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『パンとサーカス』の著者島田雅彦氏のソーニャ論に刺激されて、ドストエフスキー『罪と罰』を読んでみた

若い頃に、文庫版を購入して、何度か、挑戦してみたが、あまりに長い物語のため、途中で、退屈してきて、挫折するということを繰り返してきた。ところが、『パンとサーカス』の著者、島田雅彦氏が、ヒロインの桜田マリアを、『罪と罰』のソーニャをイメージして書いた、と述べていたことに、興味を抱いたので、Kindle版を購入して、何度目かの挑戦してみた。

76歳という高齢となると、裸眼で、文庫本の小さな文字を読むのが、辛いので、スマホの画面でも読めるKindle版で読むことにした。

Kindle版だったせいなのかは、分からないが、意外と、サクサクと読むことができ、出来事の展開にも、各登場人物の心理描写の精緻さにも、ワクワクできた。こんなに、面白い小説を、何故、若い頃に、楽しむことができなかったのかと不思議にさえ思えた。

登場人物を紹介します。作中の人名は、フルネーム、略称、愛称と入り乱れて登場してくるので、それを、追っかけることに、苦労した。この人名は、誰だったのかと、見失うこともあったが、とにかく、読み進めていくことで、文脈から想定するようにした。ウキペディアより、登場人物を、コピペした。読む前に、これを、コピペすれば良かったのにと後悔している。だが、読み進めていく段階で、いちいち人名の確認作業で、中断すると、気が散漫になるのではとも思う。

登場人物

ロジオン・ロマーヌイチ・ラスコーリニコフ(ロージャ)
孤独な主人公。学費滞納のために大学から除籍され、サンクトペテルブルクの粗末なアパートに下宿している。
ソフィヤ・セミョーノヴナ・マルメラードワ (ソーニャ、ソーネチカ)
マルメラードフの娘。家族を飢餓から救うため、売春婦となった。ラスコーリニコフが犯罪を告白する最初の人物である。
ポルフィーリー・ペトローヴィチ
予審判事。ラスコーリニコフを心理的証拠だけで追い詰め、鬼気迫る論戦を展開する。
アヴドーチヤ・ロマーノヴナ・ラスコーリニコワ (ドゥーネチカ、ドゥーニャ)
ラスコーリニコフの妹。美しく芯の強い、果敢な娘。
兄や母の事を考え裕福な結婚をするため、ルージンと婚約するが、ルージンの横柄さに憤慨し、破局する。
以前家庭教師をしていた家の主人スヴィドリガイロフに好意を持たれている。
アルカージイ・イワーノヴィチ・スヴィドリガイロフ
ドゥーニャを家庭教師として雇っていた家の主人。ラスコーリニコフのソーニャへの告白を立ち聞きする。
マルメラードフの遺児を孤児院に入れ、ソーニャと自身の婚約者へは金銭を与えている。
妻のマルファ・ペトローヴナは3,000ルーブルの遺産を残して他界。
ドミートリイ・プロコーフィチ・ウラズミーヒン
ラスコーリニコフの友人。ラズミーヒンと呼ばれる。変わり者だが誠実な青年。ドゥーニャに好意を抱く。
セミョーン・ザハールイチ・マルメラードフ
居酒屋でラスコーリニコフと知り合う、飲んだくれの九等官の退職官吏。ソーニャの父。
仕事を貰ってもすぐに辞めて家の金を飲み代に使ってしまうという悪癖のため、一家を不幸に陥れる。最期は馬車に轢かれ、ソーニャの腕の中で息を引き取る。
カテリーナ・イワーノヴナ・マルメラードワ
マルメラードフの2人目の妻。良家出身で、気位が高い。肺病と極貧にあえぐ。夫の葬儀はラスコーリニコフの援助によって行われた。
ポーリナ・ミハイローヴナ・マルメラードワ (ポーリャ、ポーレンカ)
マルメラードフの娘。ソーニャの妹。
アマリヤ・フョードロヴナ(イワーノヴナ、リュドヴィーゴヴナとも)・リッペヴェフゼル
マルメラードフ一家に部屋を貸している大家。
プリヘーリヤ・アレクサンドロブナ・ラスコーリニコワ
ラスコーリニコフとドゥーニャの母。
ピョートル・ペトローヴィチ・ルージン
7等文官の弁護士。45歳。ドゥーニャの婚約者。ドゥーニャと結婚しようとするが、ドゥーニャを支配しようとする高慢さが明らかになり、ラスコーリニコフと決裂し、破局する。
ラスコーリニコフへの当て付けにソーニャを罠にかけ、窃盗の冤罪をかぶせようとするが失敗する。
アンドレイ・セミョーノヴィチ・レベジャートニコフ
役人。サンクトペテルブルクでルージンを間借りさせている。ルージンのソーニャへの冤罪を晴らした。
アリョーナ・イワーノヴナ
高利貸しの老婆。14等官未亡人。悪徳なことで有名。ラスコーリニコフに殺害され金品を奪われる。
リザヴェータ・イワーノヴナ
アリョーナの義理の妹。気が弱く、義姉の言いなりになっている。ラスコーリニコフに殺害される。ソーニャとは友人であった。
ゾシーモフ
医者。ラズミーヒンの友人。ラスコーリニコフを診察する。
プラスコーヴィヤ・パーヴロヴナ・ザルニーツィナ (パーシェンカ)
ラスコーリニコフの下宿の大家。8等官未亡人。
彼女の娘であるナターリヤ・エゴーロヴナ・ザルニーツィナはラスコーリニコフと婚約していたが、病死している。
ナスターシヤ・ペトローヴナ (ナスチェンカ)
ラスコーリニコフの下宿の女中。
ニコージム・フォミーチ
ラスコーリニコフが住む区の警察署の署長。
イリヤ・ペトローヴィチ
ラスコーリニコフが住む区の警察署の副署長。かんしゃく持ちで、「火薬中尉」とあだ名される。
アレクサンドル・グリゴリーウィチ・ザミョートフ
警察署の事務官。ラズミーヒンの友人。

ざっくりとしたあらすじ

学費滞納のため大学から除籍された貧乏青年ラスコーリニコフが、悪名高い高利貸しの老婆アリョーナと彼女の義理の妹リザヴェータを殺害した。当然のことながら、ラスコーリニコフは罪の意識などによる、苦しさに、いたたまられなくなり、ソーニャに告白した。ソーニャは、ラスコーリニコフに警察に自首することを薦め、ラスコーリニコフは、それに従った結果、シベリヤ流刑8年の刑を受けた、というストーリーである。

感想

ポルフィーリー・ペトローヴィチは、ラスコーリニコフを老婆殺しの犯人だという確信をもっているが、確たる、証拠がないため、心理的証拠だけで、ラスコーリニコフを、いたぶりつくしながら、追い込んでいく描写は、凄まじいものがあった。

さらに、ポルフィーリー・ペトローヴィチは、ラスコーリニコフが退学する前に、雑誌に発表した論文は殺人を肯定するものであり、あなたはそれを実践したのだろうと、心理的に、ゆさぶる作戦は、中々狡猾だった。

私は、スヴィドリガイロフという人物に、興味を抱いた。ラスコーリニコフがソーニャに告白するとき、隣の部屋で聞き耳をたてていて、それをネタにして、以前から好きでたまらなかったドゥーニャ(ラスコーリニコフの妹)に結婚を迫りながら、襲いかかった。しかし、ドゥーニャは手にしていたピストルを発射するなどで激しく抵抗したため、スヴィドリガイロフは、諦めて、その場を去った。

ラスコーリニコフのソーニャへの告白は、壁越しにでも聞こえる建屋なのに、ピストルの音には、隣人の誰も反応なしという奇妙な設定は無視するとして、何事もなかったように、スヴィドリガイロフは、裏さびれた宿屋で、一晩を過ごし、夜明け前の、まだ薄暗い時に、宿を出て、木偶の坊のような番兵がいただけの場所で、ピストルを頭部に向けて、味も素っ気もなく発射した。

犯罪を犯したラスコーリニコフは、自殺せずに、生き残るが、そのラスコーリニコフの犯罪のネタをつかんでいるスヴィドリガイロフが警察に知らせることもせずに、簡単に自殺してしまうという不条理には、呆れるばかりです。まるで、スヴィドリガイロフは、ラスコーリニコフの代わりに自殺したといわんばかりの描写だった。だからなのか、第六篇、第五章は、スヴィドリガイロフが主人公と思え、ラスコーリニコフは、かすんでいたように思えた。

ラスコーリニコフは、貧乏で、大学の学費を払うことができずに、退学し、あげくは、殺人を犯したといえば、安倍元首相を殺害した山上容疑者を思いだしてしまう。家庭環境は、まったくちがうが、貧乏、退学ということでは一致している。

殺人を犯すとなると、人間の思考の極致をさまようことになる。ラスコーリニコフは、殺人肯定の論文を発表したぐらいだが、いざ殺人を実行するとなると、心理的な葛藤とゆらぎで、七転八倒していた。ラスコーリニコフは、老婆であったが、山上容疑者は、元とはいえ、まだ、実権を握っていたかに見えた、国のトップであれば、さらに、動悸は激しくなるものと想定できる。

さて、桜田マリアとソーニャの類似性であるが、二人とも、娼婦で聖女であるということでは、一致していたが、聖女という面では、桜田マリアの方が、優っているように思えた。ソーニャは、ラスコーリニコフが流刑地に入ったときに、囚人たちには慕われていたが、基本的には、ラスコーリニコフのみが相手だったのに対して、桜田マリアは、老獪な人物を含めて、多数の登場人物に慕われていたという相違があった。





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