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28歳のワークライフバランス考

頻繁に顔を合わせる友人4人組の中で、唯一の独身になってからどれくらい経つだろう。
結婚や出産に対して焦りや願望がないわけではないが、最優先事項に置けない自分がずっといる。

順調にド定番のライフステージを歩んでいくという幸せも想像できるし理解もできる。それが手に入るなら最高だなとも思うし、みんなに遅れを取りたくないからというだけでそう感じることもある。
しかし、みんなと同じド定番も面白くないとも思う。
我ながら、中流意識×ゆとり教育の産物的思考だなと思う。

つまり、中途半端なう。


業界あるあるだろうが、金融関係はとにかく飲み会が多い。昨今のコロナ禍で絶滅危惧水準まで減ったが、入社1〜2年目の頃はほぼ毎日と言っていいほど駆り出され、仕事以上に疲弊していたことを覚えている。
当時、連日飲み会に駆り出されることに対する愚痴を、昼休みに食堂で歳の近い先輩と話していたら、横で聞いていた5歳くらい年上の先輩が「声がかかるのは若いうちだけだよ。25(歳)になった途端声もかからなくなるから笑」と明るく言われて、調子を合わせて笑ったことがあった。

決して年齢で判断をしているわけではないのだろうが、男女問わず入社数年目の独身社員を飲み会に誘うハードルがかなり低いことは当時から理解できた。おまけに自宅が会社からさほど遠くないとか一人暮らしなどという属性があれば、さらに誘いやすいというのは確実にあるだろう。言い返せば、どこかの年代、なんらかの属性を基準にグンと誘うのにも気を遣うようになる。そうするとそこで区切りが引かれ、その上の人への声がけも自然減という仕組みだ。
この飲み会召集方法については、男女に関わらず言えることである。


ただ、実際の飲みの場における対応差というのは、やはり男女差がある。
若手の時は、飲みに駆り出され、簡単に言えばチヤホヤしていただいてきたが、一方でプライベートな質問を根掘り葉掘り聞かれ話すと盛り上がったり、男性陣の調子を取って酒を飲ませる役割などが自然と若手女性に割り振られたり、「男だけで飲んでいてもつまらない」と花扱いだったりしたことが多かったようにも思う。


言いたいことがブレ始めた。
ここまでは例え話だ。
会社って気遣いがなくなると死んでしまう組織みたいだということが言いたい。
フラットに全員を飲み会に誘って、来れる人が来たら良いという考え方はあまりせず、どんな飲み会にも人選がある。
その基準が、その人の暮らしや属性だったり、性別や年齢になることが多いということだ。


今年4月は、ここ数年の自粛ムードが和らぎ、社内でも小さい規模ながら、歓送迎会や決起会の名目で飲み会が開催されていた。
その中で、これまでお声が掛かっていた「若手飲み」に声が掛からなくなった。
企画者は私より3つ下の社員だったため、私の2個下の後輩には呼ばれた人と呼ばれていない人が出現。1個下の後輩も誘われていない様子だった。

いつだったか、食堂で先輩が言っていたことを思い出す。
長引くコロナ禍で私は「若手」という属性を剥ぎ取られてしまったみたいだ。

「若手」の盾を失った私はハッとして、自らの社内での立ち居不振る舞いを全力で省みた。
周囲から「若手」と見られていないことを認識し、「若手ではない」人間として恥ずかしくない態度で勤務していたかがとにかく気になる。

加えて「若手」という下限のバーに弾かれただけではないことにも気づいた。上を見上げてぶら下がっているバーまでも果てしなく遠く感じるではないか。
そしてなぜか、そのバーは、時の流れに身を任せていれば誰でも捕まれるというものではない。


そう、「結婚」である。
この先の分岐は「結婚」である。

弊社の独身女性は、バリキャリで毎日残業。定時が17時半なのに、連日19時過ぎまで会社にいるのは当たり前だ。
なぜ帰れないかというと、キャリアと共にある程度の肩書きが付き仕事量が増えることに加え、パート社員や時短勤務者のやり切れなかった仕事をこなしている部分が圧倒的だ。
ただ、通勤鞄、通勤靴、化粧品など身につけるものはとにかく強そうである。ハイブランド、細いヒール、派手な色、よくわからない獣の革素材。
お昼ご飯は食べないか、外に出る。

一方で、既婚女性は、食堂で手作りのお弁当を広げ、情報交換に花を咲かす。
歳の近いお子さんがいるママたちは、保育園や学校の情報、担任の先生の対応への賛否両論、節約方法、コスパの良い店。
仕事は仕事できちんとこなし、新入社員の教育も我が子のように取り組まれている。


私の職場は分かりやすく、40代以上の女性正社員は皆独身で、30〜40代の女性正社員は子育て中の既婚者という構成になっており、私の少し年上の先輩が今年第2子の育休からスピード復帰を果たした。

ベテラン勢は、今さら群れない感がある。自分のやりたい仕事、働きたい場所(異動)、昇進試験のための勉強時間も確保できる。
既婚子育て世代は、共感社会を形成。やる気はあるがポストは求めない、というか求められない。

若手バーには弾かれ、既婚バーは開かない、このゾーンの取り扱いが、このゾーンでの身のこなし方が、とても複雑だ。

若手に、若手と一括りにされなければ、
結婚出産もしていないのでママさんたちの会話には入れず、
キャリアを積み上げたベテラン勢の前では無力である。

結果、中途半端感だけを毎日感じている。

そして周囲(特に私のキャリアを援助する立場の上司など)も「この人は結婚するのかな、いつごろなのかな、結婚や出産をどれくらいのタイミングでとか考えたりしているのだろうか?」と思っているのではないかと思う。

どちらかに決まっていたらとても楽なのだと思う。
相手だけではなく自分も。

でも、周囲からの目を気にして選択することでもなければ、簡単に決められることじゃない。
なのに、結婚するかしないか、子ども産むか産まないかで
左右されるキャリア、仕事がたくさんある。


実際問題、結婚・子育てはすると決めたら後戻りできないのが現状で、決める決めないの論点ではないのかもしれないが、

相手の仕事に合わせて住む場所を変える可能性がある
産休育休で長期離脱する可能性がある
場合によっては退職する可能性もある

それによって大きくキャリアが左右されるのは圧倒的に女性だし、そこが明白になっている女性の方が組織にとっては合理的だ。

だから、いわゆる結婚適齢期にいる独身女性は、どう転ぶか分からない不確定要素になっていそうなのだ。

年に数回の人事面談で、結婚や出産予定の有無や結婚を前提にした交際をしている相手がいるかどうかを確認されることを、私は全く気持ち良く思っていないが、組織運営上仕方がないこととも理解しているし、その場で「結婚しない」とか「いつ結婚する」とか言えたらとても楽なのだと思う。

要は、結婚しててもしてなくても、子育てしててもしてなくても、キャリア選択に支障がないようにしてほしいというか、どちらかの立場だと叶わないキャリアがあるとか、キャリアアップを諦めなきゃいけないとか、そういうのがなくなったらいいのにと思うのと、

大学の時、一生懸命就活して入った会社なのは、男女共に同じはずなのに、就活の段階から「結婚しても・出産しても働きやすい会社か」とか今だけじゃなく先のこと考えて就活してるのは圧倒的に女性だと思うし、そうして内定もらって入った会社なのに配偶者の仕事によって転退職を余儀なくされて、新たな職探しの負担も当たり前に女性が背負ってるのも、当たり前に女性が従ってるのも、何が男女平等なの?と思ってしまうのであります。

性別関係ない、そのモヤモヤは人によるという意見は正しいので受付ていません。

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