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天敵彼女 (82)

 目を覚ますと、辺りが暗かった。

 慌てて一階に向かうと、既に父さんも縁さんも帰っていて、食卓を囲んでいた。

 まさか、奏が作ってくれたのか? でも、食材がなかった気が……俺は、父さん達に一声かけると、奏の姿を探した。

「峻、起きたの?」

 リビングから奏の声がした。

 俺は、声のする方に向かった。奏はソファに座り、いかにも作業中と言った感じだったが、俺の位置からは何をしているのか良く分からなかった。

「う、うん……食事、どうしたの?」

 俺がそう訊ねると、奏は作業の手を止めずに答えた。

「お母さんが作ってくれたよ。買い物どうしようか相談したくて、峻にメールしたんだけど、返事がなかったから、お母さんに頼んだんだよ」

 奏が振り返った。何か手に持っているようだった。

「ああ、そうだったんだ……奏が一人で出かけたんじゃないかって、心配で……」

 俺は、スマホをチェックした。確かに、奏からメールと着信もあった。

 いくら寝不足だったからと言って、さすがにこれはまずい……俺は、ちょっとした自己嫌悪に陥った。

「何か、今朝からごめんね……奏を一人で出かけさせるところだったよ」

「そんな、謝らないで……こっちこそ、昨日はごめんね」

 一瞬、昨夜の光景が頭に浮かんだ。多分、奏は何げなく口にした言葉なんだと思うが、俺は急に頬が熱くなるのを感じた。

「べ、別にいいよ。それより、縁さん達、用事終わってたの? 何か俺のせいで途中になってたら申し訳ないというか……」

「ううん、もう帰る所だったって……もし、用事終わってなかったら、峻の部屋に強行突入する予定だったんだけどね。それはそれで、ちょっと残念かな」

 奏が意地悪な笑みを浮かべた。

 俺は、何とかうまい切り返し方はないかと考えていたが、奏が手にしているものに気付くと思わず声をあげた。

「奏、そそそ、それ!」

「えっ? うん、洗濯機に入ったままになってたから、取り出して畳んでたんだよ」

「ででで、でも、そ、それ!」

「気にしないで。乾燥まで終わってたし、楽なものだったよ。おじさまも洗濯したいみたいだったしね……何かまずかった?」

「べ、別に……で、でも」

 俺は、言いたいことがあり過ぎて言葉に詰まった。

 かろうじて、奏が手にしているものを指差す事だけは出来たが、奏の顔は見れなかった。

 それからしばらく気まずい沈黙が続き、奏がふとある事に気付いてしまった。

「もしかして、これ? ああ、大丈夫だよ! でも、峻ってこういうの履いてるんだね」

 奏が無邪気に俺の目の前に突き出してきた「それ」は、俺のメンタルをゴリゴリ削ってきた。

「ちょちょちょ、それっ! 駄目!」

 俺は、奏から「それ」を取り上げると、奏が畳んでくれた洗濯ものの中に隠した。

 何か大事なものを奏に握られた気分だった。こうやってだんだん頭が上がらなくなって行くんだろう。

 俺は、その後しばらく放心状態になったが、何とか言葉を絞り出した。

「洗濯物畳んでくれて……あ、ありがとう……ご飯食べようか?」

「そうだね」

 奏が立ち上がった。俺は、下を向いたままその後を追った。

「どうした? 峻? 何かあったのか? 顔が真っ赤じゃないか?」

「あらあら……」

 何故か、父さんも縁さんもニヤニヤしていた。奏と俺を交互に見ながら、何か言いたげな感じだった。

 当然、言いたいことは分かっている。普段なら、十中八九以上スルー一択だが、この時の俺はつい反応してしまった。

「な、何だよ?」

 次の瞬間、縁さんは目を反らし、父さんが妙に食いついてきた。

「良かったな、峻。なかなかいないぞ、パ〇ツまで畳んでくれる子は……」

 何故か、その単語の一部がうまく聞き取れなかった。多分、脳が拒否していたんだろう。

「うん、ソウダネ。本当にありがたいよ」

 俺は、いたたまれない気持ちで、食卓のいつもの場所に座った。

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