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記憶と嗅覚

皆さん、プルースト現象をご存知でしょうか?

プルースト現象とは

ある特定の香りから、それにまつわる過去の記憶が呼び覚まされる心理現象。フランスの文豪マルセル・プルーストの代表作『失われた時を求めて』の主人公が作中で同様の体験をすることから、こう呼ばれる。2013年、この現象により脳の一部の働きが活性化し、健康状態も改善するという検証結果を、花王感性科学研究所や愛知医科大などの研究グループがまとめ、日本ストレス学会で発表した。それによると、プルースト現象につながる香りは、快感に関わる大脳前部の前頭眼窩野(ぜんとうがんかや)や、記憶に関与する大脳内側の後部帯状回の働きを活性化させることが分かった。同時に、炎症を起こす血液中の体内物質を減少させ、体調をよくすることも確認されている。(コトバンクより抜粋)

簡単にまとめるならば、なにかの匂いを嗅いだ時に、その匂いから起因して過去のことを思い出すこと。
プルーストは、マドレーヌを食べようとした時に感じた匂いが幼少期にも嗅いだがあるものだと気づき、思い出がフラッシュバックしたそうでその現象に名前をつけた。
皆さんも経験があるのではないでしょうか。

お線香の匂いを嗅いだらおばあちゃんの家を思い出す、とか。

最近ではドルガバの香水の話…って言えば簡単に伝わるはず。

忘れられない匂い

中学生の時、私はテニス部に所属していた。
無造作に作られた柵で覆われてもいないクレーのテニスコートの横に、3本の木が並んでいた。
彼らはまるで鐘のように丸く、地面ほど近くまで枝葉を伸ばしていた。
そのため、よく「ガサっ」と音を立てて、テニスボールが吸い込まれていった。使い古した茶色く薄汚れたゴムのボールを見つけるのは容易ではなく、部活動を終える頃にはボール探しのためにいつも木を叩いていた。

夏の暑い日に気持ちばかりの日陰を作ってくれること以外、なぜこんなところに木を植えたのかわからなかった。

秋を迎えた頃、私は目を見張った。
3本の丸い木はオレンジ色に姿を変え、辺り一体を懐かしい香りで包んだ。

そして、私はその匂いを嗅ぐのが初めてではなかった。
その時私の記憶は幼稚園に遡っていた。
工作をする時に必須である、のり。
アイスクリームカップのような小さなオレンジ色の動物たちが描かれた容器に、ボディクリームみたいにとろみのある液体。
その容器には、のりを塗るためのスティックが付いていたのに、先生は「指で塗るように」と言った。
私は手がベタベタになるのが嫌だったし、せっかく塗るための棒が付いているのになぜ使ってはいけないのかわからなかった。
でも、何だかいい匂いがした。

そんなことをぼんやりと思い出しながら

「この匂い、嗅いだことある。幼稚園ののりの匂いだ、ね。」

「え、これ金木犀の匂いだよ。いい匂いだよね。」

と友人は言った。

私はその日、生まれて初めて金木犀を知った。
ころんと丸いフォルム。
秋になると、鮮やかなオレンジ色の繊細で可愛らしい花を一面に纏うこと。
なんとも言えない上品な香りを放つこと。

なぜあんな広大なグラウンドの一角に、あそこだけに金木犀の木を植えたのかは未だにわからない。
でも、どうしてもあの姿は忘れられないし、3年間秋が来るのが待ち遠しかったのを覚えている。

今でも秋になると金木犀の香りを探しては、思い切り息を吸い込んでいる。
金木犀の香りの香水やハンドクリームも多く出回るようになったけど、やっぱり本物のにおいが1番。

思い出と共に

季節が移り変わる時の匂いには、どうしても思い出が付き纏う。

不思議なのは、季節の匂いだけはどこにいても変わらないこと。
私は生まれてから7回引越しを繰り返していて、殆どが幼少期。
場所も北から南へ様々。
でも、幾つになっても変わらない。
その度に、思い出が蘇る。

春は出会いと別れの季節。
3月の下旬くらいになると寒かった冬の匂いから少し柔らかい春の匂いがして
なんでか少し切なくなる。
4月になるともう少し優しい匂いになって

6月梅雨には雨の匂い。

梅雨が明けると初夏の爽やかな夏の訪れを感じる匂いがして
7月の終わりから8月にはモワッとした、思わず「暑い〜」と声が漏れる夏。
でも、8月の終わりには、夏の終わりの匂い。
ちなみにここの匂いが一番好き。
学生時代の私にとって、夏はとにかく頑張る季節だった。
夏休みは毎日休みだから必死に遊びたいし、宿題はやってないし、終わるのが寂しくてしんどかった(笑)
日常が戻ることを受け入れられないのは誰も同じはず。
中学生にもなれば夏休みは部活の季節。
受験生ならば夏が山

匂いの魔法

素敵な物に出会ったとき。
誰かにこの感動を伝えたい時。
唯一伝えられないものが、嗅覚ではないだろうか。

景色は写真で伝えられるし、味も再現ができる。
最近では日本上陸なんてことも多い。

行ってみないことにはわからないし、共有することも説明することも再現して嗅がせることも難しい。
匂いは思い出や場所、その時関わっていた誰かの記憶が嫌になるほど鮮明に蘇る。

母の手料理から立ち込める良い匂いも
季節の変わり目に風が乗せてくる思い出も
飛行機から降り立った時に吸い込むあの異国の空気も
お気に入りの場所も
忘れられないあの人のことも

自分の鼻しか知らない。

とんでもなく厄介な五感だ。

まぁ、だからこそ魅力的なんだけどなぁ。


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