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リレーエッセイ「八王子弁」(連想#16)

近頃、若干忙しく、トミーくんとのリレーエッセイに手が回らず。「お互いマイペースで長く続けようね」と申し合わせているので気楽ではあるものの、書きたいのに書く暇がないのは地味にストレスがたまる。ということで、ちょっと無理にでも時間を作って書く、書く!

前回のトミーくんのエッセイは「国際交流」がテーマだった。

トミーくんがいかに英語を学び、外国の方たちと仲良くなっていったかがよ~くわかる内容。10代~20代にかけてトミーくんとつるんでいた頃、それほどまでに国際交流や英語に興味があるタイプだと思ってなかったので、書かれていた内容は意外だった。同時に、コツコツと努力を積み重ねていく様子に心底脱帽させられた。これから英語や英会話を身につけたい人にとって、参考になる情報が盛りだくさんなのではないだろうか。


私はと言えば、前にエッセイで書いた通り、サンバやフットサルを通じてブラジルの言葉や文化に興味があるばかりで、英語の知識は高校止まり。しかも高校では落ちこぼれだったので、ぶっちゃけ英語は中学レベルだ。

専門学校時代に交換留学生みたいな立場でアメリカに行った際は、知っている単語を並べて、あとは身振り手振りで乗り切った。それでも田舎町のス―パーマーケットでサングラスを買ったときに店員から「今年は天気が悪いからサングラスなんかいらねーだろ、ヒャッハー」的なことを言われたのは理解できたし、留学先の大学のキャンパスでアコースティックギターを弾いてた学生とは「ヤマハとギブソンどっちが優秀か」みたいな無駄話で仲良くなれた。

帰りの飛行機のなかでは、日本に修学旅行に行くというアメリカ人女子高生2人組に声をかけられてトランプもした。そんなこんなで「俺、英語はこの程度でいいかな」という気分になった。

また、妻が英語を使って仕事をしているので、いまとなっては自分がしゃべれなくてもなんとかなるケースが多い。翻訳サイトやポケトークなんていう強力なツールも生まれた。

正直、自分レベルの英語や英会話では、心の機微を表現したり読み取ったりできないところに不自由を感じてしまう。日本語で話す自分と、外国語に四苦八苦する自分の表現力のギャップがもどかしく、恥ずかしくもあって、ついつい無口になってしまう。「じゃあ勉強すれば……」という理屈はもっともだが、習得のための労力は計り知れず、いつ出会うか分からない日本語が通じない友人のためにそこまで一生懸命になれない。仕事で英語を使うとか、自分の趣味を極めるために外国語が必要、という場合は話は別だろうけど。

ロックのために英語を、サンバのためにポルトガル語を学びたい気持ちはある。だが、音楽で一番好きジャンルは日本語のロックやポップスだ。歌詞の意味と曲のカッコ良さを同時に味わえない音楽は苦手だ。かっこいいと思っていた洋楽やブラジル音楽の訳詞を見てがっかりすることもある。海外の音楽を楽しむために外国語を学ぶ人は尊敬するが、日本国内にもまだまだ聞いたことのない音楽がたくさんあるので、自然と邦楽を優先してしまう。

小説の好みも海外作家よりも日本人作家である。ライターを仕事にしているがゆえに、どうしても外国語よりも日本語に関心がある。


ライターを生業にしている私の場合、職業的には「伝わる日本語」「簡潔かつ誤解されない表現」が求められる。小説家のように文章を飾り立てる必要はなく、学者のようにかしこまるわけでもない。ただし、時代に合った言葉づかいや、対象となる読者を想定した補足を書き足すといった工夫が必要だ。

生まれ育ちは東京都八王子市である。都心から離れていても東京は東京。話し言葉に極端な訛りや方言はない。そのことは書き物を生業にする上で有利だった。使い慣れた言葉で文章を書けば大抵問題はない。

20代の頃、バンドで全国ツアーに行った際は、各地で出会うバンドマンやお客さんたちから「やっぱり東京の人はしゃべりがシュッとしてて、カッコいいワー」と言われ、満更でもない気分だった。でもその一方で、方言を持っていないことに寂しさや物足りなさを感じることもあった。

ところが! バンドで成功する夢をあきらめてしばらく経ち、10数年前に妻と結婚して、こんなことを言われたーー「八王子って結構方言あるよね」と。「え、マジで? 本気で言ってる?」と聞き返したが、妻は「あなたが実家で両親と話すときの八王子弁はなかなかのものだよ」と真顔だ。

妻はスコットランド留学で英語を習得したため、英会話にスコットランド訛りが混じるのだという。若い頃、訛りをからかわれた経験があることから、英語話者のイントネーションに敏感で、海外ドラマを見ていても役者さんの訛りから出身地の見当をつけるのが得意だ。

そんな妻から八王子弁を指摘されたのだから、もう、納得せざるを得ない。それからというもの「無意識のうちに原稿を書くときに八王子弁を使ってしまったらマズいよなぁ」と、私も八王子弁や八王子人ならではの会話表現が気になるようになっていった。自分が当たり前に使っていた言葉が、実はごくローカルなものであったという驚き。そして、かつて自分には方言がないと物足りなさを感じていたが、「なんだ、私にも方言があったのか!」という喜びにも似た感情も、ふつふつと湧いてきた。

いつか八王子弁の本を出せないものか、と気がついた八王子弁や八王子人ならではの表現をかれこれ数年間メモしてきた。実際のところ、それほどメモが溜まってないので出版企画としてまとめるほどではないが、noteの1ネタにするにはちょうど良さそうだ。ということで、今回は「八王子弁」をテーマにエッセイを書いていく。マクロ視点で国際交流について書いたトミーくんとは真逆、ミクロ視点のローカルネタへと話題を振り切らせていただく。


◆ うざったい

八王子弁の筆頭として知られるのは「うざったい」だろう。近頃は「ウザい」という言葉がネガティブワードとして世間に定着したが、その大元となったのが八王子発の「うざったい」だという。「うざったい」が八王子弁であるという学術的な根拠があるのかどうかは専門家の判断に任せたい。だが、現在50歳の私が物心ついた頃、すなわち80年代初頭には日頃から使っていた言葉であることは確かだ。両親が自然に使っていたことを考えるともっと以前から八王子で使われていたはず。しかしながら全国的な普及は90年代以降なのだという。

以下は「日本俗語辞書」からの引用だ。

うざいとは『うざったい』の略で、「鬱陶しい」「わずらわしい」「うるさい」「面倒臭い」「気持ち悪い」「邪魔」といった意味を持つ。うざいは1980年代のツッパリブームから関東圏を中心に使われるようになり、1990年代には不良以外にも使われ、全国的に普及する。うざいが更に簡略化された『うざ』や、うざいの語感が荒くなった『うぜー(うぜえ)』という言い方もある。2006年、学生の相次ぐ自殺が社会問題となるが、うざいと言われたことが原因になったり、うざいの一言が発端で殺傷事件になるほど荒い言葉なので使用には注意が必要である。

引用元 : 日本語俗語辞書

テレビ東京の「アド街ック天国」で2018年に八王子が特集された際にも、ウザいが八王子生まれだと紹介されていたようだ。「ウザい」というワードがイジメを助長するワードとして社会問題になってから、言葉のルーツを探った人たちが八王子にたどりつき、八王子生まれとの認知が定着していったというのが実情のようだ。

スクリーンショット :  テレビ東京「アド街ック天国」番組ウェブサイト より


八王子は、23区民から田舎扱いされてしまうことがある。だが、彼らが会話の中で「ウザッ」と口にしたとき、八王子人は「きみがいま口にしたその言葉は、八王子生まれだからね」と、心の中で密かな優越感を味わえばいいのだ(←しょーもなっ)。

個人的な思い出を語るなら、うざったいが八王子弁であることは、中学時代(85〜86年頃)に国語科の佐藤先生から聞いた。佐藤先生はキビキビした雰囲気のベテラン女性教師。先生のご出身がどちらなのかは覚えがないが、八王子の中学に赴任して初めて「うざったい」という表現に触れ、「なんだか意味がわからない言葉だけど、吐き捨てるような言い方や、粗暴な語感にギョッとした」と話していた。「八王子の方言なんでしょうけど、あまり美しい言葉ではないわよね」とも。授業の内容は覚えていないが、そういう雑談は覚えている。

佐藤先生のそんな話に、われら生徒たちは「えー、うざったいって八王子だけなの? ホントかよ」というリアクションだった。八王子弁の存在を意識させられたのはその時が初めてだった気がする。中学生ならではの反抗心も手伝って、先生の言うことを鼻で笑うかのような感覚もあって、当時は八王子弁の存在に半信半疑だった。その後、妻から指摘されるまで、八王子弁の存在は自分の意識からすっかり消えていた。


◆ はちょーじ

「八王子」を音読する時、八王子に縁が薄い人は「はちおうじ」と発音する。しかし八王子人は違う。八王子に根差した人たちは無意識に「はちょーじ」みたいな発音をするのだ。

これは妻が発見した。近頃、芸能界で八王子に縁のある著名人が集う「八王子会」が誕生し、テレビ番組やSNSで盛り上がりを見せている。中心人物はヒロミさん、名誉会長は北島三郎さん。彼らが出演しているテレビ番組を見ていた妻が「八王子会のみんなは『はちょーじ』って言ってるけど、八王子歴が浅いタレントさんは『はちおうじ』だね。発音が違う」と気づいた。生粋の八王子人である私に、その視点はなかった。

「はちょーじ」に気づいてから、かれこれ1年ほどが経った。その間ことあるごとに、テレビでも日常生活でも、八王子人と非八王子人による「八王子」の発音をチェックしてきた。確かに八王子人だけが「はちょーじ」と発音している。「ちょー」の部分のニュアンスに個人差はあるが、ハキハキと「ちおう」読みする八王子人はいなかった印象だ。

これから八王子に骨を埋めようと考えている方は、ぜひとも「はちょーじ」をマスターしていただきたい。また、どこかで「はちょーじ」という発音が聞こえてきたら「あなた、八王子育ち?」と声をかけてみるのもいいだろう。八王子人を見抜く「八王子人狼」みたいな企画に参加するときも、「はちょーじ」か「はちおうじ」かで見分ければOKだ(八王子人狼なんて企画があるかは不明、たぶんない)。


◆ おっぺす

「おっぺす」というワードを知っているかどうかも、八王子っ子かどうかを見分ける判断材料となる。実際のところ、群馬県、茨城県、千葉県、埼玉県でも地域によっては「おっぺす」を使うらしいし、他にも使用地域はあるのかもしれない。だが、個人的なリサーチの結果として、おっぺすの意味が「分かる」「口にしたことがある」という人は八王子人ばかりだったので、便宜的に八王子弁として語らせていただく。

「おっぺす」を知らなくても「押し合い・へし合い」というワードは多くの人が知っているのではないだろうか。おっぺすとは「押す」と「へす(圧す)」が合体した言葉なのだと思う。漢字で書くなら、きっと「押っ圧す」。引いても開かない扉があれば八王子人はおっぺしてみる、硬い壁に画鋲を刺す時も力を込めておっぺすのが八王子人だ。おっぺすを使いこなせれば、その人の八王子度合いは相当なものである。

これも妻から聞いた話だが、八王子方面へ向かうラッシュアワーの電車内で「おい、おっぺすんじゃねーよ!」と叫んでいる男性がいたのだとか。叫んだ当人は殺伐とした空気を放っていたが、周囲の人は「おっぺす?」「田舎クサっ(笑)」みたいな視線を送るばかりで、凄んでいるもののなんだか間が抜けた感じだったのだとか。

ちなみに下のアイテムは、見知らぬクリエイターさんがSuzuriで売っているもの。作り手さんはどちらのご出身の方だろう。


◆ ~じゃんか、~じゃんよ

お次は「〜じゃんか」「〜じゃんよ」。横浜や湘南方面では「いいじゃん!」「楽しそうじゃん」などと語尾に「じゃん」が付くが、八王子では「いいじゃんか」「楽しそうじゃんよ」となる場合がある。語尾はほんの少しだけ「かぁ」「よぅ」と伸ばす。複合タイプの「じゃんかよぉ」もありだ。応用編としては「押さえておけば大丈夫だよ」は「おっぺしときゃぁいいじゃんかよぉ」となる。こうした言葉遣いは年配の人に多い印象だ。

父は大工一筋60年の棟梁で、私も20代中頃から10年間ほどバイト感覚で手伝いに行っていたことがある。現場にやってくる年配の職人さんたちは、おしゃべりの中で「きょうは随分と暑いじゃんか」「すっかり出来上がってきたじゃんかよぉ」などと、じゃんか・じゃんよ、じゃんかよ、を使っていた。

横浜・湘南の「じゃん」に似た「じゃんか・じゃんよ」が、なぜ八王子でも使われているのだろう。かつて養蚕で栄えた八王子は、出来上がった絹を横浜港へと出荷していた。それゆえに古くから交通の結び付きがあり、国道16号や横浜方面へ向かう「絹の道」と呼ばれる街道でつながっている。その結果、道沿いに言葉が広まったのではないかと、勝手に推理、想像している(関西人風に言わせてもらうなら「知らんけど」というレベル)。どちらが先かはわからないけれど、道の存在が言葉や文化のつながりを生む例は世界中にも数多あり、その手の話はなんとも興味深い。

ちなみに湘南言葉として知られる「〜だべ」も、八王子で使われている。「~だよね」「~ですよね?」と、相手に同意を求めるときに使われる語尾だ。八王子では、ちょっと発音が変わって「だんべぇ」になる場合も多く、父や仲間の職人さんたちは「だんべぇよぉ」とさらに活用させた形で使っていた。たとえば「あの人だよね」は「あいつだんべぇ」、「これってあなたの物でしょ?」だったら「こりゃあ、おめぇのもんだんべぇよぉ」だ。こうして字面にすると、東京で話されている言葉だと思えないが、実家や建築現場で聞くと、私としては違和感なく耳に馴染む。不思議だ。

また「だんべ」は甲州弁としても知られているのだとか。八王子は甲州街道で山梨県とも繋がっている。さらに、JR八高線で八王子とつながっている群馬県高崎市でも「だんべ」が使われているらしい。群馬県も八王子と同じく、古くは養蚕で知られた地域だ。出来上がった絹は群馬方面から八王子経由で横浜港へと運ばれていたという。言葉につながりがあっても不思議はない。八王子は「だべ・だんべ」の使用地域をつなぐ要衝だと言えるだろう(知らんけど)。


◆ ~ようだね

次に紹介したい八王子弁は、妻が「使いこなしが難しい」と語る「~ようだね」。一般的な「ようだね」は、英語にすると As if または looks like、『まるで何々のようだね』みたいな場面で使われる。そのことに異論はない。しかし八王子人は、異なるシチュエーションでも「ようだね」を用いる

たとえば「明日は早起きしなきゃいけないから、もう寝るようだね」とか、「雨が降ってきたから、傘をさすようだね」とか。八王子において、前者は「明日は早起きしなければならないので、もう寝たほうがいい」、後者は「雨が降ってきたから、傘をささなきゃダメよ」という意味合いとなる。すなわち『これこれこういう理由ゆえに、ほにゃららするべきですよ』という場面で、八王子人は締めくくりに「ようだね」を使うのだ。

大人になってから八王子住まいとなり、かつ外国語で仕事をしている妻にとっては、八王子出身者同士の会話の中で度々登場する八王子流の「ようだね」は難解そのものだったそう。しばらく理解できず、後に「あなたたちの『ようだね』はMustやShoud beだったのね!」と驚きを隠せない様子だった。

このことを八王子以外の人に話すと誰もが「その『~ようだね』はわかりにくい」「聞いたことがない」と声をそろえる。しかし、八王子出身者に話すと「普通に使っている」「何がおかしいのかわからない」という反応がほとんど。妻から「不思議な表現」と指摘された際、私も最初は何のことだかさっぱり理解できなかった。

妻は八王子弁をマスターすべく頑張ってくれるのだが、「〜ようだね」だけは上手く使いこなせない様子だった。それでも最近は上手くなったものでさらりの会話のなかに織り込みつつ、その直後に「いまの『~ようだね』は上手く使えてたよね」と私にアピールしてくる。原語オタクな気質を持つ妻のとしては、どうしても八王子流の「ようだね」をマスターしたいらしい。


◆ ~べぇ

八王子においての「~べぇ」は、一般的に通じる意味に訳すと「~ばかり」となる。「あの人は嘘ばかり言う」は、八王子では「あいつ嘘べぇ言ってらぁ」。「あなた、お菓子ばかり食べますよね」は「おめぇ、菓子べぇ食うじゃんかよぉ」である。先ほども「だんべ」を紹介した箇所でさらっと盛り込んだが「お前」が「おめぇ」となるのも八王子弁かも? 

「おめぇ」について軽くググってみたところ、これは関東、北陸、東北など広い範囲で古くから使われている言葉のようだ。粗暴な印象があるため、使用がためらわれるケースが増えているが、本来は同格以下の相手を指す二人称なので、シチュエーションや関係性次第では愛着や親しみのこもった言い回しとなる。無条件に「使わないで!」というのは言葉狩りだ、みたいなことが書かれたサイトも見かけた。

話しを「べぇ」に戻そう。八王子での「べぇ」の使用について、あくまでも個人的な感覚だが、誰かから与太話を聞かされた時に、その内容を半信半疑で面白がりながら、ひとこと「嘘べぇ(笑)」と切り返すケースが多い印象がある。イントネーション的には「うっそべー」みたいな感じ。厳密には「嘘べぇ言いやがって、ふざけるのもいい加減にしやがれ(笑)」といったニュアンスなのだが、ただひとこと「嘘べぇ」と言い返して笑い飛ばすのが八王子流だ。こうして文章で説明を試みると、上手く伝わっているのか不安になるが、きっと八王子に縁がある人なら分かってくれると思う。


◆ ふざけろ!

「ふさけろ!」についてもしょうかいしておきたい。八王子において、気心知れた間柄の仲間とのやり取りのなかで「ふざけろ!」と言われたら、「ふざけんなよ!」の意味である。一般的な意味合いとはまったくの逆。与太事への切り返しとして「うそべぇ。ふざけろ!」とセットで使うと、実に八王子っぽさが出る。「ふ」を省略して「ざけろ!」みたいな言い方をする人もいる。

漫画「ドラゴンボール」や「北斗の拳」には、バトルシーンでのセリフのやり取りのなかで、悪役が対戦相手に「ほざけ!」と言い放つシーンがあった覚えがある。これは本来なら「ほざくな」だが、逆に「ほざけ!」と言い放つことで、『好きなだけほざくがいいさ。どれだけ強がったところで勝つのは俺様だ!』という意味である。もっとほざいてほしいわけではない。「嘘つくなよ」という場合に「嘘つけ!」いうケースもある。これは『いくらでも嘘をつきなさい。いくら嘘をついたところで、こちらはお見通しだぞ!』というニュアンスだ。そういった構造に当てはめて考えると、「ふざけろ!」は『どれだけふざけようとお前の勝手だけど、いい加減にしないと痛い目みるぞ!』みたいな感じだと言えるだろう。「~せよ!」と命令しておいて実は逆の意味というのは、冷静に考えてみると不思議だけど。

八王子出身者として、先述の「八王子会」にも参加しているパンクバンド「ニューロティカ」のボーカリスト・あっちゃんは、「並じゃねぇ」という曲の中で「並じゃねぇ、たまげたさ、ふざけろよ♪」と歌っている。この歌詞の意図としては『とんでもなくイケていてぶっ飛んだぜ。常識破り(おふざけ)にもほどがあるワ』なわけだが、「ふざけんなよ」と歌えばいい部分を「ふざけろよ」と歌うあたりに、あっちゃんの八王子人らしさが漂っていて実に味わい深い。「ふざけろよ♪」は下の動画の0:54秒あたり。

パンクバンド「ニューロティカ」と紹介したが、この曲は全然パンクっぽくない。こういう曲もあるということで、ご理解いただければ一ファンとしてありがたい。ニューロティカの「並じゃねぇ」における「ふざけろよ」についても、私は一切違和感を抱いていなかったが、一緒に聞いていた妻がまたしても「八王子っぽい歌詞だなぁ」と一聴して気付いた。


◆ 容易じゃねえ、わけねぇ

ニューロティカの「並じゃねえ」は、「ふざけろよ」の後に「並じゃねぇ、並じゃねえ、容易じゃねぇさ♪」と続く。この「容易じゃねぇ」も、もしかしたら八王子独特の表現かもしれない。両親、父の弟にあたる叔父さん、そしてニューロティカのこの曲以外で聞いた覚えがない。「容易じゃねぇ」は、「簡単なことではない」という意味であり、職人たちは「作業が手間取る」「大変で骨が折れる」状況を指すが、歌詞の意味合い的には『一筋縄じゃいかねぇぜ』みたいなニュアンスになると思う。

父ら職人たちは「わけねぇ」という言葉もよく使う。「わけねぇ!」は「簡単!」という意味。「容易じゃねぇ」とは正反対の言葉だ。「これぐらいのこと、簡単ですよ!」を、八王子の職人は「こんなん、わけねえじゃんよ!」とか「わきゃぁねぇよ!」表現する(わきゃぁ=わけは)。「わけ」という言葉を、辞書で調べると「理由」の他に「道理」「筋道」といった意味があることがわかる。「わけない」というのは、すなわち『道理や筋道を意識するまでもないほどシンプルで簡単』ということなのだろう。


◆ 放射線

方言以外とは、また一味違う八王子語もいくつか紹介させていただく。八王子で「放射線」と言えば、JR八王子駅北口ロータリーから北西方面に伸びる歩行者専用道路「八王子ユーロード」のことである。八王子名物「都まんじゅう」のお店も放射線にある。駅正面を北上する大通りや、東西に行き交うJR中央線に対して斜めにーー、真上から見ると「放射状」に敷設された道路なので「放射線」と呼ばれているのだ。被爆の心配はない

ちなみに、駅ロータリーから放射状に北東へと伸びる「八王子アイロード」もある。しかしこちらは放射線とは呼ばれていない。ユーロード、アイロードという名前は後付けされたものである。高度成長期に八王子の中心地として栄えたエリアを斜めに貫き、後にユーロードと名付けられることになる路地は、市民にとってメジャーな存在であり、必然的に何らかの呼称が必要とされたのだろう。そして、結果的に誰が呼んだか「放射線」という呼び名が定着した、という感じなのではないだろうか。そして、放射線という名前の印象が強いせいでユーロードという名前を使うことがほぼないので、「ユー・アンド・アイ」でアイロードと対になっていることには、少し前まで気づいていなかった。

なお、本記事のトップ画像は、私が3年前にマルベリーブリッジの上から撮った放射線の写真。昔はマルベリーブリッジなんてなかったので、完成直後にうろうろしている最中に「おれは写真が撮りたかったんだよね」みたいな空気感で撮った。

そして、本エッセイ執筆にあたりネットで情報を探っていたところ,下記のような記事を見つけた。先に名前が決まっていたアイロードに対してユーロードの名前が定まり、かつ、ユーロードのユーは「遊」でもあるのだそう。知らなかった!


◆ 八王子へ行く / 丸井前

八王子における独特な表現として「八王子へ行く」がある。八王子市内には、JR八王子駅の他に、JR西八王子駅、JR高尾駅、JR片倉駅、JR八王子みなみ野駅、JR北八王子駅、JR小宮駅、さらに京王線も9駅あるので、同じ八王子市民でも誰も彼もがご近所さんという感じではない。それゆえに、市内の他のエリアからJR八王子駅周辺に出かけるときは「八王子へ行く」という言い方をするのが普通だ。ちなみに23区方面に行く時は「東京に行く」ともいう、八王子も東京なのに。

新婚時期、私たち夫婦は八王子最東に位置する京王線・長沼駅の近くに住んでいた。ある日、JR八王子駅付近で買い物をしていた私に、妻から電話がかかってきて、こんな会話を……。

「いまどこにいるの?」
「いま八王子にいるよー」
「私も八王子にいるんだけど……(困惑)」
「そうなんだ。八王子のどの辺にいるの?」
「家だけど(さらに困惑)」
「八王子じゃないじゃん。長沼にいるんだね」
妻「長沼だって八王子でしょ!!(怒)」

妻が怒るのは無理もない話である。市内全域、どこにいたとしても「八王子にいる」と表現するのは普通ののことだ。私は正しくは「JR八王子駅の近くに来ている」と言うべきだった。こちらのローカルルール的な身勝手な思い込みでスレ違いが生まれてしまい申し訳なかった。だが、すっかり八王子在住歴が長くなった妻は、いまや「八王子に行く」「いま八王子にいるよ」を使いこなしている。

同様に、仲間内の待ち合わせ場所として「丸井前」を指定して、一緒にいた妻を困惑させたこともある。かつてJR八王子駅前には『OIOI』でおなじみの百貨店「丸井」があり、老若男女の待ち合わせスポットとして賑わっていた。丸井八王子店は2004年に閉店、現在は「八王子ツインタワーA館」としてゲームセンター、居酒屋、ファミレスなどが入った複合ビルとなっている。

妻を困惑させたのは確か2007年頃。思い返してみるとまだ結婚前、駅前に丸井があったことを八王子市民が忘れていない時期だった。その日私たちは、そろって参加しているフットサルチームの飲み会に向かうべく、メンバー数人で連れだって待ち合わせ場所の「丸井前」に向かっていた。仲間たちはみな八王子歴が長かったためスタスタと目的地に向かったが、妻だけが「丸井なんてどこにもないじゃん!」とキョロキョロ。たどりついた八王子ツインタワーA館前で場所で「どこに丸井があるんだよ!」とプンスカ怒っていた。あのときも申し訳なかった。

なお古い八王子人は、いまだにドン・キホーテを長崎屋と言ってしまうし、かつて西武デパートや大丸百貨店があった場所を「西武のトコ」「大丸のトコ」などと言ってしまう。


◆ ドコチュウ?

もうひとつおまけに八王子的表現を紹介させてもらう。八王子出身者同士は出会ってすぐに「ドコチュウですか?」と出身中学を確かめ合う習慣がある。これは、広い八王子のどのエリアで育ったかを確認するためのものだ。小学校単位だと範囲が狭すぎるし、高校は八王子以外に通っている場合も多いので、出身中学を聞いてみるのが「ご近所さんかどうか」を確かめるためにちょうどいい

駅周辺で育ったシティ派なのか、山奥育ちのわんぱく派なのか、共通の知り合いがいるのではないか、など出身中学が分かれば「はじめまして」の後の会話が俄然はずむ。先輩・後輩だったら一気に親近感が湧く。さらには不良が多い中学出身だった場合は「ヤンチャなお友達が多いのか」や「この人はどうだったのかな」みたいなことを探るヒントにもなる。テレビで見た八王子会の著名人たちも「〇〇中学卒業の……」と自己紹介していた。分かりやすい。

近年は学校選択制が敷かれ、自宅から遠い中学に通うこともできるようになったため、かつてのように「中学校=地元」という図式ばかりではない現実がある。近い将来、「ドコチュウ?」は、これまでのように機能しなくなるのかもしれないが、まぁ、それも時の流れというものだろう。


もう少しネタはあるけれど、個人的に語っておきたかった八王子弁・八王子表現はひとまず紹介できた気がする。今回、書ききれなかった八王子弁や、これから気づく八王子表現は、また機会があればnoteに書く、かもしれない。

ここまで自力で書いてきていまさらだが、八王子弁に関しては下記のサイトが強力である。個人でこれだけの情報をまとめられているサイト主さんに頭が下がる。

気がつけば八王子に生まれ育って50年が過ぎた。実家を出てから何度か引っ越しを経験しているがすべて市内。おそらく私の八王子愛は強めだ。ライターとして、いつか八王子を題材にした何かを手がけたいと思っている。自分に何ができるのか、考える日々はもう少し続きそうだけど。


ということで、今回のコラムはここまで。トミーくんからリレーのバトンを受け取ってから1か月以上経ってしまったが、ようやく書き終えられて、ホッとしている。ではでは、お次はトミーくん、よろしくお願いします!

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