「ウグイス」第9話

「ケケケケ」
何かが聞こえた気がした。気のせいだろうか。ウグイスは、にわかに聞こえた声に意識を引き戻された。そして、耳をすませてみたが、待てど何も聞こえてはこなかった。そして、ふたたびウグイスの意識は遠のくのだが、そうすると、また、あの声が聞こえてきた。一体、なんだろう?ウグイスは、真っ暗いまぶたの裏で思った。
すると、「ケケケケ、ケケケケ」と今度は、ウグイスのすぐそばで、その声がはっきりと聞こえた。ウグイスは、なんとか仰向けになると、その声のする方を見上げた。目の前には、見たことのない、毛のない、2本の茶色い足があった。足は、薄汚れていて、茶色かった。薄汚れている足の上には、同じく薄汚れている胴体に、薄汚れている腕が2本ついていた。体には毛が生えていなかったが、頭にだけ、鳥の巣のような、もじゃもじゃとした黄色い毛のかたまりが、ちょこん、とのっていた。黄色い毛のかたまりからは、先のとがったツノが、左右対称に1本ずつ生えていた。目は、大きく見開かれたまま、瞬きもせずにウグイスを見下ろしている。両の目は、ガラス玉のように透きとおっていて、よく見るとその中で火がチラチラと燃えてゆらめいているのだった。ウグイスと目が合うと、それはニヤリと口を大きく横に開いた。口は、裂けたように横に大きく開き、そこからギザギザにとがった歯が見えた。そして、そのギザギザの歯の隙間から、あの「ケケケケ」という声が再び聞こえた。
 見たことのない、毛のないからだ。裂けた大きな口に、ギザギザの歯。おまけに、目には火が宿っている。ウグイスには見たことのないものばかり備えているいきものだった。いつものウグイスなら、一目散に逃げ出しているところだろう。けれども、今のウグイスにはもはや驚く気力すら残っていなかったのだ。
「なに?」ウグイスはそれに話しかけた。そう言ったつもりだったのだけど、実際には声にはならず、ぐう、という音が出ただけだった。
「ケケケケ」茶色いいきものは、ウグイスの問いに答えるように、ぐい、と何かをウグイスのくちばしに押し付けてきた。なんだろう?ウグイスは、今はとても何かを食べる気にはなれなかったので、「いらないよ」と喉から息を絞り出すように鳴いて答えた。すると、茶色いいきものは、ケケケと言いながら、ますますそれをウグイスのくちばしにぐいぐいと押し付けてきた。その時、ふいにきのこの香りがした。ウグイスは気づいた。これは、リスの巣穴に生えていたきのこだ。あんまりにしつこく押し付けてくるので、ついにはキノコにくちばしが刺さってしまった。ウグイスは、もうどうでもよくなり、「わかったよ、わかった。ありがとう」と言うと、くちばしのすきまから、ちょろっと舌を出して、きのこをなめた。きのこは、最初は少し甘く感じた。そして、それから、舌がピリリとしびれはじめた。ウグイスの目はぐるぐると回りはじめた。たまらず目を閉じると、どうやらそれは頭の中で起こっていることのようだった。ああ、目も頭もぐるぐるだわ…。ウグイスは、今度こそ、自分が気を失うのがわかった。ウグイスが意識を失う直前、それを見送るように「ケケケケ」と言う声が聞こえた。

https://note.com/hoco999/n/nf858d14e9818

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