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どの愛が本物ですか

2018年6月29日、自分が男性不信だと気づいた。
「男性不信」ではなく、「愛の言葉不信」と言ったほうがいいかもしれない。

私は愛の言葉を信じられない。

付き合っている相手がそんな言葉を伝えてくれる時は、ありがたく受け取るし嬉しくおもう。だけど、自分でその言葉を言いかえすことはない。自分でも笑ってしまうくらい頑なに、口に出そうとしない。

照れているわけでも、相手にそういう感情がないわけでもない。今お付き合いしている相手は私がそういう事を伝えるのが苦手だと理解してくれているので、それが喧嘩の原因になることはない。だけど、あまりに頑なに口から出て行こうとしないので、自分自身とても不思議に思っていた。

なんでそんなことになってしまったのか、6月29日にはっと気づいた。

これまで何人かの男性とベッドを共にした。その中でも、すでに「誰かの相手」である人に限って愛の言葉をたくさん口にした。

愛してる
大好き
かわいいね
きれいだよ

いや、あなた本命がいるんでしょ。私を選ぶつもりがないのに、そんな空っぽな愛の言葉を投げてくれるな。お互いに今の欲求を満たしたいだけなんだから余計な言葉を持ち出してしらけさせないでくれ。

ああ人は簡単に嘘を吐けるのだと、幻の愛を語れるのだと、ベッドの中で愛の言葉がささやかれるたびに幻滅していったのを覚えている。

もちろんその後にその人と付き合うなんて展開にはならない。だってもう私はその人が偽物の愛の言葉を吐けるのを知っているから。自分と付き合っても、自分以外の誰かに愛を投げる可能性があると知ったから。

酔っ払ってぼーっとそんなことを考えていて、だから自分は愛の言葉を口にできないんだなと気づいたのだった。

「愛」も「好き」も簡単に嘘にできるということを知ってから、「愛してる」「好き」ってどんな感情なのかわからなくなった。言うのは簡単だけど、わたしは、自分の口から出てくるその言葉が本気なのかそうじゃないのか自分で判断できない。本気だって確信がないなら愛なんて口にすべきじゃない。

私を抱いたあの人たちだってあんなに愛おしそうな顔で私に愛の言葉を投げたのだ。だけどきっと彼女にも同じように同じような顔で愛の言葉を投げるのだ。

「愛」ってもっと特別な言葉じゃないの?

浮気心が芽生えてベッドまで来てしまったなら、言葉なんていらないから、獣のようにお互いの欲求を満たすことだけ考えたほうがいい。





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最後までありがとうございました。