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【書評】寄り添いと対峙の『雨の合間:Lull In The Rain』

『雨の合間:Lull In The Rain』
著:津川エリコ
デザインエッグ㈱、2021年9月、1,257円

 第55回「小熊秀雄賞」に輝いた津川エリコ氏の『雨の合間:Lull In The Rain』は、多方面において稀な印象を与える詩集だ。ペーパーバック版である本詩集は、かえって装飾のない質実な言葉の本質が立ちあがる存在感を示している。

 アイルランド在住の津川氏による本詩集は横書き、日英二言語による対訳形式をとる。英詩は明瞭かつ味わい深く、双方を読むことで、世界の切り取り方の相違が鏡写しの世界を両面から見るようで、複眼を得た感覚になる。単なる対訳ではなく、情感を湛えた二つの言語で一つの詩となっている。

 百ページ強の本に四十三篇が収められ、日英見開き一ページの短詩を中心としている。身近な題材が、

カタツムリ
苦しんでいる

「カタツムリ」より

といった具合に、極めて自然に語りだされる。平易な言葉は、あるがままの姿を何ら歪曲せずにまるごと受け止める潔さと洞察力に溢れ、何度も読み返すことを誘う。

 特筆すべきは小さきものへの細やかに寄り添う姿勢の、鮮やかさと色彩の豊かさだ。表題詩「雨の合間」より冒頭二連を引用する。

誰とも同じように
ナメクジとカタツムリもお使いに行こうと

雨の合間を待っていて濡れそぼった
繁みから這い出てきた

舗道に出てすぐ誰かに踏みつぶされたり
自転車に轢かれたりした

表題詩「雨の合間」より

 この「誰とも同じように」が ”Just like any of us” であることは新鮮な驚きを生む。小さな虫と私たちとは等しく命であり、それぞれに生活があることを思いださせる。自然への支配や盲目的な礼賛ではなく、言葉の向かうところの明確な描写はニュートラルだ。「対象物」と「私」の関係は感傷的ではなく対等であり、巧みなバランス感覚が心地よい。

 同時に、

友人たちを、近所の人たちを、そして彼らに交じる知らない人たちを
彼らの目は見開かれていて陽のない空が映っていた
彼らの目は二度と閉じないだろう

私たちはソンダーコマンドー、死体運搬人

[
「アウシュヴィッツの死体運搬人」より

と描くように、人間の齎す災禍へのまっすぐな描写は、モノクロ写真のように射貫く力強さがある。ここでも名もなき者への寄り添う姿勢と、細密画のような緻密さによって克明に描き出している。

 詩篇の配置も、うねりとなって読み手の心をえぐるのに一層効果的だ。群れない詩群の自立した佇まいは、奇をてらわず正面から組みあう清潔感と骨太な安定感が共存している。表題に呼応した「洗濯物」の詩で締めくくられているのも心憎い。

        (初出:『詩と思想』2022年8月号「投稿書評」掲載)


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