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天敵彼女 (61)

 俺と父さんは、箸を止め呆然としたまま、目の前の信じられない光景を、ただ見守っていた。

 もう何度目のおかわりになるだろう? こんな事なら、最初から丼飯にしておけばよかった。

 俺は、早坂の見た目にすっかり騙されていたようだ。先入観にとらわれるのは良くないが、さすがにこれを予想するのは無理じゃないか?

 そんな事を考えている内にも、早坂がどんどん海老と米を飲み込んでいく。特別がっついている訳でもなく、比較的きれいに食べている方だと思うが、とにかくペースが速かった。

 奏がいなかったら、俺は完全にやらかしていた。今頃、お腹をすかせた早坂の前に、空の皿と小さな茶碗だけが並んでいただろう。

 つくづく人をもてなすのは難しいものだ……などと考えている内に、また甲高い声がした。

「すみません。お願いします」

「う、うん……」

 俺は、小さめのお茶碗にこんもりとご飯を盛り付け、早坂に渡した。もう早坂の皿にはほとんどエビチリが残っていない。

 もう、なのか? 俺は、一度キッチンに戻ると、フライパンに残ったエビチリを大皿に盛り付け、早坂の前に置いた。

「わぁ、いいんですかぁ?(高音)」

「いいよ。しっかり食べて(汗)」

「ありがとうございます(高音)」

 この〇さい体のどこに? 

 まさか、早坂がこれだけの大食漢だとは夢にも思わなかった。

 奏がご飯を多めに炊いてくれていなかったら、今頃どうなっていた事か……。

 俺は、かろうじて一口だけご飯を口に運んだ。

「すみません(高音)」

「おおっ、すごいね(動揺)」

「ご飯、自分でよそいましょうか?(高音)」

「いいよ。早坂はお客さんなんだから(遠い目)」

「ありがとうございます(高音)」

 それから、数十分。嵐のような時間は過ぎ去り、俺は空になった炊飯器のコンセントを抜いた。

「どうしたの? 食べないの?」

 早坂の食べっぷりに圧倒され、すっかり食欲がなくなった俺に、奏が話しかけてきた。

 ちなみに、奏も縁さんも普通に食事を終えようとしている。俺や父さんのように、早坂の食事風景に度肝を抜かれなかったようだ。

 どうやら二人は、以前早坂と一緒に食事をしたことがあるようだ。

 ある意味、このミニブラックホールぶりに免疫があるんだろう。

「あっ、ああ、すっかり食べるの忘れてたよ。ねぇ、父さん」

「う、うん……このままじゃみんなを待たせてしまうな」

「そ、そうだね。ハハハハハ」

 それから俺と父さんは、慌ててエビとメシを詰め込んだ。

 正直、何を食べたのか良く分からない感じだったが、何とか二人とも食事を終える事が出来た。

「何かすみません(高音)」

 食器を片付けていると、早坂が話しかけてきた。何だか、無茶苦茶恥ずかしそうにしている。

 よく見ると顔が真っ赤だ。俺は、思わず吹き出しそうになった。

 まるで、〇さな身体でエビチリを食べ過ぎたせいで、皮膚が真っ赤に染まってしまったように見えたからだ。

「ブフゥ……き、気にしないで」

「でも……」

「いいから、向こうで奏と話をしてなよ。うちは当番制だから、早坂は向こうでゆっくりしてていいんだよ」

 これには、自分でも驚いた。俺が天敵にろくな警戒心も持たずに接するのは、本当に珍しい事だからだ。

 多分、俺はこういう意外性のある人物が嫌いじゃないんだろう。

 むしろ、男に対して女の武器を最大限行使して来るようなあざといタイプより、好感が持てる位だ。

 俺は、帰りかけた早坂に声をかけた。

「今日はありがとね。あんなにおいしそうに食べてくれたから、作った甲斐があったよ」

「ぐぬぬ……いえ、そんな……すみません」

 早坂が何とも言えない表情を浮かべた。俺は、フォローのつもりで、やらかしてしまったようだ。

 やはり、女の子の相手は難しい。早坂は、さっきよりも真っ赤な顔をして立ち去ってしまった。

 一瞬、追いかけた方が良い気がしたが、この感じは俺にはどうする事も出来ないだろう。

 無理なものは無理。後で、奏に謝ろう……俺は、早坂を見送ると、汚れた食器をシンクに並べた。

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