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《終活》鳥葬の少女、献体を諦める。

(※まず、献体とは医学の解剖実習に役立てる為に、自分の死後の身体を提供することです。)




自分は葬式も墓も欲しくないし、必要ないと思っている。

自分の死体を元・親たちに見られるのすら嫌だ。


私の祖母は、私が5つのときに亡くなっている。
当時は原因不明だったが、今なら感染経路が判明している病気だった。
現代では医療の進歩により、同じように感染者が増えることはないだろう。

祖母の棺桶に石で釘を打った感触を、私はまだ覚えている。

もう、30年は前になるが。




私には両親は存命でありながら、モラハラや暴力や病気で絶縁しなくてはならなかった事情があり、『身寄りがない』。

幼い頃から受けていた暴力暴言の影響で、私は精神障害者保健福祉手帳を持っている。

もともと、自分の死体を有益に使ってほしいという気持ちが子供の頃からあった。

ばあちゃんが死んだのは医療が追いついていなかったからだ。

中学で聞いた鳥葬の話にも、私は気持ち悪さは感じなかった。

私の死体が役に立つのか、と。




そんなこんなで、私は自分の死体は献体に出そうと思っていた。


献体について調べたらこんなことがわかった。


献体をするには、まず、献体登録をしなくてはならない。
ところが、献体登録にはまず『家族の同意』が必要だった。
そして、年齢は60歳以上のひとと年齢制限まであった。

だめじゃないか。

そして、病院で医療のために使われたあとの身体は火葬されて、遺骨はご家族に戻されますからお墓に入れてもらいましょうね…ってさ。(焼いてはもらえるらしい。さっきまで間違えて書いておりました。お恥ずかしい…💦)

…献体とはむしろ恵まれたお年寄りの最後のボランティアといったところだった。


確かに、いま身寄りのない人が増えたのと、葬式代が浮くと思って登録したがる人が増えているらしい。


私もてっきり、医療のために使われた身体は病院で処分してくれるものと思っていた。



これなら、もう一番安い共同墓を契約しておく方が、よっぽどシンプルだ。
(…ん?ってか、遺骨を誰が引き取るんだ?)



結局、家族が存在しなくては献体など出来なかったのだ。

やっぱり違うよね。

家族が存命であることと、家族が存在することって…。


う〜ん、終活って色々考えさせられるし、知識も得られるからなかなか楽しいかもしれない💓

部屋が本だらけの知識欲女、終活がちょっと楽しいようです。





(追記)
入院先で私が死ねば死体が腐った状態で見つかったりはしないだろう。
しかし、私が孤独死する可能性の方がよっぽど高い以上、やはり献体という選択肢は無いのだ。
腐っちゃった死体じゃ実習に使えないよね、きっと💧💧

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