超訳「Yコンビネーター」
人生で一度は行っておきたいものとして、合コン、戦コン、Yコンがあります。
筆者はまだどれにも行けていません、無念。
スタートアップ・アクセラレーターの先駆者でありながら、未だに最高峰であり続けているYコンビネーターですが、名前は知っていながらも実態を把握していない人も多いのではないでしょうか。
今回はそんなYコンビネーター、通称YCに関して説明していきたいと思います。
ハッカーのためのサマージョブ
Yコンビネーター(YC)は、ハーバード大学院のコンピューター・サイエンティストであり起業家でもあるポール・グラハムにより2005年に設立されました。
YCの一番最初のプロジェクトはSummer Founders Programであり、大学生のハッカーたちが夏の間に起業するのを助けるといったコンセプトで始まりました。ここでの「ハッカー」とは、コーディングに精通していることに加え、物事の仕組みを理解し出し抜こうとする手に負えない連中を指しています。こうした経緯もあり、YCは現在でもTechnical founder、つまりはプログラミングができプロダクトを構築できる創設者がいるスタートアップを好んでいます。
こうして実験的に始まったYCですが、この最初のバッチには8つのスタートアップのみが選ばれました。そしてポール・グラハム自身も驚いたことに、バッチ内のスタートアップはユーザーを増やし、実際に成長し始めたのです。そして最初の1週間で、ポール・グラハムはYCのビジネスモデルが実際にうまくいきそうだと感じていました。
この最初のバッチには、後にYCのトップを引き継ぎ、現在はOpenAIのCEOを務めているサム・アルトマンをはじめ、RSSの技術的基盤を創り、「インターネットの申し子」という映画にもなったアーロン・スワーツ、そしてゲーム配信プラットフォームのTwitchの初期メンバーなど、錚々たるメンバーがそろっています。
最初のバッチから成功を収め、YCは現在までの18年間もの期間、4300を超えるスタートアップに投資するまでに至ります。
3ヶ月間、実地開催のYCプログラム
YCは1月から3月、6月から9月の年2回に3ヶ月間のアクセラレーションプログラムを提供しています。直近のWinter2023バッチでは、20,000もの応募の中から282のスタートアップが選ばれました。選考通過率は1.5%以下と、非常に狭き門であることが見られます。
YCはバッチに通ったスタートアップ全てに50万ドル(約7000万円)の一括投資をしています。そのうち12.5万ドルは7%の株式と引き換えのSAFE、残りの37.5万ドルはキャップなしディスカウントなしのMFN SAFEと、スタートアップ側に有利な条件で資金提供をしています。開始当初はより少額である、7%の株式に対し2万ドルの投資のみでしたが、Sequoiaなどからの支援を受け、より多額の資金提供をするようになりました。
またYCの3ヶ月のプログラムはサンフランシスコで対面で開催されるため、バッチに通った創設者はみなスタートアップの聖地であるシリコンバレーに住む必要があります。
さて、プログラム期間中にはスタートアップを助けるための様々なアクティビティが用意されていますが、その中でも以下の3つが特に有名です。
Office Hours
Office Hoursは、スタートアップが好きな時にYCのパートナーと一対一のミーティングを開ける制度です。YCのパートナーには、基本的には過去のYCバッチにて成功したスタートアップの創設者などが選ばれます。バッチのスタートアップは悩みがあったりアドバイスが欲しい時に、気軽に先輩の創設者と直に話すことができます。Tuesday Talks
Tuesday Talksは名前の通り、毎週火曜日にYC出身の有名なスタートアップの創設者を呼び、そのインサイドストーリーやQ&Aなどを行う限定のトークセッションです。過去に呼ばれたファウンダーは、Airbnb、Stripe、Doordashとビッグネームが並んでいます。Demo Day
YCの肝でもあるイベントがDemo Dayです。YC独自のコネクションにより1,500もの投資家やメディアを一堂に集め、バッチのスタートアップ全てに約3分間のピッチをさせます。今までの奮励の結果をアピールする、3ヶ月間のプログラムの集大成ともいえるイベントです。
もちろんこれらの他にも参加スタートアップ同士の交流や、卒業生とのコネクションなど、YCに採択されることで様々なベネフィットを享受することができます。
YC出身の有名スタートアップ
YCから出た成功したスタートアップは数知れませんが、その中でも特に有名なスタートアップには以下が挙げられます。
Airbnb
Airbnbは言わずと知れた代表的な成功スタートアップです。宿泊施設の所有者と旅行者をつなげ、部屋や物件を貸し出すことができるプラットフォームを提供しています。
2008年8月にBrian Chesky、Joe Gebbia、Nathan Blecharczykによって設立されました。創設者のうちの2人は工業デザインを専攻しており、創設者全員がプログラマーであることを好むYCの従来の傾向を変えた、実は異端児的なスタートアップです。
Dropbox
Dropboxはオンラインストレージとローカルにある複数のコンピュータ間でデータの共有や同期を可能とするサービスを提供しています。Drew HoustonとArash Ferdowsiによって2007年に設立され、インターネット上でファイルを共有する主要な手段の一つとなっています。創設者は2人ともMITでコンピューターサイエンスを専攻しているソフトウェアエンジニアであり、いかにもYCらしいスタートアップといえます。
Coinbase
Coinbaseは、2012年にBrian Armstrongによって設立された仮想通貨取引所です。Bitcoinなどのデジタル通貨の取引、売買を行う主要なプラットフォームの一つです。Coinbaseは手数料ベースのビジネスモデルを採用しており、プラットフォームの利用に対してユーザーから手数料を徴収しています。創設者のアームストロングは、創業前はAirbnbのエンジニアでもありました。
Stripe
Stripeは、ビジネスや個人がインターネットを通じて支払いを送受信するための決済処理ソフトウェアとAPIを提供しています。2009年にPatrick CollisonとJohn Collisonによって設立されました。ファウンダーの二人は大学生の兄弟で、2017年には揃って世界最年少のビリオネアとなった天才タッグです。
Twitch
Twitch は、YCの現役パートナーであるMichael Seibelを含む5人のファウンダーによって設立されたライブストリーミング配信プラットフォームです。2007年には総合的なライブストリーミング配信サイトJustin.tvでしたが、2011年にコンピュータゲームに特化したプラットフォームとして派生して立ち上げられました。
YC応募の秘訣
筆者は先月、台湾のスタートアップをYCに入れるためのベンチャースタジオ「886Studios」でインターンをしていました。創設者は「Guitar Hero」で成功した起業家Kai Huangで、パートナーには「Twitch」の創設者の1人であるKevin Linや、「Kabam」「Gen.G Esports」の創設者であるKevin Chouなどがいます。YCでパートナーを務めていた創設者とのコネクションもあり、台湾のスタートアップに寄り添いながら共にYC応募における秘訣を学んでいました。
その中でも特に重要だと感じたアドバイスには以下の3つがあります。
エンジニアを共同創設者に引き入れよ
先ほども述べた通り、YCはプログラミングができるエンジアの創設者を非常に重要視しています。理由としましては、スタートアップにおけるユーザーからのフィードバックをもらい、MVP≒プロトタイプを改良するという仮説検証と実装のサイクルを爆速で回すことができるからです。YC初期のように全員がエンジニアである必要はないですが、応募する際にはエンジニアの共同創設者を引き入れるか、もしくは自分がエンジニアになるかにしましょう。応募までにできる限りトラクションを得よ
YCの応募書類において分かりやすく自身のプロダクトをアピールする方法がトラクションです。ユーザー数、売上高、利用頻度など、定量的な指標を示すことで自分たちのプロダクトに確かなニーズがあること証明することができます。またYCは応募者が3ヶ月のプログラム期間中にいかにトラクションを伸ばせるかを目標にしているため、応募の段階でその能力、ポテンシャルを示す必要があります。
YCのスタートアップスクールにて、ビジネスモデルごとの重要な指標が書いてあるので確認してみてください。
Startup School Reference Guide for Lecture #7 — Nine Business Models and the Metrics Investors Want with Anu Hariharan応募書類の細部まで具体性を欠くな
こちらはTwitchの創設者でありYCの元パートナーも務めていたKevin Linから直にもらったアドバイスです。886Studiosのスタートアップの応募書類を添削しながら、彼は頻繁に「Paint the picture(細部まで描写せよ)」と言っていました。YCの書類選考の担当者は全知全能ではないため、スタートアップが解決している課題やユーザーに詳しくないことがほとんどです。その際には10歳の子供に説明してもわかるくらい、課題の背景やユーザーの特性などをファクトを含めながら具体的に書き込む必要があります。
またYCが見ているのはスタートアップ自体ではなく、市場と顧客です。定量的なデータと、顧客の実際の声を組み込むことで、応募書類に具体性を与えましょう。
YCスタートアップスクール
YCはスタートアップスクールにて起業における様々な課題や資金調達などのトピックに対しオンラインでコンテンツを提供しています。講座の他にも、サムアルトマンやイーロンマスク、マイクザッカーバーグといった著名な起業家とのインタビュー動画も提供しているため、ぜひ確認してみてください。個人的にはMichael Seibelによる「MVPの作り方」とJared Friedmanによる「スタートアップアイデアの着想と評価の仕方」が非常に参考になりました。既存の創設者だけでなく、将来起業を考えている方にもモチベーションと気づきを与えてくれる内容となっています。
「いいからYCに行け。」
現在YCに採択されている日本のスタートアップは多くありません。DNAのアップストアを目指す「Genomelink」や、HRのための福利厚生SaaSを提供する「Fond」直近ではS22バッチにて業務システムの開発を短縮する基盤を提供する「Tailor」などが挙げられますが、両手で数えられるくらいしかありません。
YCに入ることはグローバルの投資家や起業家とのネットワーク構築につながるとともに、グローバルにスケールする可能性のあるスタートアップだと認められることでもあります。通過率1.5%以下の難関ではありますが、合格した暁には途方もないリソースと可能性に恵まれることになります。日本からもさらに合格者を出し、世界的にスケールするスタートアップを輩出させたいです。
今回の記事でYCに興味が沸いた方には、以下の書籍がおすすめです。YCに採択された若い起業家たちの試行錯誤やパートナーとの熱い交流を書いたノンフィクションであり、さならがらYC版「ドラゴン桜」です。
最後に
次回の記事では、YCのS23バッチにおけるGenerative AIスタートアップについて紹介していきたいと思います。
またHAKOBUNEでもシード起業家の伴走支援を行う3ヶ月間のインキュベーションプログラム「Flagship Incubation」を行なっています。
これからの社会を担う起業家や、アイデア段階にいる方々ともぜひお話をしたいと考えていますので、お気軽にご連絡ください!
<参考資料>