レノファ2020年シーズンの記憶 【フォア日記01】
このタイミングでの更新となってしまいましたが、2020年シーズンを最後に霜田監督がレノファでの挑戦を終えることになりました。今回はその記憶を残しておくためのnoteになります。
これはどうしても書いておきたいと思っていました。なんてったって私とレノファを繋いでくれたのは霜田監督のチームだったのですから。
私とレノファの出会いについてはこちらのnoteで書いていますので、そちらをご覧いただければと思います。
個人的に気になった2つのポイント
今回は霜田レノファ最後のシーズンとなった2020年シーズンの振り返りとなります。
霜田監督3年目のシーズンは非常に厳しいシーズンとなり、結果は9勝6分27敗勝点33で最下位でした。2月の開幕戦には勝利を収めたものの中断明けからはずっと辛い時間を過ごしていたかなという印象です。
2020年シーズンのポイントとして私が挙げるのは次の2点です。
①メンバーが固定できなかったこと
②ビルドアップ
①に関しては過密日程ということももちろん影響していたとは思うのですが、軸となる選手が最後までなかなか見えなかったと思います。出場試合数が40試合を超えていたのは高井・高・池上の3人です。この3人が軸だったということなのでしょうが、3人のうち2人は前目の選手です。軸と言うとなんとなく90分通してピッチ上に居続ける選手というイメージなのですが、その意味では高ぐらいだったと言えるのではないでしょうか。(もちろん高井と池上はチームの中心であり攻撃の核を担う選手です)
特に後ろの選手がなかなか固定できなかったのは、厳しいシーズンを象徴していたのではないかと思っています。以下出場試合数を並べてみます。( )内はスタメン出場数です。
ヘナン31試合(25試合)・田中陸31試合(23試合)・へニキ30試合(26試合)・安在29試合(24試合)・眞鍋27試合(26試合)・川井27試合(20試合)・吉満20試合(20試合)・・・
といった感じでスタメン出場数が最も多いのは安在と眞鍋の26となっています。半分ちょいぐらいの試合数ですからね・・2019年シーズンで言えば菊池流帆が37試合(36試合)、2018年シーズンは渡辺広大が35試合(33試合)に出場しておりディフェンス陣の中心となっていました。
以上のことから、土台としてチームを支えてくれる選手が、高の他に台頭してこないままシーズンが終わってしまったという印象を受けます。ここが苦戦のシーズンを象徴しているポイントの1つだったのではないでしょうか。
そして②ですが、サッカーの内容で言うとここがずっと気になったまま終わってしまいました。シーズンの初めの方は1試合ごとに感想を書いていたのですが、そこでも結構ビルドアップのことは書いていました。どうしたらいいのだろうかと考えながら見ていることが多かったのですが、解決策は私自身なかなか見つからないまま見ていました。前線からプレスをかけてくる相手にも、自陣でブロックを作って待ち構える相手にも困っていたのではないかと思います。
例えば、こんなツイートです。ここ2試合というのは東京V戦と千葉戦のことを指しています。
Football-LABのデータを見てみると、ボール支配率49.6%(10位)・30mライン進入回数33.2(17位)、PA進入回数8.9(19位)となっています。順位から分かる通り、リーグ全体から見た際、ボールを保持する割に前線へボールを運べていないチームと言えるのではないでしょうか。
ちなみに、過去2シーズンのレノファは以下のような数字です。
2019シーズン:ボール支配率51.9%(8位)・30mライン進入回数40.4(6位)、PA進入回数12.5(5位)
2018シーズン:ボール支配率51.7%(6位)・30mライン進入回数42.0(4位)、PA進入回数16.2(1位)
過去2シーズンと比べても、前へ進むことが難しかったことが読み取れます。
2020年シーズンのプレーエリアを見ても、前へ進めないこともあってかリーグ平均と比較した時に自陣でプレーする割合が圧倒的に高いことが分かります。74失点という数の多さはこういったところにも現れているのではないかと感じています。
ここまで2020シーズンで気になった2つのポイントについて振り返ってきました。それは、チームの核となる後ろの選手が固定できなかったこととボールを前へ運ぶのに苦戦したことでした。監督が代わり、新チームとなる2021シーズンのチームがこの点をどう考えるのかという点が個人的な注目ポイントになります。
最後に3年間を振り返って・・
霜田監督がレノファに残してくれたものは本当にたくさんありました。中でもレノファ山口というサッカークラブがこれから歩んでいく道を明確に示してくれたこと、これは大きな大きなものだと思います。日本中にレノファというブランドを浸透させてくれましたし、それを証明するように飛躍した選手もたくさんいました。
もちろん選手の入れ替わりが激しいことは、結果を残すという点においてはマイナスに働いたかもしれませんが、中長期的な未来を考えた時には財産でしかありません。霜田監督が残してくれたその財産をしっかり引き継いで進んでいくことが重要です。それができる体制は整っているように思います。このオフの動きを見てその期待は高まるばかりです。
霜田監督、夢を見せてくれてありがとうございました。
*文中敬称略
*データは以下のサイトを参考にしています。