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虎に翼 紳士たちの中折れ帽

朝ドラ「虎に翼」が好きすぎて毎日3回は観返す呪いにかかっています。

30話の寅ちゃん演説は何度観てもそのたびボロ泣きするし、地獄かと思われた5月終わりの第9週(41話~45話)は本当に毎朝やばかった……。そして今週、轟とよねさんの再会と二人の新プロジェクトにまたもや号泣です。
SNSで、YouTubeで、ポッドキャストで。いろんな場所で、いろんな方々がこのドラマについて語っているのも面白く、語り合える楽しさもこのドラマの魅力になっています。

さて、帽子屋としては男性の冠帽率90%以上という戦前の帽子事情を興味深く観ています。帽子に目が慣れていないと全て同じ中折れ帽に見えますが、キャラクターや仕事の格で微妙な違いがあります。なかなか絶妙なのでちょっと深掘りしたいと思います。

あらためて、男性の冠帽率90%以上。この頃は成人男性の外出時「無帽は無礼」という認識すらあります。

男性のスーツを着こなすよねさん、弁護士になったばかりの轟はハンチング。裁判傍聴マニアの寿司職人笹山さん、猪爪家の書生だった優三さんはキャスケット。エリート銀行マンのお父さんの直言さん、お兄ちゃんの直道さんは出勤時に中折れのソフト帽をかぶっていました。
型入れの中折れ帽は勤めに出た(スーツを着る仕事の)若者が一人前になった頃着用し始める、そんな感じですね。工商に携わるスーツを着ない街の人々はあまりかぶっていません。

超ざっくりいうとセンタークリースのある帽子

ソフトハット、中折れ帽
フェルト製の中折れ帽をソフトハットと呼ぶ。
中折れとはクラウンの前から後ろにかけて縦についている折れ目のことをいう。正式にはソフトフェルトハット。硬く作られた山高帽(ボーラー)などよりもソフトに仕上げられていることからこの名がついた。よくソフトハットのことを「ボルサリーノ」と呼ぶことがある。正確にはボルサリーノ社が、柔らかい(ソフトな)フェルト帽を販売するまでは、紳士帽子は堅く固めた製品であり、ソフトな帽子を初めて販売した事で、ソフト帽の代名詞となっている。

文化ファッション大系ファッション工芸講座 帽子
wikipedia「ボルサリーノ」より


裁判官 桂場等一郎 の中折れ帽

裁判官 桂場等一郎(松山 ケンイチ)
竹もとをこよなく愛する甘味好き

世間の注目を集めた「共亜事件」を担当することから見ても、裁判官としてはかなり優秀な男。(冤罪判決で左遷も経験したようです)

彼の中折れはクリースやピンチがしっかり入っているタイプで、クラウンはやや高め、ツバはほぼフラットの緩ーいオールアップ(上向きつば)。
クラウンの高さやリボン幅からちょっと格を感じる作り。フラットに近いツバの幅は狭めで顔を明るくしっかりと見せています。
つば先の始末は一つ折りで軽やか。やりすぎ感がないところがいい感じです。

室内では脱いだコートの上に帽子を乗っけて持ち歩くのがお行儀よく好感持てます。帽子のフロントピンチを持つのは(カッコイイけど)本当はよろしくありません。桂場さんはそっと持って頭に乗っけていたのでまあセーフ!
ギュッとつまむように持っている方をよく見かけますが、そこから劣化して型崩れします。ツバの前後を持って頂けるとありがたいです。


日和田検事 はホンブルグ?

猪爪家にやってきた検察の皆さん(と優三さん)

土足で人の家に上がり込もうとした(止めた優三さんグッジョブ!)検察の方々。興味深いんですけど、彼らの帽子のツバはほぼ「スナップブリム」です。ハットのツバが前下がりで後ろが上がっています(ハイバックとも呼ばれます)これを目深にかぶっています。

スナップブリム(中折れの説明図参照)
1924年(大正13年)に時の英国皇太子(後のウィンザー公。この時代のファッションインフルエンサー)がアメリカ訪問時にスナップブリムのハットで登場し、これを機に大流行。1925年のニューポート国際テニス大会では英国選手のユニフォームハットにも採用されました。社会性を表す上向きのブリム(オフ・ザ・フェイス)ではない新しさが当時の男性のココロを掴んだ模様。

スナップブリムは新しいファッションの流行としてやってきたようですが、今回の使われ方は「悪っぽく見える」だと思います。ブリムのフロント部分を下げることで顔に影が入り、悪い感じが出ます。1930年を描いたノアール映画「ボルサリーノ」のメインビジュアルもスナップブリムの中折れ帽です。

検察官の日和田 悪そう!(堀部圭亮)

目元に影が入ることでグッと悪者味が増してます。
仕立ての良さそうなダークなスリーピース、ポインテッドエンドの細いボウタイ、銀縁丸眼鏡 ときて格調を感じるこのハット、うーん悪そう!カムカムのけちえもんとは思えない、堀部圭亮の「暗い美貌」が生かされています。(歓喜)

高さのあるクラウンは中折れだけれどフロントピンチは無く、硬さが感じられます。広幅のリボン、ブリムの巻き上がり、つば先のシルク・トリミングからこのハットはかなりホンブルグ寄りなんじゃないかと思います。よく見るとブリムのフロント部分にゆるく返し皺が見えるので、ホンブルグハットの前ツバをわざと下げているのでは、と推測します。

日和田以外は浅いクラウン、断ち切りのブリム、普通幅のリボン。格の違いが出てますね。

ホンブルグ・ハット(中折れの説明図参照)
1889年英国皇太子(後のエドワード7世 アルバート・エドワード)がドイツヘッセンのバートホムブルクを訪問。チロリアンハットを作っている帽子工場が歓迎を込めて新型の帽子を考案し献上したもの。しっかりとしたフェルト製(ソフトハットよりも硬さがある)、クラウン中央にはクリース入り、ブリムはしっかりとしたカーブ。フロックコートからラウンジスーツへの変換の時代にフィットして流行した。


貴族議員 水沼のハット

共亜事件の黒幕、貴族院議員の水沼淳三郎。
モロボシ・ダンが!

出ました!共亜事件の黒幕。
一番悪い人は悪そうでないスタイル。この方だったらダークカラーのスーツにボーラーハットでもいいと思うのですが……べっ甲の丸眼鏡、柔らかな雰囲気のベージュのスーツに合わせた茶のハットはホンブルグ寄りのクラシカルな中折れハット。幅広のリボン、巻き上がったつば先は美しいトリミング。
柔らかな印象を持たせるコーディネートのはずなのに、なぜかお金と権力の匂いがします。


中折れを阿弥陀(あみだ)にかぶる新聞記者

ゴシップ記事専門かと思っていた竹中記者。
最初は鮫島呼びしててごめん。

竹中記者の中折れ帽は浅いクラウン、浅く入ったピンチ、クリースは返しのあるタイプ。緩いオールアップのブリム、つば先はひとつ折り。
ちょっとカジュアル、というよりは雑に扱われて型崩れしてます。いかにも「新聞記者の帽子」という感じ。(寅ちゃんを襲ってきた悪漢をやっつけちゃうような武闘派みたいですし!)

注目するのはかぶり方ですね。ぐいっと後ろに傾けてかぶっています。あみだかぶりと呼ばれるかぶり方です。

あみだかぶり
その昔、笠を首の後ろにずらしてかぶった様子が正面から見ると阿弥陀如来が光背を負う姿に見える事から、後頭部にずらしてかぶることを「阿弥陀かぶり」と呼ぶようになりました。

このかぶり方は、幼く可愛い感じに見えるため、特に日本の可愛い系のアイドルは大体このかぶり方です。おっと、80年代のボーイ・ジョージもコレでした。確かにカワイイ。
竹中記者の場合は可愛くみせる必要はないわけで(笑)。職業柄 人に会うことも多いし、社会の通例だから一応かぶるけど、帽子なんか頭に乗っかってりゃいいんだよ、という「不貞腐れた感じに見せる」だと思います。

記者さんたちは布製のキャスケットやハンチングの方も多かったので、中折れハットをかぶっている竹中はゴシップだけでなく、ちゃんとした記事も書くキャリアのある記者なのかも。(正義感から政治的に問題記事を書いてゴシップ方面に追いやられているとしたら胸熱!)

最初はイヤーな感じでしたが、共亜事件を通して好感度アップ!戦争を生き抜いていて欲しいと願うキャラクターです。また出てきて欲しい!


おまけ


史実通りになりませんように!と祈るように見ていた花岡さん(涙)
裁判官になった時のお祝いデートで中折れハットをかぶってきました。一人前になったぞ!という若者らしい気負いが感じられます。まだかぶりこなせていない雰囲気も良かったです。
ブリムは断ち切りでフレッシュな感じ、彼の公正さを表しているのかも、と思うくらいフラットで広めのブリムです。(また涙)


まだちゃんと確認できてないけど、ライアンさんの中折れはオープンクラウン?ステットソンみたいなアメリカ系ソフトハットのような気がします。
アメリカの司法にも詳しいライアンっぽい!?

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