「ウグイス」第18話

「おい!何やってんだよ!」不意にリスの声がした。ウグイスは、はっと目を覚ました。「ぼくはいったい…」とわけがわからずにリスを見た。
「まったく、どこにでも飛んで行けるとろくなことないぜ!」リスは、くりくりの真っ黒い目で、真っ直ぐにウグイスを見ていた。ウグイスは、申し訳なさそうに頭を垂れると「ごめんよ。心配かけて」と言った。リスがそれきり何も言わないので、ウグイスは再びリスを見上げると、そこにはなんと、あの小さなウグイスがいた。驚きのあまり、ウグイスはしばらくの間、声も出せずに、ただただ小さなウグイスを見つめていた。小さなウグイスが首をかしげたので、ウグイスはようやく我にかえって言った。「やあ、覚えているかな…ぼくは、ぼくは、あれからまたずっときみに会いたいと思っていたんだよ。あの木のところでね、待っていたんだ。そしたら、またきみに会えるんじゃないかと思ってね…」ウグイスは、なんとか言葉をつないだ。小さなウグイスは、何も言わなかった。ウグイスはだんだん心配になってきた。ウグイスは、しゃべるのをやめると、小さなウグイスの目をのぞきこんだ。すると、そこには、かつての夏の日差しがあった。むっとした夏草のにおいと、熱い空気を、風が重そうに運んでいた。ウグイスはそれを空洞の木のふちにとまり感じていた。ぼくは一体…ちがう、これはぼくの記憶じゃない。小さなウグイスの記憶だ。
小さなウグイスは、その日、ウグイスよりも早く、空洞の木へきていた。
それは、すでに近くにひそんでいたんだ。だから、どんなに小さなウグイスが気をつけていても、間に合わなかった。小さなウグイスは、早く飛び立つには力が弱すぎたのだ。
ウグイスは、小さなウグイスが出てきた夢の続きを知った。それは、ウグイスと小さなウグイスが出会ってから、たった2日後のことだった。
 ウグイスは、うなだれた。「そうだったんだ…そうだったんだね」ウグイスがつぶやいたその声は、小さなウグイスのものだった。「ごめんね…何も気づかずにいたんだね、ぼくは…」ウグイスは何も知らずにいた自分を責めた。もっと早く知ってあげていたら、そうしたら…。ウグイスはふと思った。もっと早く知っていたら?ウグイスは再び自問した。もっと早くに知っていたら、どうなったというのか。あの時は?あの時はどうだったか。あの小さな3つのたまごだ!自分は、あの時たまごが食べられてしまうのをただ見ていただけだった。ただ見ていたんだ!そんな自分に何ができたというのか。いったい、自分には何ができたのだ?ウグイスはぽろぽろと涙を流した。
ぽたりぽたりと足先に涙が落ちる、その視界の先に、ぼんやりと何かがいるのが見えた。茶色い、うす汚れた足がたたずんでいるのに気づいた。ウグイスは、はじかれるように顔を上げた。
そこには、あの夜にきのこを食べさせた、茶色い不思議ないきものが立っていた。
茶色いきものは、高い声と低い声が混ざったような、不思議な声で話し出した。
「ど、して」ぎざぎざのきばが、くちびるにささって、話しにくそうだった。
「どう、て。どして。って、思てる」
「どうしてって…」ウグイスは、そう言うと、それきりだまってしまった。
どうして。どうして。考えても考えても、こみ上げてくるのは、言葉にはならない感情ばかりだった。やがて、その感情は、みるみる膨れ上がり、ウグイスの中でぱんぱんになっていた。ウグイスはたまらなくなり、叫んだ。
「どうして!」
「どうして、こんなことが!」
茶色いいきものは、話しづらそうにウグイスの言葉を繰り返した。
「ど、して、こ、なこ、とが?」
ウグイスは、せきをきったように話しはじめた。
「そうだよ!残酷だよ!殺されることが。殺されないことでも、残酷だよ!どうして、歌がうまかったり、ちっともうまくなれなかったりするんだ!食べたり、食べられたり、どうして?そりゃあ、楽しいこともあったよ。だけど、こわいことや、きけんなこと、苦しいことはもっとたくさんあった。どうして?どうして楽しいことや、幸せなことだけじゃいけないの?だって、本当はそれだけでいいはずなのに!」茶色いいきものは、ウグイスの話が終わると、おもむろにきばを抜きはじめた。前歯を2本抜き、続いて下の歯を2本、抜いた。きばは、とうもろこしの粒みたいに、ぽきりときれいに抜けた。くちびるに刺さるきばがなくなり、とても話やすくなったのだろう。ケケケ、と言った後に、茶色いいきものは、とてもりゅうちょうに話しはじめた。
「ウグイスの歌が上手なウグイスがいれば、ウグイスの歌が下手なウグイスもいる。大きくて強い動物がいれば、小さくて弱い動物もいる」
「どちらか片方がいなくなれば、もう片方もいなくなる。おまえたちが、たったひとつであったことなどない」
ウグイスは、何もなっとくできなかった。それは、ウグイスの求めていた答えではないように思えた。
茶色いいきものは、ウグイスをじっとみすえた。茶色いいきものの声が、まるで、ウグイスのすぐそばでささやいているように近くで聞こえた。
「もっと、良いことしか許さない世界だったらよかったのに」
ウグイスは、初めて聞く音を耳にしたように、固まって動けなくなった。
「そうすれば、いじわるはなくなる。痛いことも、苦しいことも、悲しいこともなくなれば、今よりももっと、世界は素晴らしくなる」
その声は、今やウグイス自身のものに変わっていた。ウグイスが見ているのは、ウグイス自身だった。目は底なしの穴が空いていて、呆然と立ち尽くしていて、まるでしかばねのようだった。ウグイスは、恐ろしくなり、自分の手を見た。そこには、5本指の薄汚れた茶色い手があった。自分の足元には、抜いたきばが転がっている。
ウグイスは、自分が何者かに変わってしまわないように、必死に抵抗した。
いやだ!こんなのいやだ!ぼくは、ぼくは、どうして…
その時、小さな鈴の音が聞こえた気がした。ウグイスは必死に耳をすませてその音を求めた。もう一度、それは空気をふるわせた。
「それって、本当?」小さなウグイスの言葉が、小さいけれども確実に聞こえた。その瞬間、茶色いいきものは、ぱん!と破裂して、こっぱみじんになって消えた。

https://note.com/hoco999/n/nff67af586f70

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