あやしい金沢
唐突だが冬虫夏草というものを知っているだろうか
大雑把に言うとキノコが昆虫やクモに寄生したものの総称のようである
自分は最近、冬虫夏草の動画を見るのにハマっていた
どこか風流さを感じるいとおかしな名称と、普段はお目にかかれない世にも奇妙な現象に虜になっているのである
そんな話は置いておいて、旅行に行った 金沢である
友人のななつさん、えーさん、そして私の3名で、かねてから計画されたりされなかったりしていた金沢旅行であった
「いつ行く?」
「来年だな」
旅行計画の話題が上がるたび、予定を先延ばしにするその言葉が何度発せられたかわからないほどであったが、ついに実施と相成った
しかし、もしかしたらそれは、なにか悪寒があったが故の先延ばしだったのかもしれない
それも今思えばの話であるが…………
とりあえず、大宮駅からしんかんせぇんで金沢駅に到着
しかし、異変はいきなり起こった…………
午後1時集合という、旅行としては余りに舐めたスロースターターな時間設定にも関わらず、一人いないのである
同行するはずの友人の一人、「えーさん」の姿が見えないのだ…………
連絡によるとしんかんせぇんに乗り間違えたらしい
でもそれはおかしい…………
えーさんと言えば仕事も家庭も順風満帆な人格者であり、本来そんな凡ミスをしでかすような輩ではないのだ…………
この時点で私は察することになる
「この街は、なにかがおかしい気がする…………」
この街が、何か我々に影響を与えている、悪影響を
人格者であるえーさんの行動を脅かすほどに…………
もしかしたら、異変はこれくらいじゃ終わらないかもしれない
そしてその予感は、的中してしまうのだった…………
一抹の不安を抱えながらも、最初の目的地である近江町市場へと到着
まずは金沢の台所と言われるここでお腹を満たそうという算段である
しかし、ここでも異変は起こっていた
摩訶不思議な出で立ちをしたオブジェの姿が、そこにはあった
なにかが乱雑に巻かれたソフトクリーム
「(いったいこれはなんなのだろうか・・・・・・)」
しかし、その疑問は直ぐに解決されることになる
手書きで書かれた「金箔ソフト有ります」の文字
どうやらこれは、飛んできたゴミが引っかかっているのではなく、金箔を表現したものであるようだった
「(マントにしか見えないが・・・・・・?)」
景品表示法に違反しているとしか思えない誇大広告が、そこにはあった
だが、それを指摘するものは市場に誰もいない
周りを見渡してみても、物珍しい商品に目を輝かせている観光客ばかりだ
おかしい…………いや、おかしいのは私のほうなのだろうか…………?
もしかしたら我々は既に、何かに侵されている状態なのかもしれない…………
そんな考えが脳裏によぎりはじめていた
異変は金箔だけではない
とある水産のマーク
何か既視感が…………
しかし、これにも何か指摘するような声が上がるわけでもない…………
「無法」
その言葉を、旅行の浮ついたテンションだけで多い被して隠すような、そういう闇が垣間見えてしまうような光景があった…………
市場を出ても異変は続く
我々を待ち受けていたものは、首の曲がった街灯のオブジェであった
何かの暗示だろうか・・・・・・
確かに、金沢は芸術の街として知られ、多くの彫刻作品が街に点在している
これも作品なのかもしれない
そう思ったが、しかしこの街灯においては特にキャプションらしきものが見当たらなかった…………
つまり天然物というわけである…………
これ以上、この土地に居続けると、お前の首もこうなるぞ
そういわれているかのようで、身の毛もよだつ思いだった…………
何故そんな被害妄想を? と思うかもしれない
しかし、この街はさっきから何かがおかしいのだ…………その事実が私の思考を確実に鈍らせていた…………
「もう宿へ行こう」
そう思ってバスに乗ると、バスの中に何故かスコップがあった
スコップ…………埋める道具…………いったい何を…………誰を……………………
そんな予感が脳裏をよぎってしまう…………
「勿論そんなことがあるはずがない」
普通はそう思うかもしれない
しかし私はもう、普通とは言えない状態なのである…………
スコップと言えば、ゆうに3メートルは超えるであろうサイズの存在も確認ができた…………
ここはひがし茶屋街という江戸時代から続く茶屋街で大変賑わっている場所なのだが、その中の、ひとけのないエリアで発見してしまった
ひと気のない場所に隠されたスコップ…………
そして「スコップを使った何か」は、少なくとも江戸時代から慣例的に行われている所業ということがわかる…………
歴史的な裏付けは、私をより深い闇へを誘うのに十分な効果を発揮していた…………
「少し休んだ方がいいかもしれない・・・・・・」
そう思い、宿の玄関を開ける
しかしこの宿にも異変があった
宿に誰もいないのである…………
客もそうだが、スタッフすらも…………
我々は誰もいないカウンターの内線越しに受ける指示のままに、ドアのロックのパスワードを解除し、部屋へ案内された…………
それはまるで、デスゲームのゲームマスターから指示を受けているような気分だった…………
我々以外誰もいない宿で、ふと視線を横にやると、同行者である「ななつさん」がアルパカ(赤ワイン)のボトルをほぼ一人で飲み切っていた…………
もしかしたら彼も…………私と同じように不安を感じ…………そうやって気を紛らわせていたのかもしれない…………
駄目だ、もう寝よう
寝て起きたら、こんなネガティブな思考はきっと消え去っているだろう
睡眠は全てを解決する、その言葉を信じ、我々は眠りについた
しかし、そんな悠長なことを言っている場合ではなかった
翌朝の出来事である
同じ部屋に泊まっている「えーさん」が寒いと主張し、暖房をつけると言い出した
このときは5月だったが、まだまだ冬の気配はしぶとく残っており、確かに金沢の朝は冷えていた
部屋が寒いのは私も同じだったので、暖房をつけることを快諾する
エアコンを軽快に操作して再度布団に潜ったえーさんだったが、リモコンの表示をみて私は驚愕する
「冷房」なのである
えーさん「あぁゴメン、温度しかみてなかったわ」
思わず指摘した俺に返ってきたのはそんな返事だった
「温度しかみていない」
しかし、その温度にしたって20度なのだ…………
言うまでもないが、それは部屋を暖めたい人が設定するような温度ではなかった…………
この街に巣くう「異変」は、もう既に我々の内部へと、冬虫夏草のように浸食してしまったのかもしれない
手遅れだった…………
それが確信へと変わった瞬間だった
逃げるようにして、我々は帰路についた
風土病というものがある
この土地を離れさえすれば、すべては正常に戻るだろう、その確信が私には何故かあった
大都会大宮へ到着し、晩御飯
サイゼリヤで豪遊していくうちに、私は日常の感覚を取り戻していった
そして、腹いっぱいの高級イタリアンと酒を飲んで会計を見ると、一人たったの1500円だった
あの街で食べた店員が刺身のネタを把握すらしていない店の海鮮丼3000円は夢だったのか…………?
夢だったのだろう…………
こんな思考へ陥ってしまったのは、冬虫夏草の動画を見ていたからかもしれない
そう思うことで、感情を上書きすることにした
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