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単眼鏡デビュー@アーツ・アンド・クラフツとデザイン展

 先日の諏訪市美術館での残念さを反省して、今回は「サンテ40ゴールド」を点眼してから展示室へ。 

「レッドハウス」を模したらしい看板。

 入ってすぐに気づいたこと。
 よく見える。
 展示パネルも、展示されている布も版画も。
 サンテ40ゴールドのおかげなのか、それとも松本市美術館は展示室の照明が諏訪市美術館よりも見やすい明るさなのか。
 しかもわりと空いてるから、作品と一対一で真ん前で、ゆっくりじっくり見られる。間近で。
 単眼鏡要らなかった…?

 と、思ったのは早合点。
 私の背丈よりも大きな織物や、でかでかとした図版の壁紙、ごつい椅子なんかが展示してある順路を進んでいった先、ジュエリーの展示室で単眼鏡は真価を発揮した。
 爪の先ほどの小さなブローチや、華奢なネックレスに施された細工が、鮮やかに明るく、しっかり観察できる。宝石店のCMみたいにキラキラしてる。
 銀食器のつまみに取り付けてあった小さな貴石(半貴石かも)も、肉眼だと舐め終わりの飴玉みたいでちょっと地味だったけど、単眼鏡越しに見ると透きとおった青さのグラデーションに吸い込まれるようだった。図録に載ってる写真より綺麗だった。

 小物類だけでなく、大物の観察にも実力を発揮。
 でっかいタペストリーに鮮やかなオレンジの糸を使って、写実的なタッチで刺繍された栗鼠の作品。
 肉眼で見ると可愛い栗鼠。
 単眼鏡で覗くと、そこにはつやつやした毛並みの、ふさふさの、キラキラした栗鼠がいた。
 これが「明るさ9」のレンズの威力…!

 単眼鏡の感想から離れて、展示そのものの感想はと言うと、期待以上だった。量も質も。

 ところでウィリアム・モリスの「いちご泥棒」は好きだけど、パターン絵というものに私は普段そんなに惹かれない。
 他界されたとある大好きなイラストレーターの人が一時期とてもパターン絵に凝っていて、イラスト集が丸ごと一冊パターン絵だった時にはちょっとがっかりした。始まりがあって終わりがある一枚絵のイラストのほうが嬉しいのにな、と。 
 お裁縫もしないのでテキスタイルにもそんなには興味が湧かない。
 せっかく近所で展示やってるんだから「いちご泥棒」の実物くらいは見ときたいかな、というくらいの薄い動機と、あとは単眼鏡の試運転のつもりで見に行ったのだった。

 そんなテキスタイル音痴の私なので、展示室を見渡しての第一印象は「カーテン売り場みたい」というものだった。
 緑とか青とか薄いオレンジとか、どれも正倉院裂っぽい色をした、何の鳥か分からないけど鳥ということは分かるような鳥や、花、ツタ植物が、静かに絡まり合っている。そういう柄の布が飾ってあり、その隣には似た柄の版画が並んでいて、その向かいにはそんな模様のタペストリーがかかっている。同じ布を使った椅子もある。
(ホームセンターのインテリアコーナーみたいだ)
 このデザインが偉大かどうかなんて私には分からないし、そんな感想しか湧かない。
 それならそれで仕方ないか、と思って、開き直って布の柄をただぼんやりと眺めることにした。
 そうしたら子供の頃の感覚を思い出した。
 今はとっくに無い、8才まで住んでいた家の、カーテンの模様と色を思い出した。薄緑の細長い樹の連続模様。
 子供の頃、そのカーテンの模様をいつもじっと眺めていた。理由は無かった。ただそこにあったから見ていた。眺め続けて飽きなかった。
 眺めている間、その樹は私にとって存在していた。
「模様」とは、「永遠」ということだったんだ、と、モリスの模様を眺めながらカーテンのことを思い出していて、思った。
 個別に存在する「とある・その」樹を、
 どの時間・どの空間にも属さない、
「普遍」に属する「永遠の樹」にする。
 それがパターン絵が持つ力であり、子供の頃の私はその不思議な力に魅了されていたんだ、と。
 
 子供の頃のようにじっと布を見ていると、モリスが模様を使って普遍に・永遠に存在させたかった世界がたしかにそこにあると思えた。
「在らせたい」 
 というのが、何よりもまず創る動機なんだ、ということも思った。
 いいお金になるかとか、誉められるか、気に入られるか、認められるかとかではなくて。

 単眼鏡の性能にも展示内容にも大満足して帰宅。

 荷物をテーブルに置いて、手を洗ってうがいをして、戻ってきたら昼寝をしていたはずの我が家の猫先生がテーブルの上の見慣れない物体を今まさに目ざとく発見したところだった。
 新しい物体を見つけると必ずそれをテーブルから落っことしてどうなるか確かめたがる我が家の猫先生。
 あわてて単眼鏡を抽斗の中に片付けるも、
「今の何」
「今の見せろ」
 と猫先生はあきらめない。
 おやつを出してもおもちゃで遊んでも怪しい物体のことを忘れてくれない。
 執拗な追及に降参して、しっかりケースに入れた状態で「ほら。これが見たいの?」と単眼鏡を鼻先に差し出すと、
(つまらん)
 という顔をして、テーブルをストンと降りてトイレに去って行った。
 
 単眼鏡を買ったせいで金欠なので図録(2400円)は未購入。