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NHKから新書本から〜つながる〜暴君ネロと母アグリッピナ〜知人の相談〜②

とんでもない毒親を持っても、職場で仲良く仕事できる私はラッキーだ。
お客さんも話しかけてくれるし、ラッキーだ。

2週間前に休憩中に同僚と私の両親の話をチラッとしたのだが、同僚はこう言ってくれたんです。
『〇〇ちゃん、そんな家でよく素直に育ったねぇ。
明るいしすごく仕事しやすいから、言っちゃいけないけど“そんな”育ち方したとは気づかんわぁ』
『あっはっは!
私はそんな家で育ったから、よその人たちを親切に感じたの。
周りの人たちがいいひとたちだったんだよ』

私はネロにならずに済んだのだ。


情報がつながる。

過去とつながる。

境遇がつながる。


残念ながら、祖母の代から続く『毒』が私の身体には回っていると思います。
ただ、私はその『毒』をなるべくなら外に出したくない。
一度、体内に入った毒物は中和させるか排出するかだけど。


この『毒』は物質じゃない。
もしかしたら、醸し出す雰囲気やオーラ(←懐かしい響き♡)や表情を『毒』と呼ぶのが正解かもしれない。

『負のオーラ』とか『ネガティブな雰囲気』とか『攻撃されてる気がする』とか物質的には測れない毒。


よく刑事ドラマなんかで殺された人が解剖にまわされて『末期ガンだったんですね、このひと…。最後の最後まで隠して…そこまでして…』みたいなシーンあるじゃないですか?
私、アレになりたかったんです。
身体中、毒に侵されながら生き抜いた人に。
かっこいいと思っていたから。

だけど、やめました。

①毒を持っていると語ること。

②毒を撒き散らすこと。

③毒を溜め込み、死後に哀れまれること。

①と②は別物だと気づきました。
③はいまの私には『それはちょっと悲しいかな』って感じます。



実は少し前に知人から『お子さんのなが〜い不登校に悩みはじめた人がいるけど、その子の居場所作りできるかなぁ…』とポツリと漏らしてもらった。

私は色々な福祉施設にお世話になっていたことがあるため、ほうぼう電話をかけてフリースクールやフリースペースとツテがないか訊いた。

もし、そのお子さんに障害があった場合は仕事やら車の免許やら生きていくための手段が変わってくるから、まずは診察なんだけどねとも伝えた。

はっきり言って不登校せざるを得ない子にはお節介な大人なんて『うっとーしー』のはよくわかっています。

毒親とは関係ないかもですが、不登校になってしまった我が子にかなり長らく関心を示さなかった親御さんに私は『プチ毒親』の片鱗を見ました。

その子供さんは私は面識がないし、全く赤の他人です。


知り合いの知り合いのお子さんなんだもん。

それでも電話をかけまくらずにはいられなかったんですよね。

その子供さんが、これから社会参加をしていくかどうかはその子自身が決めることです。

だけど、へんてこ毒家庭で閉じ込められて30過ぎまで生きていた女は情報だけでも渡したかった。

フリースクールの情報も、通信制高校の情報や大検の取得方法や、万一自分に障害があったとき生計を立てていく方法や、その場合利用できる法制度や、助けてくれる機関があることも。
(…私の人生かなりデコボコだなぁ)


そして、私は顔も知らないアナタが心配だってこと。
別に心配していらんだろうけど。

あとはちゃんと自分のこと受け入れたら、ちゃんと居場所が見つかるよってことも。

30過ぎたってなんとかなったんだから。


私はホントは嬉しかったんです。

「知り合いが困っとる。
何か知ってることなぁい?」

そんなふうに聞いてもらえたのが嬉しかった。
飛躍しているけれど、私の生き抜いてきた道を少し参考にさせてと言われたようなものだと思いましたから。
私が持っているの情報や知恵を貸してほしいと言われたんだもの。

頼る側だった私が、頼り頼られの生き物になってきました。
色んなものが次々つながってゆく。

プラスのつながりもある。
マイナスのつながりもある。


自分が動き回ったり走り回ったりする分なにかがつながる。

そして、なにかが寄ってくる。

人生コネコネ。




読んでくださった方、ありがとっ!

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