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小浜のわんたんめん

 ここで言う「小浜」は、合衆国大統領のオバマさんでは無く、福井県の小浜でもない。葉山から134号線を江ノ島方面に走って、日影茶屋の少し手前あたりに位置するラーメン屋さんの名前が「小浜」なのである。

話は私の葉山への移住まで遡る。

 私は2007年に、それまで住んでいた原宿から、唐突に葉山に移住することにした。

 思い立ったが吉日なので、ネットで引越し屋一括見積りを頼んでみた。翌日に早速、テレビで宣伝しているような有名業者から全く聞いた事もないところまで10社以上の見積りメールが届き始めた。
その中で目を疑うほど格安の業者が居た。
しかも『さらに値引き』みたいな事が書かれている。
早速電話してみたところ、電話応対も素晴らしい。
そして希望日に対応してくれるというではないか。
意地の悪い私は、試しに

「随分安いとは思うんだけど、もっと安くなんの?」

と聞いてみた。
すると、少し考えさせて下さいと言って電話口からは保留音が聞こえてきた。暫くして「大変お待たせ致しました」の声とともに、他の業者価格の約半値近い料金を叩きだしてきた。
1989年のF1日本グランプリ予選、アイルトン・セナが鈴鹿サーキットで世界最速ラップを叩きだした時のように、ブルっと震えた。
少し不安がよぎったものの、愛想も良いし、頼んでみる事にして、正式な見積書を送ってくれるようお願いした。

 2〜3日経って家のポストにその業者から郵便で見積り書が届いていた。
封を開けて中身を見ると、なんとそこにはエクスクラメーションマーク付きの注釈で、

「仏滅特別割引!」

と書かれていた。
なるほど、安い理由が分かった。
そんなもん気にならないと言えば嘘になるけど、その他諸々の組んでしまった予定もあるので気にしないようにして先に進む事にした。
ちなみにその引越業者の名は「感動引越センター」だ。
色んな意味で感動した。

 引越し前日作業を条件に、別の業者さんにハウスクリーニングも頼んだ。
ITリテラシーの高い私は、もちろんこれもネットで一括見積依頼をした。
その中でネーミングだけで何となく信用してしまう業者を発見。
その名も「おそうじ本舗」だ。

その昔「夜逃げ屋本舗」なる映画があって、その劇中で中村雅俊が大変良い仕事をしていた。同じノリを期待したわけでは無いが、なんか良いじゃないか「おそうじ本舗」と思ったのだ。
さっそく電話をしてみると

「どうしよっかな〜・・ん〜」

と悩んでいる。どういう事だろうか?
電話口に出た男の話を聞くと、前日の仕事が深夜12時から朝迄の仕事で、ウチの掃除をするとなると、寝ずにやることになるのだそうだ。なので

「じゃあ寝ないで来ればいいじゃん」

と軽く提案すると、その男も軽く

「そっすね!じゃ受けさせて頂きます!」

と軽く返してきた。
さすが「おそうじ本舗」だ。大変ノリが良い。
一応、念の為にこの両業者に「来てくれるのはとても有り難いけど、ウチに来るの大変だから覚悟しといて」と言っておいた。

 そう、新居への道のりは想像以上に険しく、初めて来る人のほぼ100%がビビる立地なのだ。
まず第一関門として国道から路地を入ると超急勾配な坂道が行く手を阻む。
初めてジェットコースターに乗った幼い頃をイメージして欲しい。

根性を出してそこを無事に通過したとしても気を抜いてはいけない。
さらに舗装されていない「もののけ姫」に出てくるようなシチュエーションの狭くて急な坂道が続くのだ。
ここで殆どの人は脳が麻痺するか、来なければ良かったと、心の底から後悔する。
たぶん道幅としては車一台が余裕で通れる道なのだろうが、左側面にうっそうと茂る木々と右側面に続く鬼のような崖が恐怖心を煽るだけで、本当は全く問題無い道なのだ。たぶん。

金曜日の朝、おそうじ本舗の山本はやってきた。
道に迷って。というか、この先に民家は無かろうと途中で引き返したらしい。約束の時間から遅れる事約30分。

「いや〜迷っちゃいましたぁ!」

見た目は若い頃の小野田寛郎さんみたいな男だ。
応対も良く好青年である。
「うわ〜、朝まで掛っても良いすか?」
全然構わないからやってくれと言って家の鍵を渡した。

小野田さんに鍵を渡し、届く予定だった荷物を宅配業者から受け取り、私は夕方になってから東京のマンションへと車を走らせた。高速道路を使えば約1時間で原宿に着く。

車の中で葉山での新生活を色々とシミュレーションしながらハンドルを捌く。その時、ふと思い出した。

そう言えば、明日は引越しだというのに、殆んど準備をしていない。

引越屋から届いた段ボール箱はヒモで束ねられたままだ…。
あまり考え過ぎると良くないので、友人とメシを食いに行く事にした。
食事には、その友人が経営する会社のバイト君達も一緒にやって来た。

彼等は東大生だ。
メシを食いながら

「君達は東大に入学した時点で人生の運の半分は使い果たしているのだから、これからは一層の努力をしないと勝ち残れんぞ」

と、何の根拠も説得力も無いヨタ話をして、東大生たちに「ウザい」という顔をされながら、ホロ酔い気分で豚しゃぶを食った。

帰り道で、何か忘れているような気がして一生懸命記憶を辿ってみた。

「そうだ、明日は引越しだ」

そう言えば荷物を全くパッキングしてないし、あれ? 数時間前にも同じ事を考えた気がするぞ。
考えても仕方がないので、独りで西麻布のBARにいつものバーボンを飲みに行く事にした。

翌朝になって、昨晩は結局飲んでしまいロクにパッキングが出来なかったので、友人に連絡をして、朝から手伝ってもらい、何とか終了した。
その友人は、さすがに自衛隊出身だけあって手際が良い。

そうこうしている間に引越屋の人達がやってきた。
友人の手際どころじゃない早さでテキパキとトラックに荷物を運んでいく。驚くほどの早さだ。
しかも笑顔でやけに愛想の良いお兄ちゃん達だった。
さすがは「感動引越センター」だ。

ダンボール箱から先に、荷台の奥にどんどん積んでいく。
ベッドを解体し、冷蔵庫を運び、洗濯機を積込み、そもそもそれほど荷物の無い家ではあったが、それなりの引越しらしくなり、ほぼ完了に近い状態になった。

「それじゃ、俺は先に車で行ってるから、分からなかったら電話して」

と伝え、車に乗ろうとしたら鍵が無い。
あれ? どうしたっけな?・・・。

しばらく考えてから思い出した。
1)昨晩飲みに行く時に、駐車場に車を入れて、
2)その時に小さい鞄の中に鍵をしまって、
3)その鞄は引越の時に邪魔だから、
4)ダンボール箱に詰めて荷物で新居まで運んでもらおう。

あ、箱の中だ。

引越屋のお兄ちゃんに
「あのさ、箱出せる? 鞄って書いてあるやつ・・・」
愛想の良い兄ちゃんは笑顔でこっちを見て何も言わない。
たぶん嫌なんだろうな。と悟った。
仏滅割引だし、到着してからの彼等の地獄を考えるとそれ以上は強制出来そうも無いので、スペアキーを取りに行く事にした。そもそもこの車は、私の車ではなく、友人の爺さんから預かっている車なのだ。
なのでその爺さんに電話をした。

「車の鍵、貸して」
「なんで?」

事情を説明し、自宅で洗濯中だった爺さんの元に鍵を取りに行き、無事に出庫する事が出来た。

1時間かけて葉山の自宅付近の国道に到着すると、なんだか見覚えのあるお兄ちゃんが道を走り回っている。
あれ? 誰だっけ?
あ、引越屋だ。

「なにやってんの?」と声をかけると
「道が分からなくて!」と言っている。

「じゃあ、すぐそこだから乗りなよ」と言うと
「走って現場の状況確認しますから!」と元気良く答えたので
「あそう?大変だよ」
と言いながら車を出すと、本当に走ってついてきた。
バックミラーで確認しながら家に向かう。
先ほど述べたように、ここからが我が家へ続く道は地獄なのだ。
ミラーを見ると、お兄ちゃんは膝から崩れ落ちそうになっている。

彼がなんとか家まで辿り着き、深呼吸をしながら間髪入れずに
「それではこれから荷物を運ばさせて頂きます!」
と言った時、私は心の底から素直に

「君は偉いな」と言ってあげた。

家に入ると見知らぬ男が

「おかえりなさい!」

と声をかけてきた。
本気でビックリしてよく見ると、昨日の掃除屋だった。
あぁ、そういえばこんなヤツに掃除なんか頼んだっけな。
昨日から何だか色々あってすっかり忘れていた。

威勢よく「驚くほどピカピカになりましたよ!」と報告されたので、チェックしてみると、なるほど驚いた。
さすがにプロは違う。
気持よく約束の料金を支払うと、小野田さんは去ってった。

しばらく待っていても、いっこうに荷物が運ばれてこない。
坂の途中まで様子を見に行くと、案の定、トラックが坂道を通れずに四苦八苦していた。
どうするんだろうな? と興味本位で見守っていたところ彼等は、

坂の下から人力で運ぶ

という戦略をとりはじめた。
これは見応えがありそうだ。

 二人の青年が、信じられない急勾配を、重い荷物を持って何度も往復する様は、十字架を背負ってゴルゴタの丘に向かうイエスのようだった。

まさに感動の瞬間である。

 予定していた終了時刻である15時を大幅にオーバーし、作業を確認しに行くと、いつの間にか作業員の数が6名に増えていて、汗だくの青年たちがプルプルしながら坂道を行ったり来たりしていた。

「なんか増えてない?」

そう聞くと、「全ッ然終わりそうにないので、本部に連絡して助っ人を出してもらいました!」と笑顔で答えた。
もちろん追加料金は取られなかった。
御礼に缶コーヒーをあげたら喜んでいた。

 こうして私の引越しは無事に終了し、忙しない都心を離れた何か良さ気な町「葉山」での新生活が始まったのだった。
新しい町での生活をエンジョイする為には、まずは近所の散策をしてみるべきだろう。

 葉山に来て初めての散策。ぶらぶらと国道134号線を歩いていると、なんてことはないラーメン屋をみつけた。

これが表題の件である。
店の名前は「しなそば小浜」

ここのラーメンの特徴は、とにかく麺が細い。細いのである。
細いので、早い。
湯で時間が、そうめん並なのだろう。
頼んでから出てくるまでが、他のラーメン屋を圧倒している。
そして、喉ごしも良い。
油断すると、すぐにのびてしまうので、運ばれてきたら直ぐに黙ってすするのが良い。
個性というか特徴らしきものは、それだけだ。


この小浜では必ず「わんたんめん」を注文する。

麺類メニューにはこの他に、しなそば/わんたん/しおめん/みそめん/めんまめん/ちゃーしゅーめん/小浜めん/しおわんたんめん/ちゃーはん/ごはん/ぎょうざ/ビールがある。

でも、わんたんめん がオススメである。

メニューの中で唯一の漢字を冠し燦然と輝く「小浜めん」だが、私は食べた事が無いものの、これを食べている人を見た事はある。
塩ラーメンを卵でとじた様な、決して美味そうには見えないラーメンだった。果たして店名を掲げる程のラーメンなのだろうか。

最寄りの逗子駅からも距離があり、車じゃないと行くのが面倒な場所にあるのだが、行けば分かる、この店の駐車場は停めるのが恐ろしく難易度が高いので、近所のコインパーキングか、葉山マリーナあたりに停めて歩いて行くのが良いだろう。

◯しなそば小浜
◯神奈川県三浦郡葉山町堀内69
◯0468-75-2727
◯定休日 月曜・第3火曜(営業時間 17時頃まで)

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