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新卒でソーシャルセクターに飛び込んで感じること 1-1 〜HLABは創業から8年目に入りました。〜

(※この記事は2018年2月24日にHLAB代表小林亮介がWebサイトMediumに書き込んだ記事のアーカイブです)

久し振りに訪れた雪のニューヨークから帰国し、今日で27歳を迎えました。同じく、HLABもちょうど8年目に入りました。「HLAB」を創業したのは、2011年2月24日のこと。2009年からの2年間に渡る準備期間を含めると、実は10年目の節目になります。

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HLAB当初のメンバーでサマースクール構築の議論
2012年 | 京都・三十三間堂にて

当時、私はマサチューセッツ州ケンブリッジにある、ハーバード大学の学部生で19歳でした。

深夜の寮の食堂で、週末のMIT Media Labの一室で、アジア研究の大家、エズラ・ボーゲル教授の邸宅にピザを持って押しかけて・・・。当時議論した多くの仲間は、今では連日、政治から航空宇宙まで、それぞれの分野で日米のメディアの一面飾る大活躍しています。

一介の学生チームのプロジェクトが多少なりとも社会に貢献できたことは、「創業から5年後は15.0%、10年後は6.3%。20年後は0.3%」とも言われる企業の生存率を考えれば、喜ばしい限りです。

多くの不義理がありながらも、右も左も分からない未熟な私に対して親身に接してくださり、支えてくださった皆様には、一人ひとり御礼差し上げたいです。

スターバックスでのふとした会話は、世界に2000人の卒業生を擁する学びのコミュニティへ。

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現在まで続く組織の名称が決まった会議
2011年5月 | 小林の自宅にて

振り返れば、そこから10年間は純粋に、「あ、あの時こんなものがあったらよかったな」と思う教育環境を、身近なところから一つずつ形にしていく地道な作業でした。非常にシンプルな行動指針です。
裏を返せば、そもそも学者志望だった自分や仲間には、起業する気も、事業化する気も毛頭ありません。

きっかけは一杯のコーヒー。2009年4月に一橋大学に入学した私は、たまたま入った国立のスターバックスで、隣りに座った友人と話し込みました。一杯のコーヒーで、気づけば3時間が過ぎていました。

盛り上がったのは、「高校時代に外の世界に全く触れられず、目隠しされた状態で大学や専攻を選び、入学1ヶ月目で目標を見失ってしまう違和感」について。「身近な課題で、全く違う学校の子とこれだけ共感するなら、なにか構造的な問題があるのでは?」との思いから、緩やかにチームが発足したのです。


数年前の自分たちが欲しかった教育環境を、自分たちの手で作る。

政策にも、ビジネスにも経験のない18歳の集まりにとって答えは明確、何もなかったのです。唯一有利なのは、課題の当事者に一番近い学生であることのみ。であれば、とにかく足を動かそう。

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世代や国境を越えて学生が集い学び合うレジデンシャル・エデュケーションのモデルは、2016年にGood Design賞を受賞

そう思い立ち、まず訪れたのが、大学裏にある母校の桐朋高校。以来、「数年前の自分たちが欲しかった教育環境を作る」ことだけに純粋に取り組んできました。

大学の友人とともに、高校の先生と後輩3人をファミリーレストランに連れ出し話すことから始まったのが、今に続くHLABの教育事業でした。後にサマースクールの形を取り、現在までに世界中の大学と企業に、延べで2000名以上の卒業生が巣立ちました。

サマースクールに至る当時の思考のプロセスは、2年間の議論を経て、初期の企画書(*1)に整理されています。このプロセスが、業界用語で、Theory of Change (ToC | 社会変革の理論)を作る作業だと知ったのは随分後のことです。(笑)

おかげさまで、
・B to Gのモデルで徳島県長野県との協同事業を5年以上に渡り運営させていただいたり
・2016年にはGood Design賞をいただいたり
・ファーストリテイリングの柳井正さんの財団と後輩の留学を支援する民間最大規模の給付型奨学金の創設と運営(*2)をご一緒させていただいたり
・教育環境を空間からデザインすべく実験的教育寮「THE HOUSE by HLAB」を設立したり
と、ジェットコースターながら、本当にエキサイティングな日々となりました。

ラッキーだったのは、学生中心でチームを作ったことで、本当に多様なExpertise(専門性)に富んだチームに育ったこと。

創業当時のメンバーの複数名がトビタテ留学奨学金の運営に関わったことは、奨学金の開発と運営で非常に助けになり、首相官邸の国際広報室にいたことは、海外の大学とのプロジェクトを円滑にしました。

ハーバードの1年次のルームメイトが、同大のAlumni Office(卒業生担当事務局:数年に一度の盛大な同窓会や寄付金などを担当)やAdmissions Office(入学選考担当事務局)で働いているのも、HLABの組織運営に活かされています。

2014年に卒業後の進路で「起業」することになったのは、ある意味で成り行きでした。見習える過去の事例、正攻法や定石が全く存在しない中、一つ一つ事業を形にしていくのは、当初の想像よりはるかに過酷。でも、圧倒的な知的興奮を伴う、素晴らしい体験でした。もともと学者志望だった自分には、実は意外と向いていたかもしれません。

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2016年に設立した中目黒の「THE HOUSE by HLAB」。1FにはサードウェーブコーヒーのStreamer Coffee Company、2Fには24時間のジムがあり、3Fに学生と社会人が居住。

次の記事ではHLABの実際の活動、世界の教育の変化、ソーシャル・セクター(社会起業)などについてお話をしていきたいと思います!

*1 血気盛んなティーネージャーの手による、HLABの最初期の企画書です。笑 初年度のサマースクールを企画するに辺り、1年ほどかけて改訂が重ねられました。質が高いわけでも無いですが、「この程度ではじめられる!」という意味も込めて、共有させていただきます。

*2 一人あたり、約3,200万円(4年間の総額)を付与する海外留学奨学金。37名を送り出した第一期に続き、現在第二期の選考中。第三期は2018年夏頃募集要項を公開し、2019年1月募集予定。長期的に継続を目指しており、ぜひ小学生や中学生、保護者の皆様にもご周知ください。

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