天敵彼女 (59)
俺は、まだ混乱していた。
何となく、奏と早坂の後ろを歩き、周囲を警戒していたが、どうにも気が散って仕方がない。
もし、こんな状況で元実習生にエンカウントしたら? 俺は、集中力を高めるために、現在の状況をざっと整理する事にした。
まず、大きな変化としては、警護対象が奏一人から早坂を加えた二人に変更された点だ。
早坂は、ストーキングの対象ではないようだが、奏を元実習生が取り逃がした場合、早坂に攻撃が向かう可能性が捨てきれない。
朝の事を考えると早坂に逃げ足を期待するのは難しい。余りにも足が遅く、疲れやすいからだ。
ある意味、早坂の存在はネックになりかねない。元実習生が、早坂を人質にとって奏の動揺を誘ってくる可能性があるからだ。
そんな状況下で、元実習生に不意を突かれたら? 考えるだけでゾッとする。
俺は、自分に言い聞かせた。早坂がうちに来る理由などどうでもいい。大切なのは無事に家に帰る事だけだと。
そんな俺の心配をよそに、奏と早坂は何やら話し込んでいる。本当にこの二人は仲が良い。
ほとんど聞き取る事は出来なかったが、信号待ちの間の会話だけは何とかキャッチすることが出来た。
「……ごめんね」
「いいよ。それより佐伯君は大丈夫なの? 急にこんな事になって、気分を悪くしていないと良いんだけど……」
「それは大丈夫だと思う。今日から奏ちゃんの家に行くって言ったら、良い気分転換になると良いねって言ってくれたから……」
「そう……しばらくうちから通ったら、また佐伯君と一緒に登校するの?」
「うん、そうなると思う……」
「そっか……じゃあ、佐伯君も都陽も、お互い良い気分転換になるといいね」
「うん、そうだね」
一瞬、早坂の横顔が見えた。屈託なく笑っているようだった。
どうやら、少しは元気を取り戻してくれたようだ。余程、佐伯と一緒に帰るのが嫌だったのだろう。
そんな事を考えている内に、俺達は家に着いていた。
「じゃあ、こっちから入って」
俺は、うちの玄関を開け、奏達を迎え入れた。
「おじゃまします(高音)」
それから、奏は早坂を連れ、渡り廊下から自分の家に戻った。俺は、夕食の準備もあるのでキッチンに向かった。
とりあえず、冷蔵庫をチェックすると、余り食材がなかった。早坂の好き嫌いなど確認したいことはあったが、着替え中だと悪いと思い、とりあえず時間をつぶすことにした。
俺は、今日の献立案を考えながら、奏達に確認すべき事リストを作り始めた。
まず、早坂が今日から奏の家に泊まるのだとしたら、着替えとか明日からの教科書とか色々必要なものがある。
恐らく、早坂の両親が届けに来るはずだ。その時、場合によってはうちで食事をして帰ってもらう事も考えなければならない。
その為、夕食を食べる人数を最初に確定する必要があるだろう。
次に、主に早坂と、もしかしたらご両親に苦手な食材がないかなども確認した方がいい。
最後に、早坂のご両親が来るとしたら何時ごろになるのかも聞いた方がいいだろう。
俺は、簡単に確認項目をメモに書きだしてから、奏にメールした。内容的には、夕食の事で確認したことがあるけど、今いいかな? といったものだ。
奏からはすぐ返信が来た。電話でも良いと思っていたが、早坂と一緒にこっちに来てくれるそうだ。
それから、しばらくすると二人そろってリビングに来た。
奏は私服。早坂は、女子校の制服姿だった。
俺は、思わずギョッとした。そう言えば、早坂はうちの学校の制服(特注)をまだ持っていないんだった。
こんな事すら意識しないと認識できない俺は、女関連の情報にかなりのフィルターがかかっているんだろうと思った。
俺は、内心動揺していたが、なるべく表情に出さないようにした。
「ごめんね。どうしても確認したいことがあったから……」
「気にしないで。それより確認したい事って?」
「ああ、それなんだけど……早坂のご両親って今日来るの?」
「うん、着替えとか、教科書とか持って来てくれるみたい」
「そっかぁ……何時ごろ来られるの? 夕食時だったら、うちで一緒に食べてもらった方がいいでしょ?」
「それは大丈夫だよ。さっき聞いたら、都陽のお母さんが自分達の食事は必要ないって言ってたから」
この瞬間、俺のTO DOリストが更新された。さすがに早坂のご両親の分も食事を用意するとなると、かなりハードルが上がるので内心ホッとした。
とりあえず、二人にお礼を言うと、奏が俺にそっと耳打ちをした。
「……悪いんだけど、今日はいつもよりかなり多めに作ってくれるかな?」
「えっ?」
俺は、奏の顔を見た。何か言いにくそうにしている。早坂はさっきからずっと黙り込んだままだ。
どう考えても何かがおかしい。俺には、奏の言っている意味が分からなかった。
追加は早坂だけなのに、どうして?
早坂ってそんなに食べるのか? 一体、その栄養はどこに? そこまで考えた所で、俺は地雷臭を感じた。
とにかく、この件は余り詮索しない方が良いと思った。
それから、俺は早坂に苦手な食材がないかを確認した。基本的に好き嫌いはないとの事だった。
また、違和感が仕事したが、やはりこの件は掘り下げるべきではないと思った。
俺は、早坂にお礼を言うと、逃げるように買い物に向かった。
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