見出し画像

おいしい食べ物と笑い声と。 グランマ・モーゼスの最高の人生

あれもこれもおいしそう!グランマ・モーゼスの作品にはたくさんの食べ物がでてきます。

まずご紹介したいのは「アップル・バター」。アップル・バターだなんて!もう絶対美味しいはずのネーミングだと思いませんか?

リンゴを収穫して皮をむいて刻み、大なべに入れて攪拌し、どろりとしたバター状になるまで煮詰めていくのだそうです。地域のお祭りのようだったこのアップル・バター作りは朝から真夜中まで続いたとか。

「夏の終わりはアップル・バター作りの時期でした。アップル・バターはなくてはならないものと考えられていました」

さあ、今日はアップル・バターをつくるのよと朝から忙しそうに準備を始めるいろいろな家の様子が目に浮かびます。こどもたちは友達と遊べるのを楽しみにしてはしゃいでいただろうなあ・・・。ふふふ。


アップル・バター作り:部分(1947年)87歳

あ!突然な始まり方で失礼いたしました!


11月20日から東京の世田谷美術館で開催されている、グランマ・モーゼス展について今日はお伝えしたいと思います。(※注・2021年11月の展覧会の情報です)

なぜわたしは今回こんなにフライングぎみに興奮しているのかというと!
わたしは、彼女の作品が以前から大好きだったため、今回の展覧会が始まる日をとても楽しみにしていたのでした。

新宿のSOMPO美術館がまだ東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館だった頃から、ここで所有しているモーゼスのコレクションを見に、何度も足を運んだことがあるくらい、彼女の世界に感動していました。

モーゼスさん、あなたの好きな世界はとてもすてきですね!といつも思いながら、どうしてこんなに美しいのか、どうしてこんなに好きなのか前のめりで作品を愛していました。それがそれが!今回130点もの作品が展示されるというではありませんか!指折り数えて11月20日を待ちわびて、早速21日にでかけてきたという訳です。

そして、今回の新たな発見は「おいしそう!」

モーゼスの作品のなかでもおいしそうな場面がある絵をピックアップしてご紹介してみたいと思い、それでのっけからアップル・バターの話題でございました。まだまだありますよ~!「おいしそう!」



シュガリング・オフ:部分(1955年)95歳

シュガリング・オフはメープルシロップを採取し、それを煮詰める仕事のこと。できあがったメープルシュガーやメープルシロップは貴重な甘味料として利用されてきました。
白い画面にいろとりどりのコートをきた人たちがにぎやかに集まってきていて色合いもにぎやかで素敵です。モーゼスの作品はこんなふうににぎやかさにあたたかみがあり、モーゼスが当時を楽しく思い出しながら描いている気がして嬉しくなるのです。わたしもこの場所に居させてもらえたような、思い出をわかちあえたような幸せを感じます。

砂糖作り(シュガリング・オフ):部分(1940年)80歳





キルティング・ビーでは大勢の人が集まってにぎやかにキルトを縫い、そばのテーブルにはあとで皆でとる食事が用意されているのでした。

キルティング・ビー:部分(1950年)90歳

ごちそうですね!おいしそう!
こんなに大勢の人たちの食事を作るのは大変だっただろうなあと思いながらも、食事の心配をせずに楽しいキルトづくりに没頭できたなんて至福の時間だったろうなあ!なんて考えながら幸せの時間を思いました。

夫のトーマスはアンナと結婚する時、彼女の料理上手なところが気に入ったようです。モーゼスはお料理がとても上手だったんですね。

昔:部分(1957年)97歳


古い台所:部分(1948年)88歳


家族のピクニック:部分(1951年)91歳





グランマ・モーゼスは、70代になってから本格的に絵を描きはじめ、80歳で初めての個展をニューヨークで開きました。101歳で亡くなるその年まで描き続けた作品は彼女の人生そのものでした。



グリニッチへの道(1940年)80歳

モーゼスは本名をアンナ・メアリーロバートソン・モーゼスといいました。


75歳頃より本格的に絵を描き始め、78歳の時ドラッグストアにおかれていたモーゼスの作品をルイス・J・カルドアに見出されます。

このカルドアの尽力とギャラリーの画廊主であるオットー・カリアーの理解により、80歳のこの年、ニューヨークで初個展が開催されるのです。

タイトルは「一農婦の描いたもの」。
素直で簡潔な表現が好評を博しました。34点が出品され、この「グリニッチへの道」も飾られたそうです。


この、オットー・カリアーという人。
モーゼスの画業を語るうえで欠くことのできない重要な人物です。

故郷のウイーンにギャラリーを開き、エゴン・シーレの個展を開催し、レゾネも刊行しました。ニューヨークに支店を開いた際にはクリムトやココシュカ、シーレなどの個展を開き、当時あまり知られていなかった、オーストリア、ドイツ表現主義の画家たちを初めて紹介したのです。画家たちの名前をみてもわかるように、今ではよく知られたアーティストばかりですよね。

そんなカリアーにこれは!と思ってもらえたのが、まさしくこの後のモーゼスの運命を大きく変えていくことになるのです。

カリアーは、モーゼスの展覧会を企画し、その後もモーゼスに関する著書を複数出版するなど、彼女の活動や普及において中心的な役割をはたしました。





フージック・フォールズ、ニューヨークⅡ(1944年)84歳



画像2
フージック川、冬(1952年)92歳

フージック川はモーゼスが住んでいた地域に流れている川で、この川の周辺には、あのモーゼスの作品が見出されたドラックストアがあったり、最後の誕生日を祝った病院があったりと、彼女の人生を物語るものがいろいろあります。モーゼスはこの川をたびたび主題に選び、描いています。


モーゼスの作品の人物は、ざっくりと形が大きくとらえたようなシルエットで描かれ、顔などは特徴もなく描かれることが多いため、一見すると簡単に描かれた少し幼稚な絵に見えることもあるかもしれません。しかし、風景を改めてよくみると、その色使いの幅の広さや細かいところまで描きこんだ繊細さなどとても深みのある絵であり、自然の美しさをじっくりを描きこんでいることがわかります。

実際、モーゼスが絵を描くときは、思い出して描くことが多かったようですが、色などを確かめに外にでて確認するなど、美しいものを忠実に表現することに努力し再現しました。


画像3
洗濯物をとり込む(1951年)91歳

わたしはこの作品を今回はじめてみて、大好きになりました。

画面の上のほうではとても激しい雨が急に振り出した様子が描かれています。みるみる真っ黒になっていく空と強い風。その少し恐ろしくなるような場面で、人物たちはそうあわてることなく、やれやれといった雰囲気なのが面白いなと思います。

当時、洗濯機などもないような生活であったかと思うと、そのほかの家事においても、どれだけ大変だったであろうと思うのですが、自然を相手に、人間がどうにもできなかった生活をおおらかに受け止めているような場面に、なにかホッとするような、優しい気持ちになるでした。

便利になればなるほど忙しくなる現代社会を考えると、わたしたちの望みは一体なんなのかと考えずにはいられません。



画像5
古い樫のつるべ、冬(1952年)92歳



モーゼスは人物を描く時に雑誌の切り抜きを参考にしたりしたようです。人物は主にデフォルメされていますが、簡単な線のなかにもしっかり人間の骨格を感じるようなものもあり、なるほど、こういう写真なども参考にしていたのかあと、納得できた気がしました。

画像7

実体験と記憶とをつなぎ合わせて作品を作ることが多かったモーゼスにとって、雑誌の写真等の資料はとても良い助けになったようです。


画像8
森の家事(1945年)85歳

この火の描き方が本格的で驚きました。色使いや火の動きなど、迫力があり、可愛らしい人物画の表現とは対照的です。


画像9
虹(1961年)101歳

モーゼス最後の完成品とされた作品です。
最後の最後の、しかも100歳をすぎて、こんな絵を描けるなんて!


彼女は「私の人生」のなかでこういっているそうです。
「私の人生は、振り返ればよく働いた一日のようなものでした」



12歳だったアンナは自分で暮らしていくために、家を出て裕福な農家に住み込み、お手伝いさんになります。そして27歳の時、同じ農家の使用人だったトーマス・サーモン・モーゼスと結婚するのでした。

その時彼女は思ったのです。
「私たちは一つのチームであり、夫がするのと同じくらいのことは自分もしなければ」と。


電気のない時代(1936年のモーゼスが76歳のころようやく電灯を使い始めました)ろうそくやせっけんも手作りし、農家の仕事もあり、本当に働き通しだったことでしょう。。自然とともに生きて生かされて、近所の人たちとの家族ぐるみの交流があり、モーゼスはまさに人生のすべてを、それこそ苦労も悲しみもすべてこんなに美しく絵画の中で昇華させたのだなあとしみじみ感じます。

10人のこどもたちは8人がモーゼスより先立ってしまっています。そして、自然を相手に働く農家の仕事というのは、自分ではどうにもならないという事ばかりだったのではないかとおもうのです。

そんな中でも私が彼女のたくましさを感じるのは自分で作ったポテトチップスやジャムを売ろうと考え、個展の開会式でもバックから取り出して見せたというエピソードを聞いた時です。常に夫と同じくらい働くのだという気概とバイタリティがあったからこそ、絵をはじめたときもそれが売れないだろうかと思ったのではないでしょうか。ドラックストアで見出された彼女の作品は、そういった彼女の積極性のたまものであり、人生を切り開いていった彼女の姿勢に改めて尊敬の念を抱きます。


彼女の言った、「人生とは自分でつくるもの」という言葉は、未来の人へのエールであり、私たちはそれをうけとるとともに今日から心にきざみこんでゆきたいと思います。


彼女は無名の農婦でしたが、ありのままの生活や風景をの中で美しいということだけでなく、自然との共存という、大事なテーマも気づかせてくれます。季節の楽しみや人々とのふれあいをとおして見せてくれる彼女の人生が、一つ一つの絵の中で輝いています。


まさに死ぬその瞬間まで楽しみましょうよといわんばかりに生き抜いたモーゼス。

最後の作品が「虹」だなんて、101歳にしてこの明るく希望に満ちた作品を描いていたことに驚いてしまうのは、私だけでしょうか。
未来の世代に勇気や意欲を与えるかのような、この作品を前に、背筋が伸びる思いがしました。


今回テーマとしました「おいしそう」のアップル・バターが描かれたクリアファイルとポストカードをおみやげに選びました。
ポストカードは全部ほしかったので(笑)選ぶのが大変でしたー

画像10

以前から大好きだったグランマ・モーゼスの作品をこんなにたくさん一気にみれたのは今回初めてです。

モーゼスが作品の中でみせてくれたたくさんの幸せが私の心にもいっぱい広がり、わたしもとても幸せでした。

ありがとう!
グランマ・モーゼス!

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?