグイスの物語。ウグイスの歌が上手く歌えないウグイスがいる。
 なぜ歌えないのか、という問いに答えを見出すべく探求する過程で、
 内的な経験と自然の中で生きていくという厳しさを描いた話。

雪が溶け、沢の水かさが増えはじめた。ある日をさかいに水の流れがキラキラとまぶしく光輝くようになった。おひさまの光が暖かくなってきたのだ。
風はやわらかくなり、まるはだかだった木々は我さきにと一年で一番明るくてきれいな色の葉っぱで着飾りはじめる。やがて、はだかの木々が春色の黄緑色の葉っぱでふわふわになると、控えめに鳴き出した一羽の鳥の声が、ぼんやりと温まりはじめた森に響いた。

「ほー…けっきょ」
小さく鳴いたつもりのその声は、森に響き渡った。鳴いたウグイスは、自分の声にどきり、と驚き、それきりだまってしまった。
すると、ややしばらくして、別の木からも別のウグイスの声が聞こえてきた。
「ほーほーほー、ほけきょ」
「ほけきょっ」
こうして、ウグイスの声は、あちらこちらの木から、かわるがわる聞こえてきた。冬の帳がついにはずされたのだ!
 一番最初に鳴いたウグイスは、これを聞いてほっとした。そしてまた、自分も再び鳴きはじめた。こうして、ウグイスたちの歌の練習がはじまった。

 毎日、毎日、ウグイスたちは、朝からひが暮れるまで、歌い続けた。
「ほー、ほけきょ!」
と、ある日、とてもきれいに歌ったウグイスがいた。木々は木の葉を揺らし、さらさらと爽やかな拍手をした。他のウグイスたちは、その歌を聞いてますます一生懸命練習するようになった。
「ほーけっきょ!」
「ほーほけっきょ!」
そんなウグイスたちの中に、とりわけうまく歌えないウグイスがいた。
「ほー、ほけっ」
「ほー、けけっ!」
うまく歌えないウグイスは、自分がとりわけうまく歌えないのがわかっていた。だから、みんなの声にまじって毎日必死に練習していた。時には、うまく歌えたウグイスの後にまねて歌ってみたりもした。朝早くから、夜も、日が暮れて、あたりがすっかり暗くなり、ウグイスの舌の先がピリピリとしびれて、くちばしでぱくぱくとやっても、もう声が出なくなるまでやっていた。
けれども、どんなに練習してみても、どうやっても、このウグイスはウグイスの歌が歌えるようにはならなかった。
 ある日、そんなウグイスの歌が歌えないウグイスに気づいた他のウグイスたちがいた。彼らは、さっそく自分たちの歌の練習に飽きると、うまく歌えないウグイスをからかいはじめた。
 「やいやい、なんだいその歌は?」
 「いっこも歌えてないじゃないか!」
そう言うと、はやし立てたウグイスたちは、ひきつったような笑い声をあげた。うまく歌えないウグイスは、それを聞いたとたんに、のどがきゅっ!としまって、かたくなってしまった。もう、それきり声を出すことができなくなり、歌の途中から、ぱくぱくとくちばしがむなしく動いただけだった。やがて、そのかちこちは、からだ全体に広がってゆき、しまいには、石のように固まって、枝から「ぽとり」と落ちてしまう…と思ったその時、またなにかからかったのだろう、どっと笑い声が起こった。うまく歌えないウグイスは、はっと我にかえった。ウグイスは反射的に枝から飛び立つと、無我夢中で羽ばたいた。後ろから、まるでそんなウグイスを追いかけてくるように、また笑い声が聞こえてくる。ウグイスは、その声が聞こえなくなるまで、ずっと遠くへ、遠くへと、急いで飛んで行きたかった。林を抜けて、もう他のウグイスたちの声はとっくに聞こえなくなっていたが、ウグイスの耳にはいつまでも他のウグイスたちの声が残っていたので、ウグイスはもっともっと遠くへ飛んで行くより他になかった。そうして、飛び続けたウグイスは、自分がいた森よりもずっと上の、山の頂上あたりにまできていた。そこはまだ、春が届いておらず、葉っぱも生えていないはだかの木々が、じっとただずんでいるばかりだった。
 ウグイスは、その木々の一つの、灰色の冷たい木の枝に、やっととまった。

https://note.com/hoco999/n/na03d98234291

#創作大賞2023 #ファンタジー小説部門


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?