短編小説 【 奈、無、 】


 あと少しだった。 あと、一日だった。

 (土砂降りだった。)

 あの日の二日前、私はいつも通り仕事のために隣町へ向かう。毎日 長めに待たされる交差点には電気屋。入口に体重計とドライヤー。 真正面、信号機と向かい合って五台置かれたテレビから、毎日ほんの少 しだけ世間の事を知る。そこで、明後日を知った。

 (無いものねだりな私になるまであと少し。) 

 あの日の前日、いつものほんの少しだけのテレビに、私は目が釘付けになった。 信号は青だった。 赤になった。 青になった。 動けなかった。

 (止まない雨に、傘の概念が覆る。)

 あの日の前日、私は仕事に行かなかった。前日の前日は四分の遅 刻。理由はもれなく交差点。

 (心臓が重たくて規則正しい。)

 土砂降りはこれから六週間続くらしい。雨降る朝に、テレビの音が聞こえなかった。 音だって降るものなのに。

 (雨が規則正しい。)

 あの日、私は仕事に行った。 交差点はいつもより長かったけどス
ムーズだった。 大きな光る三角形が黄色になったら行ってよし。

 (七月の雨が雪に見えた。)

 あの日、新譜が出た。

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