ホンダ シビック TypeR(FL5) 試乗記

 オーダーが入りすぎて初期ロット分以外を引き当てた人以外はいつ納車されるのかわからないという人気っぷりに、最後のICV(内燃機関車) TypeRとなるかもしれない車への需要を読みきれなかった感を感じる。EV転換の指針が発表されたその裏で、内燃機関の研究に対するキャリア採用がオープンになっている状況を見ると、果たして本当にTypeRとして最後のICVとなるのかどうか、ほんの少しだけ、そうではない可能性があるのかもしれない。


諸元

全長×全幅×全高 4,595×1,890×1,405mm
ホイールベース 2,735mm
トレッド (前)1,625mm (後)1,615mm
車両重量 1,430kg
エンジン出力 330ps@6,500rpm
エンジントルク 420Nm@2,600-4,000rpm
トランスミッション 6速MT
タイヤ 265/30R19


全体の感想

 先代FK8と比較して、エクステリアが穏やかで大人になった印象で、ベースのシビックも然り写真写りの悪さが随分と気になるデザイン。実際に目の前にした時に感じる質実剛健な雰囲気は、写真からは全く伝わってこない、実物だけがもつ雰囲気がある。
 走る、曲がる、止まるにおける動作の全てが過激すぎず、ダルすぎず、非常に操作性の高い出来になっていて、ハイパフォーマンス寄りのスポーツカーとしてはびっくりするぐらい運転が簡単。エクステリアと同様に、先代よりも穏やかな乗り味の雰囲気を持っていて、緊張感を持たずに走ることができるが、走るパフォーマンスがあることを操作の結果の中にほんの少しだけ主張してきていて、ただのシビックに乗っているのではなく、TypeRに乗っているんだぞというのを忘れさせない乗り味はとても好印象だった。
 先代は、「俺、TypeR!速く走ろうぜ!な?俺もっと速く走れるから、アクセル踏め?」的な、デザインと同じく主張の激しい、少し緊張感のある乗り味だったので、新型のこの飾り気の無い中に中身の充実度が高い雰囲気は、まさに見た目の印象と合わせても質実剛健という言葉を当てはまると感じた。

詳細

ハンドリング

 切り始めの応答時間はきちんと速いけど、ヨーの出力はかなり穏やか。周波数の高い操作をするとそれに応じてきちんとヨーが高く出力されそうな雰囲気がある。もちろん街中で操作する、交差点を曲がるだけのレベルではあるけれど、横Gの立ち上がり方もヨーの出方と合わせて穏やかに立ち上がる。この辺りが先代は横Gの立ち上がり方が急激で神経質な印象を感じていたから、新型で随分扱いやすくなった印象。
 むしろ穏やかにリアの横力を立ち上げても安定させられるシャシーになったのか、普通にタックインのような動きをさせない綺麗に走らせる方が速く走れそうな感触。
 +Rモードでは減衰力が締まって、全体的に出力が上がる印象ではあるものの、基本的なハンドリングの性格は変わらないので、モードを変えたからと言って神経質になる必要は全くなかった。ある意味、ハンドリングという点ではモード差が大きくないような印象。comfortが先代よりもステア反力がしっかりしており、明らかに改善された。
 ゆっくりステアする人ほど、モード差を感じにくい可能性はある。ヨーの出方が穏やかで、それに合わせて切り初めの反力も低め。でも反力が低すぎるわけではないので、車の動きに合わせた分がしっかり出ている印象。
 きちんとヨーイングするし後輪のフィードバックもあるので、車両が小さく感じるし、車重が重たくなっているとは言われなければ気づかない。きちんと頭が入る動きをするので、ワインディングに持っていっても気持ちよく走れると思う。

乗り心地
 目隠ししてcomfortモードで運転したら、TypeRだと気づかない可能性が若干ある。それぐらい路面の起伏に対して角が吸収されていて、姿勢もフラットな状態を維持している。sportモードでも正直そこまで硬さを感じなくて、+Rモードになると細かな起伏をきちんと車体に伝えてくるようになる。タイヤがミシュランなだけあって、元々角が立ちにくい分、不快なレベルになりにくいのだと思う。+Rじゃなければ、スポーツセダンと同じぐらいの普通の乗り心地になってて正直驚き。
 先代はそこそこ地面からドンドンというか、路面に接地面を押し付けて使う印象だったので(メガーヌよりはるかにマシだけど)、いなしてタイヤを使う足に変わったのも今回の、車に緊張感を感じない印象の一つの要因かもしれない。

ブレーキ

 街中で使う0.1〜0.15G程度までであれば、柔らかいストロークのところで制動がコントロールできる印象で、遊びは少ない印象。踏力が少し硬くなるところで急激に制動力が立ち上がってくるので、0.2G以上のしっかりした制動を行う場面では踏力でコントロールしやすいのではないかと思う。
 ブレーキペダルはそこそこ左に寄っているのにペダルサイズがかなり小さいのは疑問。

エンジン

 同じエンジンを使っているけれど、トルク特性は随分変わった印象。トルクカーブを見ていないからわからないけれど、下から強烈にトルクを発生させようとしていた先代と比較して、新型は下の領域は少し穏やかに、中間の力強さが増えた印象。この変化もまた、運転がしやすいと感じる理由の一つ。モードを変えて一番変化を感じるところはこのエンジンの元気さで、Comfortはスポーツサルーンぐらいの中間も程々にクルーズするのに適した設定。Sportはそれに対して、ペダル開度に対する出力を変更した程度の差(小さい開度でパワーが出てくる)。+Rモードになると、sportのペダルレスポンスのまま、エンジンの吹け上がりがかなり良くなり、高回転まで一気に回るようになる。+Rモードの吹け上がりの良さは、ついつい回したくなるほど気持ちよく回っていくのが特徴的で、先代のパワフルな感じとはキャラ付けがかなり違う印象。

まとめ

 新型は非常に懐が深い印象になった一方、先代のFK8とのキャラ付けの差が明確で、FK8の若くて元気ハツラツな雰囲気の車が好きな人はFK8へ、大人で少し玄人な雰囲気が好みな人はFL5を選んではどうだろうかと思う。どちらも動力性能上で、大きな差があるわけではない。FK8を新車で買うことはできないが、FK8の雰囲気の方が好きな人がいても不思議ではないほどに、新型はキャラが違う。
 個人的には、新型のモード、comfortとsportの差があまりないのは勿体無いような気もするけれど、Individualモードでセットできるプリセットを増やすためと思えば納得できないこともない。
 今回の新型は、すごく扱いやすくなった乗り味の中に、ほんの少しだけスパルタンな雰囲気を醸し出している。それは自分が運転している車が特別なものであるとわかるために必須事項であり、たとえ街中の運転であっても乗り手が気付けるように作られているべきであると思っている。
 そういう意味で、今回の新型は絶妙なバランスで味付けされている。主戦場であるサーキットに持っていってあげるべき車ではあるものの、そのスペックの片鱗を感じつつ、ワインディングや街中を走るのも使い方としては悪くはないと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?