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小説「遊のガサガサ冒険記」その11

 その11、
 難問だ。どこから、どう手を付けたらいいものか、端緒さえつかめない。阿玖羅命の課した宿題が、遊の両肩に重くのしかかる。学校のテストのように与えられた問題を解けばいいわけでない。自分で課題を抽出し、解答を導き出す。しかも自制の神から及第点をもらう必要がある。
 遊は膨らませた両頬を両手に載せ、レッドデータ資料を見詰めている。
 阿玖羅命の執務室と同じ2階にある図書室で、彼は課題の勉強に取り組み始めた。書架の一画に、レッドデータ作成に使用した書籍、資料類が並んでいる。
「頭を抱えておるようだな。妙案は浮かばんか」
 いつの間にか、足元の床に亀吉が来ている。
「どうしたの、亀吉」
「どうしたのって、失礼じゃのう。わしもれっきとした調査隊の一員じゃ。それに、レッドデータ作成委員も担っておった」
「本当、亀吉が一緒なら心強い。よろしくお願いします」
「あいさつは後にして、ほかの調査隊員もおることじゃし。それより、わしをいつまでここに置いておくつもりじゃ」
「ごめん、ごめん」
 遊は両手で亀吉を拾い上げ、机の上に置いた。
「早速だけど、亀吉のほか、誰が僕の調査隊に加わってくれるの。阿玖羅命様からは図書室で待つよう言われたんだけど」
「定刻だからもう来るはずじゃ。ほら、噂をすれば」
 亀吉は首を伸ばし、窓外を見やった。
 初夏の陽光が陰り、神池の畔に聳えるケヤキの大木を覆った。大空を巨大な鳥がゆっくり帆翔している。トビよりはるかに大きく、翼開帳は数メートルはありそうだ。体色は暗褐色で、頭部の冠羽が金色に輝いている。
「グルックル、グワッ、グワッ、グー」
 天地を切り裂くような雷鳴に似た鳴き声が響き渡る。怪鳥の出現に森の小鳥は鳴き止み、静寂に包まれた。
「怖くはありゃせん。あれは雷鷲らいしゅうといって、イヌワシの化け物じゃ。視力も聴覚も人間の10倍以上はある。捜索には大きな武器となろう。それと、もう1頭、姿を見せよった。ほら、あそこじゃ」
 亀吉の視線の先、自制神社の南面に連なる山の尾根の岩場に、大きな犬のような獣が姿を見せている。
「ウォー、ウォッウォー」
 その獣は雷鷲に対抗し、存在を誇示するように遠吠えを響かせた。
「あの獣も仲間なの」
疾風はやてじゃ。オオカミの血をひくイヌじゃ、見ての通り超大型の」
 遠目にもセントバーナードを凌ぎ、トラよりは小型だ。体毛は灰褐色で背が黒く、立ち耳で巻き尾。ニホンオオカミを交配させたともいわれる川上犬の巨大版らしい。
「疾風か、名前のように足は速そうだし、見るからに強そうだ。それにどんな臭いも嗅ぎ付けてくれそうだね」
「そうじゃ、嗅覚は人間の数千倍はある。頼もしいやつじゃ。それに忘れちゃいかん、供のもう1頭は磨墨。この間、既に騎乗しておるな。遊の足として天を翔け、地を蹴り、調査をサポートするはずじゃ」
「ヒッヒ、ヒーン」
 池の畔に姿を見せた磨墨は首を振り、高らかに嘶いた。
 知恵袋の亀吉、怪鳥の雷鷲に巨獣の疾風、陸空自在の磨墨。個性のある頼もしい仲間に恵まれた。秘境に追い詰められた生き物を探し出し、欲望の悪魔の手先にも屈しない自信が、遊の胸中にほのかに湧いてきた。
「おーい、みんな、よろしく」
 遊が窓から顔を出し、大きく手を振った。
 雷鷲は急降下と急上昇のアクロバットな飛翔を披露し、疾風と磨墨は雷鷲に負けまいと再度、吠え、嘶いた。
「挨拶は済んだ。それじゃ、早速、仕事に取り掛からんと。まず、絶滅した生き物の調査だな。大神使様から指示はあったのか」
「それが、具体的な指示はなかったんだ。自分で考えて調査し、自制の神に認めて頂ける内容にしてほしいって」
「国内か国外か、哺乳類か鳥か魚か昆虫か、最近か昔、絶滅したのか、など一切、指定はなかったか」
「そうなんだ。一から自分で考えてって」
 遊はまた両頬を膨らまし、困惑の色を滲ませた。
「そうか、それは難解じゃ。引き受けた以上、やりゃにゃならんし。さて、どうしようかのう」
「学校の勉強みたいに、テストの傾向を調べ、対策を立てればできるってもんじゃないから。それに練習問題もないし」
「まあ、そんなに悲観的にならんでよかろう。それに、このミッションは究極、生態系を守ろうっていう壮大なものじゃ。学校の勉強と比較したらいかん。簡単であるはずもなかろうし、難しくて当たり前じゃ」
 人類の未来がかかっている問題だ。しかも誰も手掛けたことのない。亀吉の指摘に、遊は目から鱗が落ちた。
「ところでじゃ、一つ聞くが、わしはいくつに見えるかのう」
「何、突然、いくつって亀吉の年齢?」
「そうじゃ、わしの歳じゃよ」
「カメの年齢?う~ん、分かんないよ。人間のように皺が増えたり、白髪になったりするわけじゃないんだから」
「まあ、そうじゃが、実は、今年で22歳になる。人間に例えると70歳は過ぎておろう。イシガメの寿命は長くて30年じゃからな」
「えっ、そんなになるの。70歳過ぎっていったら、僕にとってはおじいちゃんってことじゃない」
「いつの間にか、わしの生涯も終盤じゃ。まあ、いろいろあったわ、これまでにな。楽しいことより辛かったことが多かった気がするわ。年々、水の汚濁に河川工事で住処を追われ、ミシシッピアカミミガメやクサガメとの勢力争いと、一難去って、また一難じゃった。だが、どうにか妻と子供を育て、こう生きておる。妻はヨシといって世話好きのいい連れ合いだったが、三年前、病気で先立ってしまったがな。親から授かった本能や知恵もあったが、困難に直面する度、貯えた知恵や知識や経験、時には家族や仲間の協力も得てどうにか切り抜けてきたんじゃ、最後は自分で考えてな。分かるか、生きることにマニュアルなんかない。まず、とことん考えるんじゃ、自分の頭で」
 亀吉は一度、口を噤むと、さらに念を押した。
「仮に生きる羅針盤があったとしても、それに従って生きて、満足できるか?面白くないじゃろう。自分を信じて、自分の道を切り開くんじゃ」
                       その12、に続く。

その12:小説「遊のガサガサ冒険記」その12|磨知 亨/Machi Akira (note.com)

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