「ウグイス」第17話

 ウグイスは、翼を広げ、ふわりと宙へ舞い降りた。冷気が、一瞬でからだ全体にくまなく染み広がるのを感じた。ウグイスは、寒さで凍ってかたまってしまいそうな羽を、何度も何度も必死で羽ばたかせ続けた。羽や、くちばし、目、そして、小さな心臓が、羽ばたくごとに、ちくり、ちくり、と少しずつ凍っていくようだった。なんて寒さだろう!ウグイスは、リスの巣穴から離れるごとに、こわくなってきた。それでも、ウグイスは、あの空洞の木へ向かって飛び続けた。夢で見た、夢じゃない小さなウグイスに会いたかったのだ。ウグイスの思い出している小さなウグイスは、ウグイスが出会ったあの小さなウグイスとはずいぶん変わってしまっているような気がした。本当の小さなウグイスはどんなだったかしら?どれくらい小さかっただろう?目は?黒だったかしら?きれいな、透き通ったあの歌声は?ぼくが覚えている小さなウグイスは、本当にあの小さなウグイスそのものなの?ウグイスは、自分よりもくすんだ羽の色や、楽しそうに笑う声、本当はこわがりなのに、それをちっとも見せないようにしていたあの小さないきものと、少しも違わない、ほんの少しも自分によって美化されていない、本当の小さなウグイスに会いたかった。
 なんとか森へとたどり着いたウグイスだったが、森の景色は雪ですっかりおおわれて変わっていたので、すぐにはあの空洞の木を見つけることはできなかった。ウグイスは、何度も同じところをぐるぐると飛び回り、ついに、雪にほとんど埋もれていた空洞の木を見つけた。ウグイスは、すっかり乾いて固くなった木のふちに止まると、空洞の中をおそるおそるのぞき込んだ。空洞の中にも、雪が降り積もり、コケのじゅうたんはもはや雪でおおいかくされていた。雪の上には、足あとも、羽も、何も見当たらない。ウグイスは、空洞の中へと舞い降りてみた。着陸したとたん、積もった雪に飲み込まれて、ウグイスはふわふわの雪の中へすっかり沈み込んでしまった。雪は、ウグイスが思っているよりもずっと深く積もっていた。冷たい雪に埋もれて、ウグイスはその時初めて、小さなウグイスが自分から失われてしまったことを感じた。ああ、もうあの小さなウグイスには会えないのだ。ウグイスは、初めてそう感じた。どうしてあんな夢を見たのだろう。
どうして…。

 ウグイスは、おもむろに空洞の木から飛び出した。柔らかい雪をはねのけ、ちから一杯羽ばたいた。もういい、帰ろう。リスが待っている。みんなのところに戻ろう。ウグイスは、高く、高く昇って森の上に出ると、それから元来た方へと飛び続けた。ぐんぐんと飛び続けると、喉に熱いかたまりがこみ上げてきた。
ウグイスは、そのかたまりが出てこないよう、ぐっとそれを飲み込もうとしたけれど、それはますますふくらんで、ついにはウグイスの喉から飛び出そうとするいきおいだった。不意に、強風が吹いてウグイスの小さなからだをさらった。ウグイスのからだは、木の葉のようにひらひらと簡単に吹き飛ばされてしまった。ウグイスはなんとか体勢を立て直すと、再び無我夢中で飛び続けた。しかし、風は今度は大雪を連れてきた。ウグイスの目や羽は、みるみる雪でおおわれていった。それでもウグイスは飛び続けた。がむしゃらに前に進み続けた。自分がどこにいるのか、何をしているのかさえ、わからなくなってきていた。雪はどんどん強く降り、やがて、あたり一面が真っ白な雪の幕に覆われてしまった。空も、大地も、分け隔てなく、世界は真っ白になった。ウグイスの姿は、その真っ白な世界のどこにも、もはや見つけることはできなかった。

https://note.com/hoco999/n/n00c162eaab74

#創作大賞2023



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?