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解体屋ゲンの面白さを建築士兼漫画家が語ってみる|#漫画構造解析

こんにちは、ヒヅメです。

福満しげゆきの漫画以来久しぶりにどハマりした漫画に出会いました。

その名も『解体屋(こわしや)ゲン』です。

解体屋というのは、建設業の1つで、文字通り建物(またはその一部)を解体し、廃棄&リサイクルに出すまでのお仕事です。この漫画の主人公ゲンは日本ではかなり珍しい「爆破解体」を得意とする解体屋です。よく海外映像なんかでビルがド派手に美しく爆破されるのを見ますよね。

しかし!解体屋ゲンの凄さ、面白さはそんな建設業の1業界の1工法に絞れるものじゃないんですよ!

同じ建設業の従事者として、さらには(一応)漫画家として、解体屋ゲンの面白ポイントをご紹介していきます。


1. 2000年代から現在に至るまでの世の中や建設業界のトレンドがリアルタイムで取り扱われている

この漫画の中で取り扱われた項目を箇条書きで挙げていくと

  • 政権交代による公共事業削減の影響(拙速な事業仕分けの影響など)

  • 談合問題

  • 東京スカイツリー建設

  • 歴史的建築物取り壊し問題

  • 外国人技能実習制度問題

  • 人口減少による労働力減少や高齢化など各種問題

  • 東京オリンピック

  • 女性の建設現場進出とその現場対応

  • DX、AI、無人重機など技術の進化

などなど、ここ20年ほどの建設業トレンドを総ざらい!『令和のこち亀』と呼ばれているのもうなずける話題の広さとタイムリーさです。これらに携わっていた人たちからすれば「あったあった」となること間違いなしです。

2. 複雑な問題の複雑さを丁寧に取り上げてくれる

僕は漫画家として一級建築士試験の二次試験である製図試験の学習参考書を漫画で出版しています。製図試験のノウハウは大小さまざまなものがあり、一冊の本にするためには非常に厳しい取捨選択や整理整頓が避けられません。

『解体屋ゲン』が扱う問題も利害関係や過去の経緯などが複雑に絡み合った難しい問題ばかりです。ただ『解体屋ゲン』が凄いのは、複雑な問題が複雑であるということを丁寧に分かりやすく取り上げてくれることです。変に簡略化せず、利害関係者を丁寧にヒアリングし、読者へ伝えます。

当然読者が期待するようなスッキリ完全解決を毎回できるわけではなく、かけた労力の割に一歩前進のみ、ということも多々あります。この作品は様々な問題の解決案を提案していきますが、この作品の面白さは問題解決のスッキリさだけではなく、問題に関わる人たちの立場や相手側との複雑な関係を人間ドラマを交えて伝えてくれる点にもあると思っています。

3. 建設業や世の中の諸問題について『メタ正義』的な提案を出し続ける

この作品では上で挙げたように様々な問題を取り扱っていますが、恐ろしいことに毎回具体的な提案がなされます。

序盤は解体屋ならではの周辺住民とのトラブルから始まり、次第に談合のような大きな問題から、はたまた商店街や老舗レストランチェーンの再建といった畑違いの分野にも巻き込まれていきます。

どの問題も利害関係者が複数いますので当然一筋縄では行かないのですが、作品の提案が行きつく落とし所が秀逸なんですよー。異なる意見の単純な中間地点ではなく、両者の存在意義から見つめ直し、両者に共通する『思い』を満足させる提案をします。いいですか?お互いの『言い分』を満足させるんじゃないです。お互いに共通する(可視化していなかった)『思い』を見つけ出して満足させるんです。

対立問題が複雑化している場合、人は往々にして『相手の言っていること』に反応してしまいがちです。

例えば談合問題。

▼ これより先、以下本編のネタバレがあります ▼
▼ 先に本編を読む場合は以下リンクから読めます ▼

第539~541話「一度来た道」
↓WEBサイト『施工の神様』で各話が読めます。

↓または収録巻はこちら(kindle unlimitedでも読めます)

…話を戻しまして

公共事業の削減と人口減のダブルパンチでゼネコンの下請け企業(ゼネコンにとっては実働部隊)は次々と倒産しました。「これ以上下請け企業が減少しては日本のインフラを維持することさえ出来なくなってしまう」と作中で危機を感じたゼネコンが、これ以上の事態悪化を避けるため、業界内で仕事を恣意的に下請け企業に分配するという談合行為に手を染めてしまうのです。

従来は談合に強く否定的だった主人公のゲンはこの談合行為を知り告発に踏み切ろうとしますが、とあることから相手の立場を丁寧に見つめ直します。その結果、なんとこの談合組織を行政への意見機関として改組することを提案します。「行政の工事入札が値段だけで一律に切り捨てられてしまうことで優良な業者が存続できない」という現状の問題を談合反対者と談合組織との共通認識として見つけ出し、その手段を『談合』から『政府への意見』へと変えることに成功するのです。この解決方法を見た時僕は鳥肌が立ちましたよ。「こんなまともな提案がまさかフィクション作品で見れるなんて!」って。

▲ ネタバレ以上 ▲

僕は読者ですので上のような『神の視点』で物を言えますが、実際の言い合いは「談合は自由競争に反するから反対」「自由競争の結果が現状。談合は必要悪」などと平行線をたどってしまいます。しかしこれらの言い分は問題の本質ではありません。

こうした『相手の言ってること』でなく『存在意義』に着目して解決を目指す発想をメタ正義感覚と呼ぶそうです(さんざん使っておいてなんですが、倉本圭造氏の受け売りです)。

僕はこれまで現実問題の解決を扱ったフィクション作品に「なんでそんなに自分が正しいと思ってるのだろう」「相手を言い負かすことに重きを置いてないか」と感じることが多々ありました。僕はそんなに多くの漫画を読むわけではないのですが、『解体屋ゲン』はまさにこうした点に配慮を置いた問題解決の1つの方法を提案し続けてくれる稀有な存在だと感じています。

4. 提案が成功するかどうかは現実世界とリンクしている

漫画『解体屋ゲン』は世の中にいろいろな提案をしていきますが、当然上手く行かないこともあります。そしてその判断は『その後リアルの世界で普及したかどうか』で厳しくジャッジされます。

例えば外断熱+コケ緑化事業は最終的に不発に終わりました(不発だったねと回収する回がちゃんとあるのです!)。建築を少しかじった人間なら外断熱の機能性の良さはご存じかと思いますが、現実として日本では普及していません。「こっちの方が優れてるんだから外断熱が流行るべきだ」などと開き直りません。現実に流行らなかった提案はシビアに失敗します。そしてもちろん現実世界で流行ったものはちゃんと漫画でも流行るので、脇役が思いがけず成功者になってしまうこともあります。

このフェアさは作者が持つ提案への責任を感じますし、思いがけない成功や失敗はこの作品に良い意味での不安定要素として機能します。

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僕は100巻ぶっ通しで読んだのは初めての経験でしたが、本当にあっという間に読み切ってしまいました。ぜひぜひお手に取ってみてください。

最後に

これまでさんざん書いてきましたが、これは僕から見た『解体屋ゲン』の過去の姿でしかなく、どんどん変化していく現代においては『解体屋ゲン』もまたどんどん変化していくんじゃないかと感じています。

さて、僕はここで書ききれなかった『ここがよかったポイント』を深堀りするためにまた1巻から読み直そうと思います。


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