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ヒューマノイド∽アイドロイド∅ガール (1)

 僕は、今日もただ、モニターを見つめている。

 映っているのは、超高速でスクロールする文字列だけ。

 当然、読めない。どこが正しくて、どこが間違っているのかすら分からない。

 ここで僕が出来る事は、息をして、座り心地の悪い椅子に腰かけ、ただひたすら時間をつぶすことだけだ。

 僕は、何をしているのだろう? こんな日々から何を得られるというのだろうか?

 もう二十歳は過ぎた。

 気が付けば、すぐアラサーだろう。

 すっかり忘れてしまったが、今は人生でそこそこ大事な時期らしい。スキルアップとか、キャリアアップとか、やるべきことが沢山あるはずだ。

 なのに、一体どうしたっていうんだ? 僕は、ため息をついた。

 本来、ここにいるべきなのは、マッハで通り過ぎていく文字を認識し、理解し、問題点を指摘できる存在だが、僕はその入り口に立つことすら不可能だ。

 どんなに努力したところで人間の目はこんなものを読むように出来ていないからだ。

 ここでは僕の戦闘力はゼロだ。全く完全に何の可能性もない。ただ、時間を無駄にしているだけだ。

 では、何故こんな無為なことに関わり続けているのか?

 それを考え始めると長くなる。少なくとも、こんなことを素で行えるほど僕はいかれていない。金がもらえるからこんな馬鹿げたことをしている。生活のためにわざわざやっているのだ。

 これは仕事だ。断言はできないがそうだと信じたい。

 時々忘れそうになるが、僕はまだ働いている。その証拠に、今朝だってわざわざ公共交通機関を利用してここにきた。もちろん、ここに親戚縁者、友人はいない。プライベートな理由でここに来る理由など微塵もない。

 そんな場所で、会社に頼まれたことをしている以上、ここは職場と言わざるを得ない。

 人間の居住性など考慮されていない場所に、強引に椅子を持ち込んだだけ感が半端ないが、一応「モニタールーム1」と呼ばれている。巨大なコンピュータシステムのメンテナンス用の部屋だ。

 僕と数人の同僚は、機械が万分の一の不具合で止まったりしないか監視するためにここにいる。

 モニター係→休憩→監視係を一日三セット繰り返せばいいだけの簡単なお仕事。しかも、休憩といっても昼食休憩以外はちゃんとバイト代が出たりする。

 こんな高待遇の仕事が他にあるだろうか? 何か元気が出てきた。

 これから僕は一時間休憩して、次の一時間はモニター係を監視するモニター前に座る。

 監視係は、基本モニター係より楽だ。監視をするのはあくまで機械で、僕達はアラームが鳴ったら、別室までモニター係を起こしにいけばいい――ただ、それだけだからだ。

 休憩時間は、基本何をしていても自由だ。建物内の決められた場所にいさえすれば、特にタブーはない。

 このバイトは楽だ。どうしようもなく退屈なことを除けば、そんなに悪くない。

 僕は頑張った。絶望と向き合い、メンヘラの淵で耐えた。

 だから、少しくらいいいと思う。仕事中ボーっとしていたって……。

「あっ、やべっ!」

 僕は、モニターの異変に気付き、画面をタッチした。既に、警告表示が重ねて表示されていたが、特に問題はない。

 経験上、これは全然セーフな段階だ。何だったら、あと数分放置しても大丈夫だっただろう。

 僕は、思わずあくびをした。

 ここから先は、見なくても分かっている。反省を促すためか、少しだけ勿体ぶってから、画面に確認コマンドが出る。内容的には、異常表示に気付きタッチしたかどうかを「はい」か「いいえ」で答えるものだ。

 僕は、適当なタイミングでいつもの場所をタッチした。
 
 基本、ここで聞かれる事には全て「はい」と答えておけばいい。分かっていようがいなかろうが、それで全て丸く収まるのだ。

 僕は、もう一度あくびをした。

 それから数秒――案の定、警告表示が消えた。

 いつもながらクソなギミックだ。こんなしょぼい「生存確認」は完全無欠に無意味だと思う。

 僕は、復旧したモニターを見つめ、溜息をついた。

 超高速でスクロールする文字列。速さを万分の一にしない限り、僕には読めない。

 この鬼入力をしているのが、僕の次の「担当者」だ。僕は、そいつの仕事がストップしないかを指をくわえて見守っている訳だ。

 全くクソ過ぎるが、どうしようもない。

 もう分かっていただけたと思う。僕が任されている業務が、チンパン(ジー)レベルだという事を。

 こんなはずじゃなかった。ここに来た当初は、全く違う未来を思い描いていた。機械には真似の出来ないスキル的な何かを、僕は追い求めていた。

 実際、うぬぼれでもなんでもなく、ここにきてほんの数か月間は、僕がいなければ回らない業務が確かに存在した。

――人など不要

――人という超絶雑魚(wwww)

――劣等種人間

――地球一コスパの悪い生物

 などと言われるようになって久しい世の中で、僕は世間のお荷物にならない人間(希少種)という地位をここで確立するはずだった。

 にもかかわらず――僕は、フルボッコにされここにいる(絶望)。

 今の僕に出来る事は、モニター監視だけ。唯一の操作業務は、さっきやった警告表示――通称「ネズミ捕り」の解除だけだ。

 こんなのちょっと賢い類人猿ならできるとか、人として恥ずかしくないのかとか、もういっそ消えちゃえばとか、色々な意見があると思うが、全部正しいと思う。

 僕は、駄目人間だ。というより、人間だから駄目なんだと思う。

 だんだんヘラってきた。心が折れそうだ。早くここから出してくれ、頼む。

 思わず時計を見ると交代時間だった。振り返ると、無表情な奴が後ろにいた。

「……………」

「あっ、もう、ですか?」

 こいつは、バイト歴的には先輩に当たる。確か、斉藤さんだ。歳は知らないが、多分同年代だろう。

 正直、この斉藤らしき人とは一度だって話が弾んだ記憶がない。もう結構な期間、定期的に顔を合わせているが、会話の糸口すらつかめないまま今に至っている。

 よりによって無口な方かよ。普段ならスルー定石だが、ちょっと凹んでいた僕は無駄な挨拶をした。

「ありがとうございました。お疲れっす……」

「……………」

 案の定、変な雰囲気になった。いつもならさっさとモニター野郎になる斉藤さんが、何故かこっちを見ている。

 相変わらずの無表情がちょっと怖かった。他人の心の闇に全く興味がない 僕は、即座に逃亡を決意した。

「じゃ、失礼します」

 斉藤さんに背を向け、歩き出す。

「あ……ちょっと」

 何故か呼び止められた。ガチで怖かった。

 かなり嫌な予感がしたが、僕は振り返った。同僚をシカトはまずいと思ったからだ。

「なんすかぁ?」

 僕は、多少明るめの返事をした。いきなりの沈黙が重い。出来れば、全部気のせいにしたかったが、どうもそうではないらしい。相変わらずの無表情から、斉藤さんが呟く。

「俺、今日までだから。麻生地さんも……」

 一瞬、何を言っているのか分からなかった。何の前触れもなく、モニター前の置物位に思ってた奴の個人的事情に触れ、僕は若干戸惑っていた。

 今思えば、ここで不思議に思うべきだった。僕は、斉藤さんが久しぶりに二文節以上の「お言葉」を発した衝撃にやられ、大事な事を見落としてしまったのだ。

「えっ? あっ、そうですか」

「じゃあね」

「お世話になりました」

 すげぇ簡単な挨拶の後、僕と斉藤さんは互いに背を向けた。僕は、もう振り返らず今度こそ部屋を出た。

 何か心がざわついていた。どうせ仕事らしい仕事などないが、休憩は休憩として大切にしたい気持ちもあったのだが……。

 しばらくして僕は気付いた。気付いてしまった。

 部署消滅、ナマポキタコレ。

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