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2024年4月5日の上野公園日記(1) 中尊寺金色堂展、行道面、鼠草子

 桜の季節に上野に行くのは生まれて初めて。
 花見のためではなく、東博の「中尊寺金色堂」展を見るために出かけたのだけど、終わってみれば桜をたっぷり見た一日だった。写真もたっぷり撮った。
 写真日記として長年使ってきたインスタは最近使い勝手が良くなくてほとんど使ってないし、マストドンに投稿するにも数が多すぎるので、ここを写真日記として使うことにします。


特別展「中尊寺金色堂」

 1時間待ちと言われた瞬間(帰ろうかな)と思ったものの、せっかく上野まで来たんだし、今日は他に用事も無いし、と思い直して腹を決めて行列の最後尾へ。
 博物館の前庭に咲いてる桜をぼーっと眺めたり、コートのポケットに入れてあったKindleで『保元物語』を読んだりして過ごしてたら40分くらいで中に入れた。

ここだけ写真撮影OK。

 チラシに「原寸大の金色堂!」と書いてあって、会場に上の写真の模型があったから、
 もしかして、金色堂ってこんなに小さかったの!? 
 ドールハウスみたいだったの?
 私、すごい思い違いしてたんだろうか……!?
 と、慌ててしまったけど、これは「1/5スケールの模型」だった。
 原寸大というのは入口入ってすぐの大型ディスプレイで流してた映像のことだったらしい。まぎらわしい。

追儺の鬼の面? だったと思う。

 中尊寺金色堂展についてはマストドンに書いたのでここでは省略。
 会場が小さくてすぐに見終わってしまったので、特別展のチケットだけで入れる常設展も見ていくことに。

「行道面 ほとけを演じるための仮面」

 期間限定のミニ展示。
 能面とか、伎楽面とか人形とか、こういうのなぜだか本当に好きだ。
 美術・工芸にしても文芸にしても、私には戦国時代よりも前のものが感覚として圧倒的にグッと来るししっくり来る。理由は自分でも分からないけど。

ぺスト医師みたいな行道面。行道という催しが実際どんなものだったのかはほぼ謎なんだとか。

 そのほかの常設展


 行道面を見終わったあとは常設展をぶらぶらと気ままに探険。東博の常設展を見るのは6、7年ぶりくらいだろうか。
 その頃と較べると、能面とか能衣裳の展示が変わった気がした。
 以前は大部屋にほかの展示品と一緒に飾ってあったと思うのだけど、きのう行ったら能はそれだけで別室にまとめられてた。
「いよーっ、ポン」、とモニターで能の映像が流されてるのを、外国の人が真剣に見ていた。やっぱり能は日本文化としてのシンボル性が強いんだなあ、と実感。

そのへんの骨董屋さんとかの店先で売られてる能面とは当然ながらレベルが違ってて眼福。

書とか絵巻とか


 絵巻とかのコーナーに、私の大好きな歌人・藤原俊成筆の古今和歌集の書写があって感激した。
 去年11月の文学フリマ東京で出した新刊『家隆さん Ⅰ』に藤原俊成が登場してるので、心の中で御挨拶。藤原家隆さんの書も探したけど見当たらず。いつか実物が見られたらいいな。

個人的に一番好きな表情の埴輪ベスト2。この2体を並べて置いた人もきっと同じ思いのはず。
ひたすら可愛い『鼠草子』。

『鼠草子』は擬人化された鼠の可愛さ、いじらしさ、色使い、ストーリー、宴のためのご馳走の細かい描き込み、すべて最高だった。
 どんな人が描いたんだろう? 
 そしてどんな人が、源氏や平家みたいに「りっぱな」物語というのでもない、人によっては「ガキっぽい」と馬鹿にしたであろう御伽草子という言わば「女子供向け」の絵巻を、どういう思いで虫食いや天災や戦災から守り抜いたのだろう?

アート・スピーゲルマン『マウス』を何百年も先取り。

 撮影禁止で、メモも取らなかったから誰の絵だか分からないのだけど、曲水宴を描いた絵巻もすごくよかった。あとで調べよう。

【追記。】

 曲水宴の絵巻の作者と作品名が分かったのでここにメモ。

 作者 中山高陽
 作品名 蘭亭曲水図巻
 時代 江戸時代・安永7年(1778)