布の道を探して
突然ですが東京都八王子に拠点を移しました。
昨年末からコロナの影響で大幅に売り上げが落ちてしまい(前回の記事を書いていた時ははなんとかしなきゃとしていた時期)事務所を退去し車も手放し...というどん底にいました。
でもなんだか身軽になってしまった感じでちょっと心地よかった
大学を卒業してからションヘル織機を守るということを目的にterihaeruを運営し2017年にはNINOWもスタート。そんな中で布と向き合う時間が取れなくなっていたことや、作りたい布が織物以外のテキスタイルであることがあったりして少しずつフラストレーションになっていくような感覚がありました。
もちろんションヘル織機は守っていきたいし、ションヘルで作る布も大好き。ニットや刺繍やレースや透ける布も好き。私は布が大好きなんだなあと嬉しい反面もやもやしていました。
ションヘル織機を運営していきたいという目標は今でも変わらないけど、それだけでは産地を救えないと今回の件で痛いほど分かった。そして尾州以外の産地ことを学んで作って吸収し、自分がテキスタイルデザイナーとしてもっと成長しなくてはいけない。成長したい。
この前のNINOWの展示会でも痛感したのだけど、違う産地の布のことは全然わからない。特に後染めする産地のことがわからなくて「こんなんでテキスタイルデザイナーと名乗っていいのか?」と思ったのも自分の中では大きかった。
それでも今まで教えてきてくれた師匠やお世話になった機屋さん、職人のおじいちゃんおばあちゃんの元を離れるのが不安で、なかなか踏み出せなかったのですが、今尾州では私以外にもションヘルのことを愛して残していこうとしている人が増えていて、産地を盛り上げよう!としている人たちも増えた。そうか、行くなら今なんだ、と思いました。
そんな中、都内でしかも繊維産地である八王子の奥田さん(奥田染工場)から「行くとこなかったら八王子においで」とありがたいお誘いをいただき(奥田さんがこんなに優しい人だと思わなかった)そんなこんなで話がまとまり引っ越しをし、6月より八王子市民となりました。
八王子にはニットもあるし刺繍もあって、もちろん機屋さんもあって、そして富士吉田や桐生にも近い。都心にも近いので発表の場も今まで以上に持てる。今の私にとって一番最適だと思える選択でした。
突然のことで驚かせてしまったかもしれないけど、尾州は大切で大事な場所であることには変わりません。こちらで自分が思うところまで成長したら尾州に戻って機屋兼ショップができたら、と思っています。
今回のことでとにかく思ったのは「人生は長いんだなあ」ということ。今までとにかく急いで慌てていました。でも人生は長くて、やるべきタイミングは必ず来るということ。今そのタイミングでなかったら、何か別のことを取得するタイミングなんだなあということ。そしてたくさんの人に支えられてこれたことを感謝する日々でした。尾州産地でお世話になった皆様本当にありがとうございました。心配してくれた友達も本当にありがとう!
違う産地でのスタートとなりますが、私の活動は変わらず「terihaeru」と「NINOW」の運営です。
terihaeruはションヘルで作った布を中心としながら全国の産地で布を作りたい。これを機にリブランディングもしっかりしたい。まだ今は思案中です。
場所は変わっても「繊維産業をデザインの力で残すこと」この形は変わりません。
これからもterihaeruとNINOWをよろしくお願いします!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?