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人は立派になんてなれない|教室を生きのびる政治学

こんにちは、ヒヅメです。

中学時代、公民という教科がとにかく苦手でした。そもそも教科名「公民」の意味さえ分からないし。教科書の内容もとにかく立派。「人間の尊重」だの「基本的人権」だの。

あまりに立派過ぎて実感がわかなかったんですよ。

「人間の尊重」だなんてご立派なこと言ったって、クラスメイトのN君は僕のことを殴ってくるし、H君は僕の描いた漫画を笑いものにしてくるし、Y君は僕がハイソックスを履いてることをからかってくるじゃないですか。

現実の嫌なことに全く対処してくれないご立派な言葉について勉強するよりも、殴られないために目立つ行動を控えたり、学校で漫画を描くのをやめたり、「おかあさん、時代はくるぶしソックスだよ」と母親にお願いしたり、せっかく出来た仲の良い友達と可能な限り遊んだりと、毎日をそれとなく生きるだけで精一杯だったんですよ、中学生なりに。

さて今回の読書感想文が扱う本『教室を生きのびる政治学』では、日々を生きるのに精一杯な学生に対し「人任せにせず状況判断しながら生きていることは(主権的な)政治行動だし、教室で生きのびるためには政治学が役に立つよ」というところからスタートします。


1.教室から見える景色で政治を語る

この本では、教室から見える景色(舞台設定や単語選択)だけで徹底的に描かれています。学生が生きのびるため…つまり最悪の事態(自分から人生にグッバイすること)を避けるため、政治学の視点から教室で起きる様々な問題について考えています。

対して教科書は真逆です。実に立派な「あるべき理想の状態」が記述されています。そのこと自体は何の問題も無いのですが、毎日の暮らしの悩みにつながっていないため、当時の僕にはどこか現実味がわきませんでした。

僕は小学校高学年の時にまあまあしっかりイジメを受けましたが「自殺から避けるために政治学は役に立つよ。ちょっと知りたくない?」と誘われたら結構気になったと思います。

2.思いのほか深い「立派」という呪縛

教科書だけでなく、親、先生、本や漫画などから影響され、人は「これが立派な姿」というものを構築していきます。「人は立派になんてなれない」ということは多くの人が何となく理解しているものですが、自分の中で打ち立てた「これが立派」という基準から外れるというのは大人であっても、大人だからこそ怖いものです。

理想の友達像を勝手に生み出しそういう相手がいない自分はダメなやつだと責める人もいますし、仕事や同僚との関係がどうしても辛いのに「そんな逃げるようなことできない」と身体を壊すまで頑張ってしまう人もいます。

この本でも長年大学生に接してきた筆者が感じた「立派」の呪縛を全編通して記述されています。

「友達100人できるかな?」の呪縛、「リーダーになれ」という呪縛、何もかも「自己責任」という言葉で受け入れてしまう呪縛、よそ様に迷惑をかけてはいけないという呪縛、失敗したら次は無いという呪縛…

呪縛のどれもが「立派でありたい」という願いとセットになっています。人はこんなにも立派に生きたいと願っているんですね。

この本では一貫して「立派になんてなれないし、ならなくていい」と伝えてくれます。人間は自分勝手で様々な思惑を持っているし、失敗も必ずするし、何より現実を生きる人間は「立派な人」という架空の人格になっている暇も無いと。

3.立派ではない人のための政治が民主主義

人は立派じゃない。
話し合いもグダグダになる。
せっかく取り決めた政策も失敗することもある。

そんな立派ではない人たちを対象に

やり直しを前提としていて
でも手順をすっ飛ばして暴走しないよう歯止めはしてある。

民主主義とはそういう政治システムなのだと。

個々の項目は割愛しますが

  • 政治(ほんの少しの勇気で選んで、決めて、受け入れさせる)

  • 議論(発言しない人だって話し合いに有意に参加できる)

  • 仲間づくり(心なんて通じ合わなくても協力できる)

…の方法についても教室から見える世界をベースに細かく詳しく説明してくれます。

そして民主主義というシステムを選択しているカタマリだからこそ、失敗した人が安心して呼吸ができる場所が必要だし、やり直せる仕組みも必要だという最終章につながります。

4.人は立派じゃないからこそ安心できる場所が必要

ここまで読んできて、やっぱりこの本の究極目標は「自分から人生にグッバイ」してしまう人を減らしたいということなんだろうなあと思いました。とにかく最終章は熱量が高い。

僕も人の親となってから児童の悲しいニュースがこれまでとは段違いにキツくなりました。一応漫画家としても活動しているくせに「これまでの自分はなんて貧弱な想像しか出来てなかったんだろう」と思うくらいです。

※文字が多くなってきたので僕の初めての漫画を載せておきます。

世の中というか、人なんていい加減なものなんですよ。両親も友達も先生も気になるあの子もあの有名人も全員です。すべからく全員いい加減だし、偏っているし、分かっていても悪いことをしてしまう時もあります。

この著者だってそうですよ。大学の教授だなんてずいぶん立派そうな感じじゃないですか。でもこの人だっていかにもオジサン的な語り口で寒いギャグを交えこの本を書いているじゃないですか。

これはこのオジサンが全力で「人は立派じゃない」ということを伝えようとしているんだと思うんですよ。

だから「立派」と自分を対比して落ち込む必要はないし、「こんな風になったのは自分のせい」だと学生が背負い込む必要もない。

教室を生きのびるための政治学は伝えた。
まずは学校をサバイブしてみよう。
ほんのちょっとの勇気を出せるようにしてみよう。
いろんなことをやり過ごすための知恵をつける方法も書いた。
それでもつらくてやり過ごせなかったら無理なんかしなくていい。
学校なんて命をかけて行く場所じゃない。
そして家も安心できる場所じゃないなら周囲に助けを求めて第三の場所を探して作ってみよう。

…正直、以前までの内容がすべて吹っ飛ぶくらい最終章は熱いです。

親御さんにとっては「あの頃」の教室をサバイブしていた自分を思い起こし、目の前の子供が同じくサバイブしていることを認識させてくれるのではないでしょうか。

学生時代はとにかく人から見られるのが嫌だったという妻は、この本を読んで「学生時代の自分が知っておきたかった」とつぶやいていました。

学生がこれを読んでどう思うのかはもう僕では分からないです。ただ、仮に政治にかかわる部分が理解できなかったとしても「人はそんな立派じゃない」というフレーズだけでも残ってくれたら、ほんの少しでも肩の力が抜けてくれたらと、著者でもないのにそう願ってしまいます。

嫌だなあ、やっぱりなんか真面目な文体になっちゃった。


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