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天敵彼女 (7)

 その日の教室は、嫌になるほど静かだった。

 女子が半分欠席という惨劇に、俺は胃がキリキリと痛んだ。

 まさか、馬鹿正直に欠席理由を学校に申告した子はいないだろうが、もしも真相がばれてしまったら、俺はどうなってしまうのか?

 少し前に世界を席巻した、新しいウイルス並みにやばい人間だと思われるのだろうか? 少なくとも、教師や保護者達にそう認知されるのはまずい。

 俺は、この嵐が過ぎ去るまでどうやり過ごしたものだろうと考えていたが、学校を休んだ天敵達が大人しく寝込んでいる保証などないことを忘れていた。

 何をどうしていたのか分からない内に放課後になり、俺は誰にも話しかけられないよう、急いで学校を出た。

「叶野様ぁああああああああっ!!!!!!」

 いきなり、後ろから誰かの叫び声がした。

「えっ、何?」

 家まであと数メートルの距離で、俺は動けなくなった。さっきから女子が俺の方を見ている。

「悪いけど、ここ家なんで。帰ってくれる?」

 正直、俺はパニック状態だった。天敵が家の前にいる。校舎裏とは違う。このままでは家に帰れない。この状況は、俺にとって絶体絶命だった。

 何とか平静を装ってはいたが、背中を変な汗が伝っていた。

 この時ばかりは無表情に生まれてよかったと思った。

 俺は、ひたすらグイグイ来る女子を、何とか帰らせることに必死になった。

「ごめんね。この後用事があるんだ」

「じゃあ、付いていきます」

「家族の用事だから君は無理だよ。近所迷惑になるし、帰ってくれる?」

「私、待ちます」

「ここは困るよ」

「近くのファミレスにいるので、用事終わったら連絡ください」

「えっ、連絡って?」

 俺は一瞬で血の気が引いていくのを感じた。

 女子はものすごい手つきでスマホを操作し、QRコードを表示した。

 四角いまだら模様を俺の目の前に突き出し、連絡先を交換しようとする女子の圧が半端ではなかった。

「いやいやいや、これは出来ないから」

「どうしてですか? 私帰れませんよ?」

「それでも、無理なものは無理だから」

「嫌です。私諦めません」

「いいから帰って」

「好きな人いるからって、まだ終わりじゃないです。私の方が好きです」

「やめてくれる? 近所迷惑になるんで……」

「やめませんっ!」

 そんな風に女子ともみ合っていると、私服姿の女子数人がその子と俺の間に割って入ってきた。

「何抜け駆けしてんのよっ!」

「順番守れよ。何一人突っ走ってんの?」

「ふざけんなよ、ブ〇」

「お前だよ、ド〇ス」

「やめっ、何すんの?」

「痛っ、こいつ殴った」

 もう誰が女子AでBなのかすら分からなくなってきた。当たりかまわず喧嘩を始める女子達。その中には、無言で最初の子を睨んでいる黒幕っぽいのまでいた。

 俺は、もうどうしていいのか分からなくなっていた。

「邪魔しないでよっ!」

「私とどこか行きましょうよっ!」

 さっきとは別の女子にいきなり手をつかまれた。俺は悲鳴をあげそうなのをぐっとこらえた。

 気が付けば、俺の周りには五、六人の女子がいた。

 終わった。俺は、顔面蒼白になり、呆然と立ち尽くした。

 何とか家に逃げ帰ろうとしたが、玄関前は女子に固められている。ふと見ると、ポストから何かがはみ出していた。

 手紙だ。学校を休んだ女子どもが、俺の家にトラップカードを伏せ、ダイレクトアタックをしかけている。

 もう逃げる場所はない。

 俺は血の気が引いていくのを感じた。

「叶野様、好きな人いるなんてやめてください」

「私のどこがいけないんですか?」

「私と逃げて下さい」

 女子達は、近所迷惑など考えないトーンで叫び続けた。

 女の金切り声を聞くと、俺は昔から具合が悪くなる。

 ある種のフラッシュバックなのかもしれない。

 俺はどんどん身動きできなくなっていった。

 もう駄目かもしれない。

 そんな事を考えていると、誰かが俺に手を振った。

「峻、どうしたの?」

 俺の周りを取り囲んでいた女子が、一瞬にしてフリーズした。

 さっきまで途方に暮れていた俺は、心底ホッとした。思えば、俺が大変な時、いつも助けてくれたのは奏だった。

「あ、ごめん。ちょっとトラブってて」

「そっか、困ってる?」

「うん」

「分かった」

 奏は、俺の手を引くと門扉を開け、学生鞄から玄関キーを取り出した。何故か、誰も邪魔をしなかった。後ろから女子達の悲鳴が上がった。

 俺は、ようやく家に中に入るとため息をついた。

「大丈夫?」

 優しい奏の声。

 俺は、思わず奏の手を掴んだ。

「ありがとう。本当に助かったよ」

「いいよ。気にしないで……あと、ちょっと痛いかな」

「あっ、ごめん」

 俺は、奏の手を慌てて離した。まだ、外から女子の声が聞こえてくる。あのままどんどん人が集まってきたらどうなっていたか分からない。

 本当に奏が偶然来てくれなかったら……。

 でも、本当に偶然なのか? 最近、俺と奏は——俺は、ふと奏に尋ねた。

「今日は、どうしてここに来たの?」

「ちょっと用事があって」

「そうなんだ」

 言葉少なな奏。

 俺は、まだ状況が理解できないでいた。そもそも奏がここにいる事の他にも何かあった気がする。

 そもそもどうやって家に入ったか考えた所で、俺はハッとした。

「鍵、どうしたの?」

「おじさまから預かったの。これからお母さんも来て、ちょっと話し合いをすることになりそう」

「そっか。今日、これから?」

「うん、峻にも迷惑をかけることになるかもしれない」

「そんなの気にするなよ。さっきだって助けてもらったじゃん」

「……ありがとう」

 微笑む奏。

 俺は、今日の話し合いがどんなものなのか分からないが、どんな内容でもなるべく奏の力になりたいと思った。

 少し冷静になった俺は、ようやく俺も奏も靴すら脱いでいないことに気付いた。

「あっ、ごめん。早く上がって」

「うん、おじゃまします」

 俺は、奏をリビングに通すと、自分の部屋に戻った。まだ膝が震えていた。

 助かった……俺は、ベッドにへたり込んだ。

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